第48話 選択の結果

「んん……」


 眩しい。これは日の光だろうか。俺はゆっくりと目を開けた。


「アル君!」


 起き上がろうとしたその瞬間だった。女性の声とともに、横になっている俺の体に何かがのしかかった。


「うわっ、シエラさん!?」


 俺の胸に顔をうずめているのはシエラさんだった。俺の名前を何度も呼んで泣きじゃくっている。


 ここは病院だろうか。俺はベッドに横たわって眠っていたらしい。夜が明けているから、時間経過は8時間くらいなのかもしれない。


「シエラさん、俺が言うのもアレなんですけど……落ち着きませんか?」


「君のせいだよ本当に……3日も寝ちゃうなんて、心配したんだから!」


「3日!?」


 8時間くらいだと思ったら、3日も眠りっぱなしだったのか!? あのままノアとお喋りを続けていたら餓死ルートもあったわけか。

 とはいえ、かなりダメージを受けていたから仕方ない部分もある。


「……ッ!」


 立ち上がろうとした瞬間、体に激痛が走った。


「まだ動いちゃ駄目だよ! アル君、運ばれたときは死にかけだったんだから!」


 死にかけかあ。確かに、あの時は<人間>の力があったからなんとか戦えていたけど、普通なら動くことだってできないだろう。

 仕方ない。大人しく休むとするか……。


「でも、本当によかった……アル君、このまま目覚めなかったらどうしようって思ってたから」


「俺は3日も寝てたんですよね? シエラさんはその間、ずっと俺を診ていてくれたんですか?」


「お仕事もあるから、抜けちゃった時間はあるけどね。それに、今ギルドの方はちょっとバタついていて……」


「……そうだ! 今、外の世界はどうなってるんですか!?」


 シエラさんは頷くと、俺が眠っている間のことを話してくれた。


 今回ダンが引き起こした事件によって、34人の行方が分からなくなっているという。

 おそらく、その人たちは<アンデッド>の効果によって、モンスターに姿を変えられてしまったのだろう。

 そして、その中にオルテーゼ家――つまりは領主とその奥方も含まれている。


 俺とシエラさんは、領主がアンデッドモンスターに襲われるところを目の当たりにしている。領主ほどの人物なのに、あっけない最期だったと思う。

 そんなオルテーゼ家の影響で、ある問題が起きているらしい。


 一つは、誰がこの土地を管理するのか? という問題。

 オルテーゼ家は森林破壊などの悪行をしてきたわけだが、彼らの存在で俺たちの生活が守られてきたのも事実だ。

 オルテーゼ家の没落は、早急に解決しなければいけない問題だ。


 そして、問題の二つ目。それは、冒険者ギルドの存在だ。

 オルテーゼ家の没落をきっかけに、冒険者ギルドに調査が入ったらしい。

 そこで、冒険者ギルドがオルテーゼ家に多額の献金を受けていたことが発覚。


 冒険者ギルドはオルテーゼ家から金を貰う代わりに、ダンのランクを操作していたらしい。

 さらに、両者が癒着をすることによって、冒険者ギルドは政治に関して発言権を高めていく。まさにズブズブだ。


 ギルドマスターは失踪。冒険者ギルドは今、その問題であわただしくなっているらしく、一般職員のシエラさんは仕事どころじゃないという。


 一言でまとめるなら、悪事の元凶だったオルテーゼ家の没落によって、これまで抱えていた問題が火山のように一気に噴出してしてしまったということだろう。

 今後この街がどうなってしまうのかは、今の俺にはわからない。


「はい、アル君。あーん」


 話が終わると、シエラさんは切ったリンゴをフォークで刺して俺に差し出してきた。


「自分で食べられますって、さすがにこれは恥ずかしいですよ」


「遠慮しないの。まだ病み上がりみたいなものなんだから」


 遠慮してるんじゃなくて、恥ずかしいんだよなあ。シエラさんは時々、俺を子ども扱いしてくる節がある。


「……あーん」


「はい、あーん」


 リンゴを口の中に運んでもらう。俺はドキドキしながらリンゴを咀嚼した。


「そういえば、シエラさんは俺と別れた後、怪我はしなかったんですか?」


「うん。途中まではアンデッドの目を盗んで移動してたんだけど、なんか急に街からいなくなったの」


 あ、そっか。ダンがモンスターを墓地に全員集合させたんだっけ。


「あの女の子も、お母さんと会えて泣いて喜んでたよ。『お兄ちゃんにもありがとうって言って』って」


 それはよかった。

 正直言って、俺は今でも自分の選択が正しかったのかわからない。ダンに反抗したことで、たくさんの人の生活に影響が出たのだから。


 でも、こういう話を聞くと、これでよかったんだと思える。俺は誰かを守ることができたのだから。


「……そうだ、ライゼは?」


「あの子なら、最近はオルテーゼ家のゴタゴタで忙しかったみたいね。だけど、そろそろ時間に余裕ができた頃じゃないかな?」


「……行ってきます」


 俺はゆっくりとベッドから起き上がった。


「ちょっと、まだ危ないよ! ライゼちゃんなら多分、待っててもくるから!」


「いえ、世界がどんな感じなのか、見てみたいんです。この目で」


 要は散歩だ。

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