第40話 広がる犠牲

「はあ、はあ、はあ……」


 初めての試みだったが、上手くいった! これでひとまずシエラさんを守ることができ――


「ガハッ!」


「アル君!?」


 突如として、俺は吐血してしまった。ボタボタと血が垂れ、腹部に激痛が走った。

 魔力量には問題がないはずだから、全力で使ったことで内臓にダメージが入ったようだ。

 さっきのはもう使えない。あと一回でもやれば体に限界がくるだろう。


「アル君、とにかくどこかに避難しよう! 無理しちゃ駄目だよ!」


「シエラさんにだけは言われたくないですよ……それに、俺はまだ休むわけにはいかないんです。首謀者がいるかもしれない場所を知っているんです」


「首謀者?」


 俺はシエラさんにざっくりと顛末を語った。



「なるほど……私もこの騒動の大きさから見て、変だとは思ってたんだ。アル君の言ってること、間違ってないかも」


「だから俺は墓地に行かないといけないんです。でも、こうしている間にも――」


「おい! クソッタレ領主!! 門を開けろ!!」


 その時、男の怒号が街で鳴り響いた。

 屋敷の大きな門の前に、数人の男女が群がっている。ドンドンと強く門を叩いて、ヤジを飛ばしているようだ。


 あそこはオルテーゼ家の屋敷。もしかして、街の人が入ってこないように締め出したのか!?


「ふざけるな! 緊急事態なのに自分たちだけ安全圏にいるつもりか!!」


「門を開けろ! 市民を見殺しにするな!!」


「うるさいぞ愚民ども!!」


 街の人たちが怒声を上げていると、二階の窓が開いて、ダンの父親が顔を出した。


「貴様らゴミのために、わざわざ危険を冒すわけがないだろうが!! あのモンスターたちが入ってきたらどうする!?」


「そんなことは知るか! いいから俺たちを入れろ!!」


「ふん、虫ケラどもが戯言を! いいか、教えてやる! この世界には生きるべき人間とそうではない人間の二種類がいる!! 私が前者であって、貴様らがそうなりえなかっただけの話だ! 普段から大して努力もしないくせに、緊急事態になったら権利を主張するな!!」


 領主は大声で民衆を怒鳴りつけると、気分がよさそうに笑った。


「マズい! 逃げろ!」


 俺は咄嗟に声を上げたが、もう遅かった。


「誰だ今逃げろと言ったのは? 逃げるべきなのは貴様らの方だ、せいぜい私に迷惑をかけないように……」


 領主はその時、肩に何かが乗ったのに気づいて後ろを振り返った。

 彼の肩に手を置いていたのは、カメレオンのように長い舌を口から出しているゾンビだった。


「う、うわあああああああああああ!!!」


 一瞬にして恐怖が顔に満ちる。ゾンビは長い舌でベロリと領主の顔をなめると、ナイフのように鋭利な長い爪を振り下ろして、切り裂いてしまった。

 領主が死んだ。


「くっ……」


 どうすればよかったんだ。確かに人間のクズであることは間違いなかったが、人があんなふうに殺されるのを見ると心に来るものがある。


「アル君、墓地に行って」


「シエラさん?」


「アル君が言う首謀者を止めないと、あんな風に人がたくさん死んじゃう。だからアル君は墓地に行って」


「何言ってるんですか! 俺がこのまま行ったらシエラさんや他の人たちが……」


 シエラさんは首を横に振った。


「大丈夫だよ、アル君が頑張ってるんだもん、私だって頑張らなくちゃ」


「でも……」


「覚えてる? 私、アル君が強くなったって言ったとき、最初は信じてなかったよね。多分、私の中でアル君はずっと弱っちいアル君だったんだ」


 シエラさんは笑みを浮かべながら語った。


「でもね、さっき助けてもらって思ったよ。アル君はもう昔の弱いアル君じゃない。強くなったんだって。だから私はアル君を信じる。私もアル君を助けられるようになりたいの」


 そう言った彼女の目には、いつもとは違った真剣さを感じた。


「大丈夫、今も他の冒険者や街の人も戦ってる。助け合うことができるのが人間の強さ。お互いを信じている限り、人間は絶対に負けないの」


 伝わってきた。彼女の言葉の一つ一つが俺の体にしみ込んで、同時に覚悟となっていくのを感じる。


「……わかりました。絶対に、生きてまた会いましょう!」


「うん。アル君も絶対に戻ってきてね!」


 俺は頷くと、スライムたちに全員集合の合図を出した。


「みんな! 墓地に向かうぞ!」


 スライムたちに号令を出すと、俺は墓地へと走り出す。

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