第13話 ダンツェル武具専門店

 翌日。宿に戻ってゆっくり休んだ俺は、朝になって街へ繰り出した。

 懐には二日間で稼いだお金が入った巾着袋が握られていた。


 ダンとの戦いで、自分の弱点に気づくことができた。それは、自分自身――つまり、人間の姿の俺が弱いということだ。


 <スライム>は経験値を上げるには効率がいい。しかし、戦闘の場合は全くと言っていいほど役に立たない。

 単純に、レベルが上がってもスライムはスライムなのだ。冒険者からしてみれば雑魚以外の何物でもない。

 昨日まで倒していたゴブリンも、冒険者からすれば大した強さではないのだ。


 スキルに頼らず、人間の俺が強くならなければいけない。

 ……というわけで、俺が前線で戦うためには装備が必要だ。


 今から手元にあるお金を使って、装備を一式揃えに行く。手元に残るのは元の10分の1程度の額だが、俺は今まで貯金0で生きてきたから大丈夫。


「ギルドで紹介してもらったお店は……確かこの辺りか?」


 オルティアは王都と比べれば小さな街だ。それでも、たくさんの人が住んでいるし、お店も多い。中にはぼったくりみたいなお店もあるという。


 俺が唯一持っている武器の短剣は、ギルドで支給された安物。しっかりと武器を買いに来たのは初めてだ。おかげでどこで装備を買えばいいのかわからなかったので、ギルドの職員に聞いてみた。


「……ここか」


 俺はハンマーが×印に交差しているマークのお店に入ってみる。


「いらっしゃい、ダンツェル武具専門店へ」


 恐る恐る扉を開けると、カウンターから俺のことを見ていたのは大男だった。

 座っているのに、背丈が大きいことはすぐにわかった。鎧のような筋肉を身に纏った男は、落ち着いた茶色のあごひげをさすって俺を見る。


「見ない顔だな。冒険者か?」


「はい。出直してきた方がいいでしょうか?」


「いいや、歓迎するぜ。うちは武器も防具もそろえてるから、好きなのを見てってくれ」


 豪傑のような店主の許しを得て、俺は店内に並べられている装備品たちを眺め始めた。


 この剣とかいい感じじゃないか。価格は……0がひとつ、ふたつ、みっつ……。

 ……とても手が届きそうにない。

 マズいな、どうやら俺は高級店に入ってしまったらしい。二日間の報酬があればだいたいの武器は買えると思っていただけに、高額商品たちに度肝を抜かれてしまった。


「……あれ?」


 焦ってキョロキョロ辺りを見回していると、他のブースに目が行った。高額な武器はテーブルの上に置かれているのに、壁に立てかけられている商品がある。

 試しにその中の剣を見てみると、価格は他の商品よりもはるかに安いものだった。


 これなら、手が届く。


「なんだ、あんた弟子が作った装備品を買いに来たのか?」


「弟子?」


「この店は俺と、俺が認めた弟子の武具だけを取り扱っている。だが、見習いの弟子が作ったものも一緒に並べてやってるのさ。それだけ価格が安くなってる」


 なるほど、お弟子さんも商品を販売してるのか。若いうちから商品を売っておけば、独り立ちした時に人脈が作りやすい、ということらしい。


「あたしの武器を買ってくれるのかい!?」


 その時、背後で声がした。見ると、一人のピンク色の髪をした少女が俺が持っている剣を覗き込んでいるではないか!


「イレーナ、お前帰ってたのか」


「師匠! あたしの作った装備を手に取ってもらう瞬間なんて初めてでさあ、居ても立ってもいられないンですよ!」


 ピンク髪の小柄な少女は、よくわからない口調でダンツェルさんにまくし立てている。なんかすごいキャラが来ちゃったぞ。


「君がこの剣を作ったのか?」


「おう、申し遅れたな! 何を隠そう、あたしこそが未来のナンバー1鍛冶師、イレーナ・マクウィーンだ! よろしくな!」


 イレーナはド派手に名乗りを上げると、面食らっている俺の手を強引に握ってきた。


「で、買うんだろう? あたしの武器! 防具とセットで!」


「待った! 今考えてるんだよ!」


「てやんでい! 男のくせに何をうじうじしてやがる! とっとと買っちまいな!」


 強引すぎる。いつの間にか防具も一緒に買うことになってるし。

 でも、見たところ商品は普通そうだ。というかむしろ、かなり質がいい。剣の長さもちょうどいいし、防具は俺が着ても動きやすそうだ。

 ひょっとして、この子ってすごい人なのか? ただキャラがおかしいだけで。


「……わかった。買うよ。この剣と防具をセットで」


「いいのかい坊主? イレーナは腕は確かだが、見ての通りじゃじゃ馬だぞ」


「てやんでい! 師匠は黙っててくれよ! こいつは自分であたしの装備を買うって言ったんだぜ!」


 イレーナは嬉しそうにはしゃぎまわると、再び俺の手を取った。


「あんた、名前は?」


「アルクスだけど」


「そっか、アルクス! あたしは世界一の鍛冶職人になるからよ、これからもよろしく頼むぜ!」


 イレーナの手が俺の手を包む。小さくて柔らかい。女の子の手って感じだ。冷たい手のひらが俺の手の温度を奪っていくのがわかる。

 相手にその気はないんだろうけど、なんだかドキドキしてしまうな。恥ずかしいから悟られないようにそっぽを向いた。


 ひとまず、装備をそろえることはできた。次はクエストだ。

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