第21話 返り討ち

「ああそうかよ、お望みなら俺がぶっ殺してやるよっ!」


 ダンは拳をグッと握りしめると、怒りのままに振り上げた。

 この前の喧嘩では負けてしまった。でも俺はあれからも強くなったんだ。絶対に勝ってやる!


「鑑定スライム!」


「キュキュ!」


 まずはスライムの<鑑定>スキルを発動して、ダンの実力を把握する。できれば弱点も知りたいところだ!


「お前、なんだその力は!!」


 鑑定スライムを初めて見るダン。驚きながらも、攻撃の手は止めない。


――


 対象:ダン・オルテーゼ レベル12

 弱点部位を観測サーチ

 解析中。解析完了。

 弱点部位が発見されました。視点を共有します。


――


 解析が完了して、俺は一つ疑問に思った。

 ダンのレベルは40と聞いていたが、確かにレベル12と聞こえたぞ。


 何かの間違いか? いや、よく考えたら俺はダンがS級クエストに出てくるようなモンスターと戦っているところを見たことがない。

 もしかして、本人がデタラメを言っていたのかもしれない。可能性はある。


「くたばれスライム野郎がああああああああああ!!」


 派手なモーションでの右ストレート。だが、レベルが17になった俺にとってそんなものは恐れるに足らない。

 <鑑定>の結果として表示された弱点は、人間の急所がほとんどだった。でも、一か所だけそうではない場所を見つけた。

 それは、俺がずっと前から知っていたダンの弱点だ。これまではそれに気づきながらも、対応することができなかった。


 でも、今は違う!


「何ッ!?」


 ストレートをひらりと躱した俺に、ダンは吃驚の声を漏らした。まさか今まで散々見下してきた雑魚に避けられなんて、思ってもみなかっただろ!

 ダンは殴るモーションをした後に大きく隙ができる。俺はそれを突いて、一気に距離を詰めた。


「これがお前が馬鹿にした弱者の、本当の強さだ!!」


 腹部に拳をめり込ませる。ダンがウッと息を詰まらせ、胃の内容物を嚥下する。

 クリティカルヒット。ダンの体は宙に浮いた後、ゴロゴロと地面を転がった。


 初めてダンの膝を土に付かせた。いける。今の俺にとって、こいつは大した脅威じゃない!


「嘘……ダンの攻撃を躱しただけじゃなく、カウンターまで!?」


 意外にも、声を漏らしたのはライゼだった。

 ダンははあはあと荒く呼吸をしたあと、俺を睨み据える。


「一発まぐれで当てたくらいで、いい気になるな!!」


 ダンは狼のように吠えると、獣のような荒い走り方で向かってきた。

 当然、さっきより動きの精度は悪い。隙は<鑑定>を使うまでもなく見つけることができた。


「うおおおおおおおおおおお!!」


「そこだッ!」


 殴りかかってきたダンの顔面に回し蹴り。これも彼の横面をしっかり捉え、体を後方へ吹っ飛ばした。


「が……はあッ!」


 じゅうたんを丸めるようにして地面を転がりまわったダン。彼のつやつやとした金髪は砂だらけになり、さっきの蹴りで前歯が欠けてしまっている。


「どうした? もう終わりか!」


 地面に膝をついたまま肩で呼吸をするダン。俺のことをじっと睨み据えると、こう言い放った。


「おいライゼ! なにをやってる! そいつを殺せ!」


 何を言っているんだろう、というのが正直な感想だ。ライゼの様子を見ていれば、ダンの言うことを聞くわけがないとわかるのに。


「俺はお前のパーティのリーダーだ! リーダーの命令に従うのは当たり前だろうが! それに、お前は女だろ!? 俺に媚びてさえいれば、一生楽して暮らせるんだぞ!?」


 信じられない理屈だ。そんなことを真面目に言っているのが理解できない。

 でも、ダンはそういう人間だ。弱者を見下し、利用し、自分は甘い汁をすする。

 貴族という彼の出自がそうさせたのか、彼がもともとそういう人間だったのかはわからない。


 それでも、現にダンはライゼを見下し、自分の力を振りかざすことで利用しようとしている。この前はパーティメンバーを盾にした。


 こいつは正真正銘のクズだ。


 そこで気が付いた。自分が今、剣の柄を握ろうと腰に手を伸ばしていたということに。目の前の邪悪な人間を斬り捨てようとしていることに。


「お、覚えてろよおおおおおおおおお!!」


 ダンはお手本のような捨て台詞を吐いて、俺たちに背を向けて走り去ってしまった。俺はその様子をただ呆然と眺めていた。


「……そうだ! ライゼ、怪我はない?」


 気を取り直して、俺は地面にへたり込んでいたライゼに手を伸ばした。彼女は一瞬俺に手を伸ばしたが、すぐにひっこめて自分で立ち上がった。


「助けてなんて頼んでないわ。……それに、いいの?」


「何が?」


「ダンはこの街の領主の息子よ。あいつを殴ったってことは、どんな復讐をされるかわかったものじゃないわ」


 言われてみればそうだ。あのダンのことだから、またろくでもないことをしそうな気もする。


「でも、別にいいよ。そんなことより、ライゼが殴られているのを見過ごす方が嫌だったから」


「……あっそ」


 ライゼは意外そうな顔をした後に、俺に背を向けて歩き出してしまった。相変わらず冷たいなあ。


「……がとう」


「え? 何か言った?」


「なんでもないわよ!」


 ライゼはごにょごにょと何かを言った後、怒ってどこかへ行ってしまった。なんだったんだアレ?

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