第26話 さらば!パワハラ現場監督!

 さんさんと照り付ける太陽の下、コミュニティードヨルドの集会広場には、大勢の人が集まってきた。広場の一角に仮設された法壇。



 その正面の上に座るは統領セバスティアーノ。そしてそのむかい正面にいる証言台にて佇たたずんでいるのは、まぎれもないパワハラ現場監督だった。



 原告席、被告人席は用意されておらず、統領セバスティアーノが裁判官。そしてその両となりに彼の側近が約4名ばかりずらっとならんでいた。



 まるで裁判のまねごとをこれからおっぱじめるのかと言わんばかりに、被告と裁判官しかいない一方的すぎる構図だった。



 パワハラ現場監督を弁護してくれる人もいないこの状況は、断然裁判官側が有利に事を運ぶだろうことを物語っていた。



 超一方的なこの状況をわかってか、当のパワハラ現場監督もこれからはじまろうとしている弾劾裁判に恐れをなしている。



「見てくださいよグリアムスさん。彼ときたら超絶にプルプルと全身を震わせているじゃありませんか」



「大変滑稽ですね。今までの傍若無人ぶりはどこへやら行ってしまったのか」



 両者とも笑いをこらえるのに必死だった。まるで生まれたての小鹿を見ているみたいに、足や全身をひどく震わせているさまは、実に笑わせられる。



 今ごろ、自身の失態を悔やみに悔やんでいるところだろう。



 パワハラ現場監督が今まさに咎められようとしている事案は、彼自身の手違いで有能生産者を無駄に死なせてしまったことだった。もし有能生産者たちを野宿させることなく、武装班のキャンプへと案内できてたら、彼ら彼女らが死ぬことはなかったといったところだ。



 現にA班からC班にいた、土砂処理作業に名乗りを上げた有能生産者たちは、ほぼ全員コミュニティーの方に帰還していた。



 唯一未帰還だったのが、このD班といったわけだ。ゆえに余計パワハラ現場監督の失態が悪目立ちしているのである。



 彼のミスで有能生産者たちは、行方不明になった者を含め、ほぼ全員がキメラ生物に食われてしまっていることだろう。このことに腹を立てた統領セバスティアーノが直々にさばきを下す。



「本日はこの晴天の中、この広場にて、コミュニティードヨルドの諸君ら大勢が集まって頂き、大変光栄に思います」



 統領セバスティアーノが朝の集会のはじまりを告げる。



「いよいよ始まりますね。」



 広場の片隅から動向を見ていたベルシュタインはひそひそ声で、となりで同じく成り行きを見守っていたグリアムスにしゃべりかける。



「そうですね。一体どのような結末を迎えるのか。・・・少々見ものですね」



 日頃のあの現場監督の恨みがグリアムスさんにもよほど積もっていたのか、その一言に容赦がない。



「今日このようにお集まりいただいたのはほかでもありません。今吾輩の目の前で鎮座しておられるこの不届き物を処罰するのをみなさんの目で見届けていただくため、お集まりいただいた次第でございます」



 セバスティアーノは大きな身振り手振りを交えながら、まるで舞台に立っている主役俳優かのごとく熱弁を始めた。



「彼の罪状を述べるとともに、今回の一連の事件について軽く触れさせていただきます」



 そしてセバスティアーノは法壇から席を立ち、パワハラ現場監督が立つ証言台のあたりをぐ~るぐるとうろつきだした。



 実際の法廷でこんなにも証言台の前でうろつきだされたら目障りだし、こんなことをする弁護士や検察の人はいやしない。



 おそらく彼なりの一種のパフォーマンスだろうが、しゃべるならしゃべる。歩くなら歩くで両方いっぺんにやらないでほしい。ただ忙しそうにしているだけの人にしか見えないから。



「先週襲来したタイフーンによって近くの山道周辺が土砂崩れを起こし、その土砂の処理に従事していた大勢の作業者が行方不明となりました。生存者の方々の報告によると、キメラ生物の襲来にあい、犠牲になったのだろうということです。

 作業者の大半は無能生産者で構成されておりましたが、中には土砂処理にわざわざ志願してくださった有能生産者の方たちも居ました。

 そしてその彼のしでかしたことはずばり!有能生産者の方々を何をとち狂ってか、野宿させたことにあります。危険な外の世界で野宿させたことが、事件の引き金となり、彼ら彼女ら若き尊い命は奪われていったのです。この者の失態によって!!」



 セバスティアーノはびしっ!っと、証言台で突っ立っているパワハラ現場監督に指をさした。当のパワハラ現場監督は、びくっ!となる。



「この者の行いは到底許されるべき行為ではありません!」



 セバスティアーノは語気を荒げ、まくしたてる。いいぞ!いいぞ!もっとやれ!



「その通称、有能生産者野宿遺棄事件の他に、奴にはもう一つの罪状があります」



 この一連の事件に対して、知らぬ間にセンスの悪い通り名がつけられていた。大変草wである。



 実際にこの事件によって、エッシェンさんらをはじめとする無能生産者の同僚やホルスベルクさんもなくなっているため、このようなことを考えて思わず失笑してしまったのは、不謹慎極まりないかもしれない。



 しかしあまりの彼の事件のネーミングセンスの悪さに笑わずにはいられなかった。もっとましな事件の名付け方があったろうに。



 それは差し置いて、今気になることを言っていた。もう一つの罪状と。



 これ以外もう一つ罪があるという。完全に初耳だ。いったい野宿遺棄事件のほかに、パワハラ現場監督はなにをしでかしたのだろうか。



「彼はあろうことか、コミュニティーの食肉保存庫から牛肉を夜な夜な盗み出していました」



 ええええ!!なんですと!?この現場監督。日々人を殴るのに飽き足らず、肉の盗みまで働いていたのか!隣のグリアムスさんもそのことを聞いて、仰天していた。



 パワハラ現場監督とこのグリアムスさんが盗んだものの種類は違えど、この場には堂々と盗みを働く者が2人、自分の知っている限りでは、実在するといった事実の方が驚きだった。



「このコミュニティードヨルドでも大変希少な食肉を、あろうことか弁当箱に詰め、こそこそとそれらを平らげていたようなのです。コミュニティーのみなさんも中々口にする機会の少ない食肉を、この者は陰で贅沢の限りを尽くしていたのです!」



 セバスティアーノは再び証言台に立たされている現場監督に指をさした。先程に増して現場監督のひるみ具合が増していく。



「本来食肉の類はみなさま周知の通り、例の貯蔵庫にて厳重に保管され、重大なイベントの日以外はそこを開けることは許されておりません。この者はあろうことか、現場監督といった立場を利用して、その食糧庫から肉を盗み出し、私腹を肥やしていたのです」



「なんてことだ!これは到底許されるべき行為ではないぞ!」



「そうだ!そうだ!抜け駆けしやがって!許さん!」



 コミュニティーのみんなからは、パワハラ現場監督を責め立てる声が続々と上がる。自分もそれに便乗し、普段から溜まっていたストレスをここで今すべて解き放つ。



「今現在この世界になってから、ごく限られてきた資源の中でみな生活しているというのに、当のお主は周りの人間の事を顧みず、資源を独り占めした挙句、昨夜の混乱する現場を収束できず、大きな犠牲を出した。

 大変許しがたい!お前は自分の身ばかりを案じ、自己保身に走った!

・・・故にお前は無能生産者だ!」



 彼の口から無能生産者の一言が飛び出した。ということはすなわち・・・



「只今よりお主の有能生産者資格をはく奪し、無能生産者への降格を命じる。そして今日からお主は地下労働のシェルター計画の作業員となり、そこで労働をするのだ!わかったな!」



 彼の処遇が決まった。なんと無能生産者の成れの果てである地下労働行きを命じられたのである。それに対し思わずパワハラ現場監督は声を荒げる。



「待ってください!ご勘弁を!それだけはいやだ!あんなところに行かされたら死んでしまう!どうかご慈悲を!」



「お主は今回、償いきれない失態を犯した。それらの罪をすべて償うには、あの労働場で成果を出し、貢献することである。地下労働に心臓を捧げること!それが唯一のお主の道だ。

・・・はよこの者を連れて行け」



「待ってくれ!やめてくれ!離せ!うおおおおおおおおおお!」



 普段の作業者に対する執拗なパワーハラスメントも相まって、無能生産者の内ですらだれも彼を擁護する者はいなかった。



 ドラマやものがたりならここで、急遽「彼を許したまえ!」といった待ったの声がかかる場面ではある。しかし普段の彼の行いがたたりにたたって、そのようなパワハラ現場監督に救いの手を差し伸べる物好きな人間は誰一人いなかったのである。



 そうして奴は地下深く、灰やチリが蔓延する地下労働へと駆り出されてしまった。そこへつれられたら二度と地上で日の目をみることはないと、まことしやかに囁かれているその現場。



 これが昨夜やらかしたパワハラ現場監督の責任の取り方であり、彼の幕引きでもあった。

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