第24話 成敗!パワハラ現場監督!

 セバスティアーノ邸に入るのは久方ぶり。相変わらずシャンデリアがまばゆいほど光り輝いている。貴族衣装に身を包んだセバスティアーノはこのコミュニティードヨルドの権力者である。



 このコミュニティーが成立してはや1年あまり。このコミュニティーが存続できているのも、この街を取り囲んでいる強固な壁にほかならない。キメラによる襲撃も幾度となくこの壁のおかげで防がれてきた。



 この壁を前にしてキメラが攻めあぐねているすきに、コミュニティーの武装班がやつらを迎撃する。1年間、こうしてキメラの脅威からこの街とその住民を守り続けてきたのである。



 その強固な壁を築き上げたのが、なにを隠そうこの統領セバスティアーノだった。彼はこの壁を築き上げた功労者としての経緯があって、今現在コミュニティードヨルドの絶対君主として君臨し、コミュニティーを支配していた。



「ご苦労であった!諸君」



 自分にとっては忌々しきセバスティアーノの応接間へとあの時以来再びやってきた。



 無能生産者だと決めつけ、その日をもって豚小屋行きが決まったまさにこの場所。よくない思い出ばかりがよみがえってくる。



 セバスティアーノはすでに椅子に腰かけ、クラック隊長らが来るのを待ち構えていた。



「セバスティアーノさん。今回の報告に参りました」



 クラック隊長がそう口にする。



「・・・だいたいのことはすでに伝え聞いた。さっそく詳細を聞かせてもらおうか」



 そしこの3日間における成果の報告会議がはじまることになった。



 席についているのは、クラック隊長と金髪ポニーテールのペトラルカ。そして残りの武装班の連中数名だった。セバスティアーノを含む計7名がテーブルを囲み、報告が行われた。



 ベルシュタインとグリアムス、そしてパワハラ現場監督は部屋の片隅にて、突っ立っていた。彼らはテーブルで行われている話をただ耳にするだけにとどまり、その会議には加わらなかった。



 死傷者2名。うち行方不明者多数。キャンプ周辺のパトロールを行っていた武装班の約6名ばかりも消息を絶ったままだった。



 今回の事件の詳細をあますことなく述べ、クラック隊長はそっと口を閉じた。



 彼が完全に口を閉ざしたのを見計らって、セバスティアーノがクラック隊長と入れ替わるようにしてしゃべりだす。



「ご苦労であった皆の衆。この惨事の中よくぞ生き残ってくれた。ここに集まった者全員称賛に値する」



 パチパチパチ!



 セバスティアーノは突拍子もなく覇王のごとくえらく仰々しい拍手をした。



「そのような被害にあった中で生き残れたことは奇跡に近い。実に運に恵まれておる。全滅しなかったことが何よりの救いだ」



「たしかに最悪の場合、俺らの隊が全滅していた可能性だって大いにあった。・・・一歩間違っていれば確実に誰一人生き残っていなかったと思う」



 クラック隊長は暗い表情のままうなだれた。



「そこまで気落ちすることもあるまい。クラックはよくやってくれた。こうして被害が最小限に食い止められたのもお主の力量があってこそだ」



 被害が最小限?なにをふぬけたことを言っているのだろうか?D班の被害は甚大なものだ。



 自分以外全員未帰還になっているというのに。やはり無能生産者の身の上のことをセバスティアーノは何一つ考えていない。



「わがコミュニティードヨルドの有能、無能生産者がお亡くなりになった。無能生産者数十名の行方はともかくして、アリアス、オリビアをはじめとする若い有能生産者が次々と命を奪われてしまった。大変に残念なことだ」



 ベルシュタインは強く拳を握りしめた。今すぐにでもあの皇帝ぶった髭面のオヤジを殴り飛ばしてやりたかった。しかしその様子を見ていたグリアムスがそっと周りに聞こえない声で戒める。



「落ち着いてください。ここでやつを殴ったとしても何も変わりやしません。たしかにあやつを殴ったことで、一瞬だけスカッとした気分になるかもしれません」



「ですが・・・グリアムスさん」



「しかしその後絶対に後悔します。悔しいでしょうが、ここはどうかこらえていただきたい」



 グリアムスがそう言ったことで、素直にそのことを聞き入れ、気持ちを落ち着けようとするベルシュタイン。



 今ここでやつを殴ってしまえば、気分爽快にはなる。しかしその後、自分の立ち位置が危ぶまれることになるだろう。セバスティアーノの気分次第で、最悪明日ギロチン処刑にかけられることもあり得る。たった一つの命と刹那の心のわだかまりの払拭。どちらを天秤にかけるかと言われれば、迷うことなく命の方を取るのが賢明だ。



 グリアムスさんのおかげで冷静に物事を考えられた。もしグリアムスさんの一言がなければ、迷うことなく己おのれのグーパンチでやつの口から泡を吹かせていたところだった。



 危ない危ない。



「・・・では本題に入ろう」



 セバスティアーノは身につけている貴族衣装の襟を正す。そしてしっかりと正し終わったところで、次の事が彼の口から述べられていった。



「さきほど、おぬしらのに報告にあった話によると、D班の作業エリアに志願してくれた者がいたらしい。その彼らが今回の事件で亡くなり、または消息を絶った吾輩が認めし有能生産者たちだ」



 その話が話題になった途端、ベルシュタインの隣で突っ立っていたパワハラ現場監督の顔色が変わった。



「本来であるなら、彼らは武装班の待つキャンプにて外泊し、作業に徹することになっていたはずだった。

 だがしかし、例の誰かさんによって、あろうことか有能生産者を野宿させ、しまいにはその全員が死んでしまった。

 もしこの時に何らかの手違いがなければ、優秀なこの者たちの命は失われることは断じてなかったはずである」



 そして統領セバスティアーノはおもむろに、パワハラ現場監督の方へと顔を向ける。



「その責任の所在はだれにあるのか?今すぐ名乗り出てもらおうか・・・」



 責任の所在はだれにあるのか?言うまでもなく自分の隣でプルプルと震えているこのパワハラ現場監督その人に相違なかった。



 彼は重大なミスを犯した。そのことに彼自身気付いたのが、翌日の早朝。そしてその日は、1日をかけて有能生産者である彼ら、彼女らを探し求め、山中をかけずりまわっていた。



 しかしその甲斐むなしく、見つけることはかなわなかった。後日になってアリアス、オリビアが死体となって発見され、そのほかの連中も行方不明になってしまった。



 そしてパワハラ現場監督はその責任を感じ、とっさに手を挙げた。



「俺が・・・やりました・・・」



 まるで元々悪意があって、有能生産者らを野宿させたと取られかねない発言をし、そのことが余計セバスティアーノの逆鱗に触れてしまった。



「そうか・・・お主が全部やったのか・・・」



 失言してしまったことにすぐに気付いたパワハラ現場監督。その言葉を取り消そうと躍起になり、あれこれと言い立てる。



「いや!違います!それは本当に手違いで・・・・」



「言い訳などいらん!この愚か者めが!お主の失態のせいで余計な犠牲者を出してしまった。有能生産者を失ったことは、このコミュニティードヨルドにとって大きな損失。なんたる過ちを犯したのだ!」



 みるみるうちにセバスティアーノは怒りで顔が真っ赤になってくる。火に油を注いでしまったようだ。



「ひっ!」



 パワハラ現場監督も怒りに狂えるセバスティアーノにびくびく震えている。



「お主はミスを犯した。許しがたい。それに加え、お主は巷でパワハラ現場監督といった俗称で呼ばれているらしいな。これはどういうことだ?何故そう呼ばれるに至ったのか、順を追って経緯を説明してもらおう」



「いえ!それはほんの一部の俺に悪意を持った連中がそう言いふらしているだけで、実際はパワハラと言った不名誉なことはなにもありません!みんな俺と和気あいあいと楽しい職場環境でやっております!」



「嘘をつくでない!」



「ひっ!」



 セバスティアーノにとことん追い詰められるパワハラ現場監督。そして彼は最終手段に出た。



 今にも泣きだしそうな面を見せながら、パワハラ現場監督はベルシュタインの方を向き、こう言い放った。



「なあ!ベルシュタイン!俺は善良な現場監督だったよな!パワハラ行為など何もなかったよな!?頼む!!そう言ってくれ!」



 いきなりベルシュタインに対して、助けを懇願するパワハラ現場監督。散々ベルシュタイン自身にパワハラキックを幾度となくお見舞いし、全身あざだらけにしてきたパワハラ現場監督がこの期に及んで救いを求めてきた。



 それに対しベルシュタインはそっぽをむいた。パワハラ現場監督の居る方向とは全く別の角度をむき、知らぬ顔をしてやった。



 成敗!パワハラ現場監督!



「お主!今は吾輩と一対一でしゃべっているのだ。関係のない者を巻き込もうとするでない!」



「ひっ!」



「・・・・今ので十分理解した。明日の朝、コミュニティードヨルドで全体集会を開く。・・・そのときにお主の弾劾裁判を行い、そこで処遇を決めさせてもらおう。

 そしてその後、有能生産者の追悼式を敢行する。話はこれで以上だ。全員もう下がってよいぞ」



 その彼の一言にこの場にいるみんなは、



「御意。それではクラック、失礼します」



「ペトラルカも失礼いたします」



 武装班の連中も一人ひとり、一言を言ってからその応接間をあとにした。そしてベルシュタインとグリアムスもそれにならい、一言言って退室した。


 ただしパワハラ現場監督は一向にその部屋から立ち去らず、膝をつき、泣いてセバスティアーノにわび続けていた。



「どうか!ご慈悲を!お願いです!どうか!」



「まだお主の処遇をどうするとも言ってはおらんだろうに。明日まで待て。・・・じきに結果はわかる」



「この通りです!どうかご慈悲を!」



 パワハラ現場監督はついには床に対しておでこをつけ、土下座をしはじめた。



 今までさんざん無能生産者にパワハラ行為を働き、傍若無人なふるまいをしてきた彼パワハラ現場監督のなんとも情けない姿だった。



 そして運命の明日の集会。早朝に開かれるその集会でもって、パワハラ現場監督、彼の今後の進退が決まる。

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