第47話 ノアと花畑
「……ここは」
目が覚めた。ノアの花畑だ。
「おはようございます、アルクスさん」
隣にはやはりノアがいて、優しい笑顔で俺を迎えてくれる。
ということは、まだ生きているって考えていいんだよな。おおかたダンを刺した後に疲れで気を失ったって感じだろう。
「ずいぶんお疲れみたいですが、肩でも揉みましょうか?」
「いや、いいよ。そんなことより聞きたいことがあるんだ」
次にノアに会ったときに聞こうと思っていたこと。それを実行するチャンスは意外と早くにやってきた。
「まず確認したいんだが、俺は<人間>を使えるようになったってことでいいんだよな?」
「はい。私が継承した時から、スキルはずっとアルクスさんの中で眠っていましたよ」
「なんで今まではスキルが使えなかったんだ?」
「<人間>はスキルの効果にもあるように、人の感情や意志の力に左右されるスキルです。だからこそ、継承者は前の継承者からその力について説明を受けるんです」
つまり、これまでは眠っていた<人間>をあの土壇場で俺が起こした、というわけか。
そのきっかけはなんとなく自分でもわかる。戦う理由を明確にしたことだ。
「そしてこれは一番の疑問なんだが……ノア、お前は何者なんだ?」
核心を突く質問だ。彼女と俺はどうして話すことができるのか、それはずっと気になっていた。
確かにこれまで、彼女は俺が迷ったときに道を示してくれた。でも、まだ味方と決まったわけじゃない。俺は彼女について知らなすぎる。
ノアは柔和な表情のまま、ゆっくりと口を開いた。
「先代の<人間>の保持者です」
「……いや、それは知ってる」
「では、ノアと言います。女です」
「……それも、知ってる」
「では、何が知りたいのでしょう?」
「それ以外のことかな」
なんだこの子。もしかして天然な感じなのか?
戸惑っていると、突然ノアがしゅんとした表情になった。
「……わからないのです。それ以外のことは」
彼女の言葉の意味が、俺には理解できなかった。
「生きていた時のことは、何一つ覚えていないのです。唯一の記憶は、どこか暗い場所で、命からがら逃げた先にいたアルクスさんにスキルを渡したことです」
なるほど、全然わからないな。
そもそも、俺はノアと過去にあったことがあるのだろうか? 彼女は俺のことを知っているようだが、俺はスキルを渡された覚えなんてない。
「でも、命からがらってことは……」
「はい、私はもう死んだんだと思います」
どう声をかけたらいいのかわからない。俺は黙ってしまった。
気まずい。ノアは笑顔を崩さずに俺を見ているが、俺は目をそらしてしまった。話題を変えよう。
「次の質問だ。この花畑はなんなんだ?」
「アルクスさんの心の中……だと思っています。おそらくスキルを通じて話すことができているんでしょうね。最初は何もなかったところを、少しずつ育てたのです」
「すごいな。何もなかったのにか?」
「すごくはないですよ。土は柔らかくて、種も豊富にあったんです。きっとアルクスさんがいい人だからでしょうね」
仮にそうだとしても、何もないところからここまで花をたくさん育てるのはかなりの努力が必要だ。
……いや、ノアはそれを努力だと思っていないのかもしれない。だって、ここから出ることはないのだから。
毎日同じ景色の中、健気に花を育て続けるノア。その姿を想像したら、なんだか心が苦しくなった。
そうだ、ノアはここで生きているじゃないか。こうして花を育てて、いろいろなことを感じている。
「ノアは外の世界のことを覚えているのか?」
「……正直言って、あまり。空や花はここで見ることができますが、建物のことはほとんど覚えていませんし、人はアルクスさんだけですね」
ノアはここですっと一人ぼっちで、俺のことを待っていたのだ。
「そうか。じゃあ、絶対にノアを外に出してみるよ」
「アルクスさん?」
「絶対に、ノアを外の世界に出してみせる。そしたら一緒に冒険するんだ」
「冒険、ですか?」
「うん。そうだ、外の世界にはダンジョンがあって……」
俺はこれまでの冒険の話をノアにした。
モンスターとの戦いの話をすれば、ノアは目を輝かせたし、ライゼが大食いなことを話したらクスクスと笑った。ダンが死んだことには悲しい顔をして、俺の成長を喜んでくれた。
本当に表情が豊かな子だ。やっぱり彼女は一人の人間だ。
「アルクスさん、本当に面白いです。私も冒険がしてみたくなりました!」
「うん。絶対に一緒に冒険しよう!」
「また冒険の話を聞かせてください。アルクスさんのお話、大好きになりました」
……思えば、ずいぶんと話し込んでしまった。外の世界はどれくらい時間が経っているんだろう。
ここで経過する時間と、外の世界の時間は一致していないように感じる。だから、思ったよりも時間が経ってしまっている可能性はある。
「……そろそろ戻るよ。仲間が心配するといけないから」
「わかりました。お気をつけて」
「また戻ってくることはできるんだよな?」
「はい。私はいつでもここで待っています」
意識が覚醒する感覚。今までと同じ、目覚める前兆だ。
「いってらっしゃい、アルクスさん。あなたの冒険が素敵なものになりますように」
最後に聞こえたのは、ノアが俺を送り出す声。
必ず君を元の世界に戻してみせる。その時まで、もう少しだけ待っていてくれ。
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