第49話 正しい選択

 街を出ると、その景観はあまり変わっていなかった。

 空はどこまでも青く澄んでいて、太陽が屋根を照らしている。いつもと何も変わらない。


 でも、違和感はところどころにあった。街行く人の顔は暗く、いつもは見かけないような子供が道端に座り込んでいる。


 原因はすぐにわかった。アンデッドモンスターによる影響だろう。


 なんだか心が痛んだ。でも、これは俺が起こしたことだ。


 その時、俺はあることに気が付いた。


「あれ……病室に剣、あったかな……?」



 もし剣があるとしたら、墓地のはずだ。失くしたなんてバレたらイレーナに怒られる。早く探さなければ。


 開いた墓地の門を潜ると、その先には墓石がいくつも並んでいて、まばらに人が入っている。

 アンデッドモンスターにされた人の遺族だろう。生きている人の行方不明者は数えられるほどだが、死者を含めれば莫大な数になる。


「……坊主か、奇遇じゃねえか」


 ビクッッッ!!


 俺に声をかけてきたのはダンツェルさんだった。煙草をふかして、墓石の前に立っている。


「ダンツェルさん。奇遇ですね。お墓参りですか?」


「ああ、昔の友達ダチの墓が今回の事件でな……」


 アンデッドモンスターになってしまった、ということだろう。

 墓石には、『ルーク・バイグレイヴ 安らかに眠る』と書かれている。


「……ごめんなさい」


「なんで謝る?」


「今回の事件は半分俺が起こしたことというか。だからダンツェルさんの友達のお墓がこうなったのも……」


「……お前は悪くねえよ」


 ダンツェルさんはそう言うと、煙をフッと吐いて上を見上げた。


「少し前に、坊主にクエストを依頼したことがあったろ?」


「ありましたね」


「その時の坊主は、昔のコイツとそっくりな目をしてたんだ」


 そう言って、墓石を煙草で指した。


「どんな人だったんですか?」


「いい奴だったよ。どうしたら強くなれるか、ずっと考えてた。正しくあろうとしていた。俺はあいつに声をかけてやることができなかった」


「それで、どうなったんですか?」


「死んだよ。ダンジョンでモンスターに襲われて」


 悪いことを聞いたような気分になった。俺は喋ることができなくて、ただ下を向いた。


「でも、今だから言える。坊主、この世界に正しいことなんてない。だからこそ、自分が正しいと思った道を進め」


「正しいと思った道、ですか」


「そうだ。その道を進んだ以上は、その責任は全て負え。だが気負いすぎるな。がむしゃらにやれ」


 きっと、ダンツェルさんなりに励ましてくれているんだろう。だったら、俺もこんな顔してられないな。


「ありがとうございます、ダンツェルさん。俺、頑張ります」


「おう。ところで、坊主は何しに来たんだ? 墓参りか?」


「あ、いやその……」


 ごまかしきれないと思って、俺は事情をダンツェルさんに話した。

 彼は俺の決死の告白を聞くと、一笑した。


「そりゃやっちまったな! あのじゃじゃ馬、それ聞いたら暴れるぞ!」


「ですよね……どうしよう……」


「この辺りにはなさそうだぞ。もしかしたら、その時に現場にいた誰かが持ってるんじゃないのか?」


 現場にいた誰かか。

 一番に思いついたのはライゼだった。

 やはり今から彼女に会おう。


 俺はダンツェルさんに別れを告げて、墓地の外へ出た。



「とは言ったものの、あいつどこにいるんだ……?」


 ライゼの家は知らない。冒険者ギルドは入れない。となると、俺がどこかに探しにいく術はない。

 となるとあいつが行きそうな場所を当たるしかないけど、そんな場所なんて……


「ある」


 俺は思い当たる場所へ足を進めた。



 事件の日にライゼに飯を奢った飲食店。思いつくのはここしかない。

 俺は店の扉を開いて、中を覗き込んだ。


 店内を見渡したその時、一人の少女が持っていたクレープを手からこぼれ落とした。

 ライゼだ。


「アルクス!!」


 ライゼは席を立ってわき目も振らず俺の方へ走ってくると、思い切り飛びついてきた。


「おいおい、いきなり抱き着くなんてらしくないぞ」


「……うっさい。心配したんだから。本当に」


「クレープ落としちゃったけど、いいのか?」


「……アンタのせいなんだから、奢りなさい。一番高いやつ」


 ライゼは俺の胸に顔をうずめて強がりながら、嗚咽して泣いている。

 本当に、口では強がってるくせに意外と心配性なんだよな。


「わかったよ」


 俺はライゼの頭をポンとなでた。

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