第46話 覚悟は炎とともに

「みんな、畳みかけるぞ!」


「キュキュー!!」


 スライムたちが鳴き声を上げ、アンデッドモンスターに立ち向かっていく。

 『勇気』とチアの能力で、一対一で戦うことはできるらしい。でも、囲まれればさすがに潰されてしまう。


 一撃でも貰えば、スライムは復活できない。だから、なんとしても俺が数を減らす!


 とはいえ、俺がこの数のアンデッドに対してできることなんて限られている。

 その選択をすれば、俺の体に深刻なダメージが入るのはわかり切っている。壁に叩きつけられて、すでに満身創痍なのもわかっている。


 それでも、今の俺にできることは全部やりたい!


 魔力を全身に巡らせ、指先に抽出。強烈な雷鳴の一撃をイメージし、体から前に出力する。

 すなわちーー最大火力を出力ブッパする!


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 両手を前に出して、雷魔法を全力で放つ。青白い雷が地面をほとばしり、アンデッドモンスターたちを焼き尽くす。


「ガハッ!!」


 全身に激痛が走った。また吐血してしまった。やっぱり俺の体が魔力に耐えられていない!

 それでも、この手を止めるわけにはいかない! 俺がやらなくちゃーー


「馬鹿ね。そんな魔法の使い方をしたらアンタが先に死んじゃうわよ」


 その時、俺の横に立って両手を下ろさせたのはライゼだった。


「私ならあのモンスターたちを一掃する魔法が使える。でも、ちょっとだけ魔力が足りないの」


「じゃあどうすれば……俺に何ができる!?」


「……目、瞑って」


 俺はライゼに言われた通りに目を閉じた。

 次の瞬間、顔に不思議な感触を覚えて、俺は目を見開いた。

 ライゼが俺にキスをしてきたのだ。


「ば、馬鹿! 見るなって言ったでしょ!?」


「何してんだこの状況で!?」


「アンタの魔力を分けてもらったの! 私の方が上手く魔力を使えるから! いいから黙って!」


 ライゼは顔を真っ赤にして怒ると、モンスターたちの方を向いた。

 右手を前に出すと、彼女の体の周りに無数の赤い魔法陣が出現した。


「全てを焼き尽くす灼熱の業火よ! 絶えず揺れ動き、命を照らす炎の聖霊よ! 今こそ邪悪を打ち払う力を我に与えよ!!」


 彼女の詠唱とともに、魔法陣は徐々に大きくなり、辺りには火花が飛び散った。

 なんという火力だ。近くにいるだけで肌がヒリヒリする。


 ライゼが言っていた。魔法の威力を上げるには、二つの方法がある。

 時間をかけて術式を練ること。そして、詠唱をすることだ。


 今、スライムたちが稼いだ時間でライゼはたっぷりと魔力を術式に織り込んでいる。加えて、この詠唱。


「<獄炎灼熱舞ヘルファイア・プロミネンス>!!」


 魔法の名前が叫ばれた瞬間、魔法陣から炎の柱が出現した。

 炎はうねるようにして宙を泳ぎ、みるみるうちに姿を変えていく。

 それはまるで龍だ。6体の炎の龍が、アンデッドモンスターを焼き尽くさんと襲い掛かっている!


「ウガアアアアアア!!」


 アンデッドモンスターの体が燃え上がる。同時に巻き起こる爆風と熱気。


「うわあああああああああああ!!」


 その衝撃は墓地から逃げようとしていたダンにまで及んだ。ダンは地面を転がり、地べたに這いつくばる。


「今よ、アルクス!」


「わかった!」


 アンデッドモンスターは一体もいない。気づけば巨大骸骨も消滅していた。

 俺はダンに馬乗りになった。


「ヒッ、ヒイッ!! 頼む、許してくれ!!」


「黙れ!!」


 ダンの顔面に拳を叩きこんだ。手に伝わってくる骨と骨がぶつかり合う感覚。


「ゴ、<ゴーストハンド>!!」


「それはもう見切った!」


 素早く剣を引き抜き、腕だけになった骸骨の一撃を弾き返す。

 さっきまでの骸骨と同じなのか疑問に思うほど、それはあまりにも弱く、遅かった。


 俺は骸骨の手が消えるのを確認すると、ダンの顔面を3発拳で叩きのめした。


「あああああああああああああああ!!」


「動くな。これ以上余計なことをしたら、もっと痛めつけないといけなくなるからな」


「う、ううううう……なんでこんな酷いことができるんだよ……」


 酷いこと?

 人をアンデッドモンスターに変え、街を襲い、ライゼを殺そうとしたお前が、酷いことだと?


「ふざけるな!!」


 俺はダンの顔の横に剣を突き立てた。ダンがニワトリのような叫び声をあげて、じたばたともがく。


「悪かった! 街の人間を襲ったのも、お前たちに逆らったのも謝る!! だから、殺すのだけはやめてくれ!!」


「ずいぶんと死ぬのが嫌みたいだな!!」


「スキルを手に入れる代償に、もう一度死んだら永遠に無の中を彷徨うことになってるんだ!! そんなのは絶対に嫌だ!!」


 ダンの怯えようから言ってそれは本当のことなんだろう。

 人間とはこうも命乞いに必死になれるものなのか。俺は感心していた。


「なあ、アルクス!? お前だって本当はこんなことしたくないだろ!?」


 ダンは涙を目に浮かべながら問いかけた。


「お前、パーティに入った時から『いい奴』だったもんな!? 知ってるんだぜ、監視役だって頑張ってたもんな? 与えられた仕事に文句も言わないで、しっかりとこなしてた。お前はそういう人間なんだよ!!」


 俺はダンの首筋に軽く雷魔法を使った。電流が走った瞬間、ダンの体がピクッと痙攣する。


「あああッッ!!」


 俺だって、できるならこんなことしたくなかったよ。

 心の片隅でそう思いつつも、俺はダンの目を見据える。


「……感謝してるよ。お前は俺が強くなるきっかけを作ってくれた。復讐という強いきっかけを」


「感謝……?」


「あの日お前に暴力を振るわれて、いつかその仕返しをしてやろうと思った。それだけできれば満足だと思ってた。それが俺にとっての強くなる理由だった」


「な、なにを言ってるんだ……?」


 ダンは訳が分からないとばかりに、震えながら聞き返してきた。


「でも、気づいたんだ。お前が死んだときに、俺は自分が強くなる理由を見失った」


「じゃあ、ますます俺を殺すべきじゃないだろ!? 俺を失ったら、お前はまた生きる目標を無くすことになるぞ!?」


「……いいや。わかったんだよ。俺は仲間を守ることができる人間になりたい。誰一人として取りこぼさないような、最強の冒険者になりたい。だからこそ、俺の仲間を傷つけたお前は、ここで殺す」


 ダンの顔が真っ青になった。自分が死ぬことを理解したからだろう。


「嫌だ……嫌だ!! 本当に出来心だったんだ!! ライゼも、街の人間も殺すつもりなんてなかった!! いたぶってやるなんて言ったのも嘘だ!!」


「良心が痛んだか?」


「ああ! こんなことはしたくなかったけど、自分の利益を優先しちまった……反省してるんだよ……」


「……そうか」


 ダンはボロボロと涙を流す。仰向けに倒れている彼の涙は、墓地の地面を濡らした。


「俺はお前を殺すことに良心の呵責なんて、感じてないけどな」


「そ、そんな!?」


 少し前の俺なら、ダンを殺すことに躊躇していただろう。

 でも、今は違う。俺は大切なものを守るために、ダンを殺す選択をする。


「この世界から消えろ!! ダン!!」


「し、死にたくないいいいいいいいいいいいいい!!」


 俺はダンの胸に剣を突き立て、一思いに刺殺した。

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