第30話 懇願と危険な香り

「なんだアレ!? めちゃくちゃデカいぞ!?」


「ジャイアントスプリガン……! S級クエストで討伐対象になるモンスターよ!」


 何と言っても特徴的なのはその巨躯。体長は10メートルくらいあるだろうか。

 白亜の体表にはところどころ緑色のペンキのようなものが付着している。あれはコケだろうか。

 まるで何千年もの眠りから覚めた石像のような化け物が街のすぐ手前まで来ている。


「なあ、あのモンスター強いのか?」


「強いどころの話じゃないわ。あんなのと戦えるのはS級冒険者くらいよ」


 騒ぎを聞きつけて、ギルドの中からぞくぞくと人が野次馬にやってくる。


「なあ、あれってもしかしてジャイアントスプリガンじゃないのか!?」


「おいおい、なんで街まであのモンスターが来てるんだよ!? ジャイアントスプリガンは確か、1か月前に残忍な刃ブルータル・エッジが討伐したはずだろ!?」


「もしかして、また別の個体が現れたのか!?」


 あれ。一か月前に残忍な刃ブルータル・エッジがジャイアントスプリガンを倒した?

 そんなことがあった記憶はない。一か月前は普通に森林エリアでモンスターと戦っていたはずだ。


 まさか……ダンのやつホラを吹いたのか?

 思えば、あいつは自分のことをレベル40だと言い張っていた。実際見てみたら12だったわけだけど。

 それと同じように、ダンがジャイアントスプリガンを倒したと言い張っていたらどうだろう。そして、そのモンスターがこの街まで来てしまったとしたら。


 ライゼも同じことを考えているようで、困った表情で俺の顔を見て頷いてきた。


「おいやべえぞ! 今ギルドにS級冒険者はいないって!」


「嘘でしょ!? じゃあ誰があのモンスターを倒すのよ!?」


 おっ、ヤバい雰囲気になってきたな。辺りはちょっとしたパニック状態だ。


「いや、待て! 一人だけS級冒険者がいるぞ!」


「そうだ! あいつならきっと倒せるはずだ! なんたって、一度ジャイアントスプリガンを倒してるんだからな!」


 話の展開が読めてきたぞ。俺の予想が正しければ、この後ギルドから出てくるのは――。


「な、なんだアレ!? モンスターか!?」


 予想通り。ダンの登場だ。


「おいダン! ささっと倒してくれよ! お前なら絶対に勝てる!」


「負けないでー! ダーン!!」


 止まらない黄色い声援。それを一身に受けたダンはひきつった顔をしている。


「いや、無理だ! あんなやつ倒せるわけない! みんな逃げるぞ!!」


「なんでだよ! ジャイアントスプリガンを倒したことがあるんだろ!?」


「お前しかいないんだ! 頼む、街を救うヒーローになってくれ!!」


 ダンは頷くことができない。さすがにあんなモンスターに立ち向かったら死ぬことくらい理解しているんだろう。

 あたふたとした偽物の英雄の姿に、冒険者たちは不思議そうな顔をしている。それもそうだ、みんなダンを英雄だと思って期待しているんだから。


「そ、そうだ! おいアルクス! ライゼ!」


 ここで俺たちか。

 ダンは必死の表情で俺たちのところへと駆け寄ってきた。


「お前ら、あのモンスターを倒してきてくれ!」


 早口でそう言った後、我に返って冒険者の方を向いた。


「あんな雑魚モンスター、俺が手を下すまでもないからな! 俺の優秀な仲間に倒してもらおうと思ってな!」


 観衆はダンの慌てぶりを見て戸惑っていたが、彼の口から説明を聞いて納得したように色めき立った。


 まあ、それももう終わりだが。


「断る。誰がお前の言うことなんか聞くか」


 俺の返答を聞いて、時が止まったように歓声が止んだ。


「え? 今なんて言った?」


「誰がお前の言うことなんか聞くかって聞こえたけど……」


 冒険者たちが眉をひそめてどよめきだした。ダンは慌てて取り繕うとする。


「頼む! 倒したら俺の財産を三分の一……いや、半分分けてやるから!」


「いらないっつの。そもそも、私たちは冒険者としての資格を剥奪されちゃったから戦えないんだけど?」


 いたずらっぽく笑うライゼ。こいつ本当に性格悪いなあ。

 ダンは皮肉を言われて、ギシギシと歯ぎしりをする。よほど悔しいらしい。


「わかったよ!! お前たちの冒険者資格を戻してやる! これでいいか!?」


「「嫌だけど?」」


 甘んじて要求を受け入れたというのに、俺たちから返ってきたのは拒絶。ダンは絶句した。


「なんでだ!? これ以上何を望むんだ!?」


「そうねえ、地面に這いつくばってこれまでの私たちに対する無礼を謝罪してくれるかしら?」


 ダンの顔が紅潮していく。怒りのあまりこめかみには血管が浮き出て、今にも千切れそうだ。


「ふざけるな!! なんで俺がお前らなんかに謝らなきゃいけないんだ!?」


「へえ、いいのかしら? よーく周りを見なさい?」


 ダンはハッとなって後ろを振り返った。彼の背後の冒険者たちは、冷たい目で彼を見つめていた。


「ねえ、さっき冒険者資格を戻してやるって言ってたよね……?」


「なんでダンにそんな権限があるんだよ? もしかして、オルテーゼ家ってギルドにまで権力を振りかざしてるのか?」


「……ってことは、ダンのランクも操作し放題だよな!?」


「よく考えたら、私ダンが戦ってるところって見たことないかも!」



「……もしかして、あいつそんなに強くないんじゃね?」



 向けられた猜疑の目。ダンはそれを一身に浴びて、硬直したまま呆然としている。

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