第25話 グリアムスさんは、はちみつ泥棒
翌朝。ついにこの時が来た。
朝集会の日だ。本日パワハラ現場監督は統領セバスティアーノによってさばきが下される。それも全コミュニティー民の集まる前で、正義の鉄槌が下される。いわゆる公開処刑といったものだ。
これはなかなかの見ものである。散々人の事をぼろ雑巾のように使い古し、雑に扱ってきた報いを知ってほしい。どんな処遇を受けるのか楽しみだ。
今日は盛大なパーティーだ。しっかり事の顛末を見届けさせてもらおう。みんなの前ではずかしめを受けさせられるパワハラ現場監督の泣きっ面というものを拝ませてもらおう。
「おはようございます」
昨夜の怒涛のキメラ劇から一夜明け、普段から生活している豚小屋施設から外に出たところで、グリアムスさんがすでにそこに待ち構えていた。
「あ~どうもです。グリアムスさん。昨夜はぐっすり眠れましたか?」
「いや~あまり寝付けませんでしたよ」
「そのようですね。グリアムスさんの目の下にでっかいクマができています」
「え?それは本当ですか?それは参りましたね。見栄えが悪いと、他人からの印象が悪くなりますからね。ちょっと顔を大至急洗ってきます」
急に自身の身なりを気にしだしたグリアムスさんは、少し顔を洗うと言って、席を外した。
グリアムスさんの目の下には二つの黒いヘチマのようなものがぽつんと浮かび上がっている。やはり自分同様に寝付けなかったように思える。
一連の事件で疲労がたまりにたまったためか、昨夜はグリアムスさんと立話を1つもすることなく、早い段階で就寝部屋の方に戻り、床についた。結局翌朝になるまでしっかり寝付けず、目はしっかり開いたまま夜が明けてしまった。
ニート時代は完全に昼夜逆転した生活を送って、夜の時間帯に寝たこともなかった。しかしこのコミュニティーにやってきてからは、1日16時間労働といった狂気じみた強制労働をさせられたこともあって、皮肉にも規則正しい生活を送れるようになった。
「やあお待たせしました。ベルシュタインさん」
グリアムスさんがそうこうしているうちに、戻ってきた。
「結局目の下のクマを取ることはできませんでした」
グリアムスさんの目の下のクマは、いまだにくっきりと残っていた。
「お互い疲れがたまっている証拠ですね」
自分も朝起きて、鏡の前に立ってみると、クマこそはできていなかったものの、その顔はひどくやつれていた印象を強く受けた。
「自分も昨日の凄惨な光景が何度もフラッシュバックしてしまって、目をつむろうにも、つむれませんでした」
「まあ血肉をむさぼった怪物の生の姿を目に焼き付けてしまったのですから、それは致し方ないと思います。あれを見て翌日以降もピンピンしている人の方が異常人というものですよ。」
そういわれて、それもそうだなと思った。人の死を見て興奮して、顔を紅潮させる者も中にはいるぐらいだ。自分はその類の変わった人間ではなかったため、改めて自身が常識人であることを自覚できた。
「朝食はすでに済ませましたか?」
「はい。さきほど済ませておきました」
毎朝無能生産者に配給される、パサパサのパン生地にキャベツとなにかを挟んだサンドイッチといった、味がしないいつもながらの食事をベルシュタインは済ましていた。
ペトラルカさんにもらったサンドイッチ(地面に落ちてグチャッ!っとなって、一度川の水で洗濯いたしそうろうをした彼女の愛がこもった手作り)の方がはるかにおいしかった。
セバスティアーノから優遇されたコミュニティーの有能生産者らはこんなゴミのような量の少なく、味っ気のしない質の悪い食料なんか口にせず、栄養価が高く味もちゃんとしている(コミュニティーにいる管理栄養士の人に監修されたきちんとした食事といった)ものをさぞかし食っているのであろう。
このコミュニティードヨルドでは、食事の面から見ても序列ごとに差があるのである。
「それにしても甘い物が食べたくて仕方ないですね」
「同感ですね。わたくしももうずいぶん長い間、砂糖なりお菓子の類のものは口にしてません。ああいったものは全て贅沢品とみなされて、すべて有能生産者の元へ回されてしまいますからね」
「自分はもうそれは夢に出てくるまで欲してしまっている始末です。以前までは甘いものが苦手で、あまりお菓子のたぐいを口にしたことはなかったのですが、今となってはそれはもう嘘みたいに欲求不満になってしまっています」
「あなたと同じくわたくしも糖分を求めてしまう体質に、この世界になってから様変わりしてしまいました。そのためか、わたくしもかつては有能生産者の隙を見て、よく甘いものを隠れた場所で貪り食っていたものです」
「え、グリアムスさんがそんな隠密行動をとっていたことがあったのですか?」
「さようです。よくあそこの家に夜な夜な忍び込んで、ハチの蜜の入った小瓶をちょいと拝借し、こそこそ舐めまわしていたものです」
グリアムスさんはそういうと、指をさした先の白く青い屋根が乗っかっている一軒家を指さしていた。
「そんなことやってばれたら、大変なことになりませんか?」
グリアムスさんがそのような空き巣めいたことをしていたことに驚いてしまった。拍子抜けしてしまった。まさかこんな痩せこけた人がそんなことを堂々とやっていたなんて。
「大丈夫ですよ。綿密に計画を練ったうえでの行動なので、自分が忍び込んだ痕跡すら残されていません。まあ蜂蜜が日に日に減っているとあの家の家主の知るところとなっても、だれもこんな一介の無能生産者が盗み出したなんて思いもしません。せいぜいあの家主の息子のいたずらだ程度にしか思わないでしょうから」
「そんなもんでしょうか」
「そんなものです。あ~、ぜひよかったら今夜わたくしの部屋にお邪魔になってください。まだ取り置きのはちみつが少々余っているもので、もしよければあなたにも差し上げます」
「いえいえ結構ですよ。盗品のはちみつに手を出すなんておっかない真似、自分にはできませんし、それはあなたが全部召し上がってくださいまし」
グリアムスさんのその提案に自分はすかさず首を横に振った。さすがに人様の所有物だったものを自分も良かれと思って、何の躊躇もなしに手を出そうものなら、この先々になにかよくないことが待ち構えているに違いないといった考えが、自分を思いとどまらせた。
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コミュニティーの中心の広場には、すでに大勢の人が集まっていた。大勢の人が見つめる先には、このコミュニティーの統領セバスティアーノとその周りにいる側近連中、そして例の忌々しきパワハラ現場監督がそれぞれ向かい合いあっていた。
パワハラ現場監督は背筋までピンと伸びた直立不動態勢で、全身から汗を噴きだしながら、ただ一点、セバスティアーノの一挙一刀足に全集中して、動向をうかがっていた。
いよいよパワハラ現場監督が成敗されるこの瞬間がやってきたのである。
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