第60話 ユニークスキル
就寝後、目が覚めるとそこは花畑の真ん中だった。
「……このパターンにもだいぶ慣れてきたな」
独り言をつぶやいて、俺は別の方向を見やる。
「おかえりなさいアルクスさん。今日もお疲れ様でした」
そこに立っていたのは、ワンピース姿の少女、ノア。手を振って俺を出迎えてくれた。
「こっちに来るのもだいぶ上手くなってきたよ。今晩はここに来たいって思ったら、ちゃんと成功だ」
「最初は私がアルクスさんを引き込んでいただけでしたから、これからは自由に行き来できますね」
入院してからしばらく、俺は眠るとともにこの花畑に来る訓練をしていた。
最初は普通に目覚めてしまったり、逆に昼寝のタイミングでここに迷い込んでしまうこともあったが、ようやくそれも落ち着いてきた。
こっちと現実世界の時間の流れのずれは相変わらずつかめないけど。それでも大きな進歩だ。
「アルクスさん、今日はお話したいことがあるんです」
「どうしたんだ、急に改まって?」
「私とアルクスさんに関係することです。いずれアルクスさんに話しておかなければいけないと思いまして」
ノアは真剣な表情でそう言った。
彼女を元の世界に戻すのは、俺の目標の一つだ。
そのためにも、彼女の知っていることは俺も知っておきたい。俺は息を飲んで地べたに正座した。
「アルクスさんに知ってほしいのは……『ユニークスキル』という言葉です」
「なんだそれ?」
「世界にただ一人だけが持つことができるスキルのことです。汎用性がない代わりに、強大な力を持っています」
「それって……」
彼女の説明には思い当たる節があった。
レベルアップ効率を100倍以上に引き上げる<スライム>。死者の軍団を操り生者をむさぼる<アンデッド>。そして、自分や仲間に様々な効果をもたらす<人間>。
「ユニークスキルの力は強大です。持っている人次第では毒にも薬にもなるでしょう」
「つまり……?」
「ユニークスキルを持った者が、今後アルクスさんの前に現れるかもしれません。さっきも言った通りその人物はかなり強いです。気を付けてください」
ノアはそう言うと、下を向いて暗い表情をした。
「……こんなことしか言えなくて申し訳ないですが。私にできることは全力でしたいと思いまして」
「いいや、ノアの気持ちは嬉しいし、助かるよ」
俺は咄嗟にノアの頭を撫でた。彼女の背は低く、手を伸ばすと頭がちょうどいい位置にある。
ノアは顔を上げると、嬉しそうに笑い返してくれた。
「……そうだ! ちょっと試したいことがあったんだ!」
ノアが首をかしげる。
「収納スライム!」
俺が試したかったこと。それはこの花畑でのスキルの発動だ。
ノアが言うには、ここは俺の中。ならばスキルを使うこともできるはずという理屈だ。
「キュ!」
俺の読み通り、足元には収納スライムが現れた。
「わ! アルクスさん、リュックを背負ったスライムが出てきましたよ!」
「驚くのはまだ早いぞ。インベントリを操作して……」
俺の指の動きに合わせて、空間に真っ黒な穴が出現する。猫のようにビクッとするノア。
穴の中から現れたのは、カレーパンと一冊の本だった。
宙を舞った二つの物を見て、ノアは慌ててキャッチする。
「これは……?」
「持ってきたんだ。何もないんじゃ退屈だと思って」
ノアの表情がパッと明るくなった。
「アルクスさん、食べてもいいですかっ!」
「うん。ちょっと冷めちゃってて申し訳ないけど」
「カレーパンは冷たくてもオッケーです!」
ノアは元気よくそう言うと、まるで鳥が獲物をついばむような勢いでカレーパンをかじる。一口、二口と食べ進め、口の中がいっぱいになっていく。
口いっぱいにカレーパンを詰め込んだノアは、もにゅもにゅと咀嚼をし始めた。途端に、表情が幸せに満ちていく。
「おいひーです……!!」
ノアは幸せいっぱいの表情でつぶやいた。見ているだけでこっちが浄化されてしまいそうな、くしゃっとした笑顔。
彼女は再びカレーパンをかじっては、口の中いっぱいに溜め込んでいる。
この既視感の正体は……ハムスターだ。
ノアのかわいい食べっぷりを見ていると、彼女はいつの間にやらカレーパンを完食していた。
「アルクスさん、本当に美味しかったです! 食べ物は久しぶりだったので、ついむしゃむしゃと食べてしまいました」
恥ずかしそうなノア。俺からすれば、喜んでもらえた上に癒されたので全く問題はないが。
「また何か見つけたら持ってくるよ。これからは自由に行き来できるわけだし」
「そうですね。楽しみにしておきます!」
さて、そろそろ元の世界に戻ろう。できればまだ日が昇る前だといいな。
俺はノアに別れを告げ、覚醒する意識に身をゆだねた。
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