第58話 瞬間移動

 こいつ、いつの間に移動したんだ!? 全く動きが見えなかった!


「アホ面かましてんじゃねえよ!!」


 突然の出来事で面食らっていると、顔面にストレートが直撃する。俺は地面を吹っ飛ばされ、地面を転がった。


「アルクス!」


 イレーナの声が聞こえる。俺はすぐに立ち上がって身構えた。

 まだ一撃貰っただけだ、立て直すことはできるはず。

 でも、なんでバリーは一瞬で俺の背後に移動したんだ!?


「……人が集まってきちまったな」


 我に返って辺りを見回すと、街の人たちが俺たちを遠巻きに見ていることに気づいた。

 冒険者の間で喧嘩は日常茶飯事。だからギルドで喧嘩があっても酒の肴にされるくらいだ。


 でも、街の中ではそうはいかない。喧嘩は喧嘩だ。大事になるとまずい。


「……まあいい。これでわかったろ三下? お前が俺に勝つなんて現実的に不可能なんだよ!」


 『行こうぜ』と言うと、二人は背を向けてどこかへ歩き出してしまった。


 ……負けた。殴られた痛みが今になってジンジンと襲ってくる。

 なんだったんだあの瞬間移動。あれがS級の実力ってことか?


「アルクス……」


 頬を抑えながら考え事をしていると、イレーナが申し訳なさそうに話しかけてきた。

 いつもの快活な彼女とは正反対に、しおれた表情だ。


「大丈夫だよ、大した怪我じゃない。それよりイレーナーー」


「すまねえ! あたしがふがいねえばっかりに!」


 イレーナの心配をしようとした瞬間、彼女は俺に頭を下げてきた。


「なんでイレーナが謝るんだ?」


「……あいつらが言ってたことは本当なんだ。あたしが未熟だから、アルクスが馬鹿にされちまった」


「それは違う。イレーナは未熟なんかじゃないさ」


 それでもイレーナは俺の説明に納得していない様子だ。


「あたし、もうちょっと剣の調整頑張ってくる! 本番まで時間があるからな!」


 よし、と小さく言ったイレーナは、颯爽と走ってどこかへ行ってしまった。方向的にダンツェルさんのお店だろう。


「行っちゃったわね」


「うん。行動力はあるよな」


 走るイレーナの背中を見ながら、俺の頭の中はバリーのことでいっぱいだった。


「なあライゼ、俺がパンチを食らったとき、バリーの動き見てたか?」


「見てたわよ。……でも、はっきり言って見えなかった。こんな頭悪いこと言いたくないけど、あれはまさしく――」


「「瞬間移動」」


 やはりライゼも同じ感想を持っていたらしい。客観的に見てそうだったなら、おそらくそれは事実なのだろう。


「奴のスキルは見たのよね?」


「ああ。<疾風>だった」


「そうよね。でも、<疾風>で超スピードで動いたとしても、あんなにいきなり消えるわけはない……」


 俺とライゼの二人は道の真ん中で唸っていた。それでも答えは出ない。


「ま、後でわかることよ。もう疲れちゃったし、今日は休みましょう」


「いや、俺は修行するよ。負けたのは悔しいし」


「馬鹿ね、一流の冒険者はしっかり休まないといけないのよ! いい? こんな話があるの。小さな島に住んでいる仙人はね、トレーニングのメニューに昼寝を入れていたのよ」


「なんでだ?」


「それだけ休む時間は大事だからよ」


 ライゼに指摘され、うっとなった。確かに今日は久しぶりの探索で、少し疲れてしまった気もする。


「疲れた状態で何をやっても意味はないわ。集中力は散漫になるし、そもそも長続きしないもの。いい?」


「すみませんでした……」


 ライゼはまったく、と言って腕を組んだ。

 彼女の言いたいことはわかる。実際俺は疲れているし、休息も必要だろう。


 でも、バリーに負けた悔しさはある。正直言って、今すぐレベルを上げに行きたい。

 その時、ライゼが俺のそんな気持ちを読み取ったように、笑った。


「そんなに強くなりたいなら、明日私と一緒にダンジョンに行きましょう。どこまで奥に行けるか、知りたいんでしょ?」


「……いいのか!?」


「どうせアンタのことだから限界に挑戦したいとか言い出すでしょ。どう? これなら明日のために今日休むのもアリでしょ?」


 うん、アリだ。ダンジョンには体調を万全にして臨みたい。


「ただし! その代わり条件があるわ」


「なんだよ条件って?」


 ビシッと言い放ったかと思うと、ライゼは突然もじもじし始めた。


「……今から一緒に、買い物に行くわよ」


「声ちっさ」


「うるさい! 明日のダンジョンのためにしっかり休息を取るのを手伝ってやるって言ってるのよ!」


 なるほど。さてはこいつ、俺を買い物に付き合わせるために休息の大切さを語ったな?

 そんなことなら直接言えばいいのに。まったく素直じゃない。


「じゃあ行こうか、買い物に」


「ん」


 ライゼと俺は、商店街の方へ歩き出した。

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