第59話 ショッピングに行こう
商店街に到着。ここは相変わらず人がにぎわっていて、客引きの声があちこちから聞こえてくる。
「で、今日は何を買いに来たんだ?」
「別に何をってわけじゃないわ。ただ色々見たかったの」
ライゼはそう言うと、パン屋の中へ入っていった。
後に続いて店の中に入った瞬間、鼻腔に美味しそうなパンの香りが漂ってくる。
「おじさん、メロンパン一つ」
「はい、ただいま」
様々な種類のパンがずらっと並んだショーケースの向こうで、老齢の店主がにっこりと笑った。なんだか心が温かくなる。
「クレープ食べるんじゃなかったのか?」
「クレープも食べるわよ。メロンパンも食べるけど」
「…………」
「ようやく学習してきたわね。口を開いてたら今頃ただじゃすまなかったわ」
怖っ。太るぞ、とか言わなくて本当によかった。
「せっかくだからアンタも何か頼みなさいよ」
「そうだな、じゃあ……カレーパン二つで」
「アンタもたいがい食いしん坊じゃない」
言っておくが、俺が二個食べるわけじゃない。少し試したいことがあるだけだ。
店主に代金を支払ってパンを受け取った後、俺たちは再び街へ歩き出した。
「そういえばなんだが、ライゼは前に『両親への反抗で冒険者をやってる』って言ったよな?」
ライゼは小さな口でメロンパンを頬彫りながらうなずいた。
「今はどうなんだ? 相変わらず仲が悪いままか?」
「正直言うと、そうね。最近は余計にひどくなってる」
ライゼはメロンパンを食べる手を止め、喋り始める。
「私が
「ライゼの家は下級貴族だもんな」
「うん。だから私が冒険者を続けるのを許されたのは、
しかし、そうはいかなくなった。ダンは死に、パーティは解散になったからだ。
「だから、両親からは冒険者を辞めるように言われてる。最近はずっと無視してるけど、いつか限界が来るのも確かなこと」
「辞めるつもりは?」
「冗談。私はアンタの……無様な姿を見たくないから手を貸してあげるつもりだから」
途中詰まったような気がするけど大丈夫か?
とにかく、ライゼの家庭の事情というのもなかなか複雑らしい。
ダンジョンに潜るときや新しいスキルが見つかったとき、ライゼがいてくれると助かるし、仲間として信頼している。
何より、俺は彼女とのダンジョンで冒険者としての楽しさを見出すことができた。
できることなら、辞めてほしくはない。
「あ! あれ見て!」
カレーパンを食べ終えて沈黙していると、突然ライゼが走り出した。
「子供じゃないんだから走り出すなよ……」
「すごい、綺麗……」
彼女はおもちゃを目の前にした子供のように、店のショーケースに顔を近づけていた。
その視線の先にあったのは、一本の杖。長さはライゼの肩くらいまである長さで、他の物と変わらない。
だが、その杖には俺たちを惹きつける不思議な感覚があった。杖の先についている緋色の宝玉は、炎を纏って飛ぶ不死鳥を連想させる。
杖が立てかけられている下には値札がつけられており、『
「欲しいのか?」
「……違うわよ! ただちょっと、綺麗だなーと思っただけ」
嘘だな。こういうときのライゼはわかりやすい。
杖は主に魔法を扱う冒険者に好まれる装備品だ。
理由は、魔法を発動する際に、杖を媒介することで魔力を練りやすくなるから。
「ライゼは杖持ってないのか?」
「ないわ。冒険者になったのも最近だし、それに――すぐ辞めることになるかもしれないから」
ライゼの声が小さくなった。両親の関連の話だろう。
「いいわよ、杖なんて。高いし、私なんかが持つべきじゃないわ」
「いや、ぶっちゃけ買える」
確かにこの杖の価格は、昔の俺なら躊躇するくらいの大金だ。
しかし、最近はというとそうでもない。スライムたちが勝手にモンスターを倒して素材を集めてくれるので、入院していた期間も実入りはよかった。
「せっかくだから買おうぜ。杖があった方が冒険も便利だろ」
「話聞いてたの!? 私が冒険者を辞めたら――」
「ライゼは多分辞めたりしないし、もし辞めたら部屋にでも飾ればいいよ。これ、綺麗だし」
俺は店内に入って、店員さんに杖が欲しいと告げた。
目当ての杖をライゼに手渡し、クレープの店へ歩き出す。ライゼはその間、ずっと件の杖を眺めていた。
「やっぱり欲しかったんじゃないか」
「欲しかったわよ! でも、いろいろ考えたら……」
「素直じゃないなあ」
すると、ライゼは俺の前に立ちふさがってじっと俺の顔を見つめてきた。
まさか怒られるのか? と緊張が走る。
「……ありがと。大切にする」
「お、おう。お礼ならそんな怖い顔で言うなよ」
「うっさい! 怖いとか言うな!」
まったく、うちの相方は素直じゃない。
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