第22話 ペトラルカの葛藤
ホルスベルクが死んだ。最後の会話はあの時の唐突なボディタッチだった。
彼は出来心でついつい肩をポンポン叩いてしまったと言ってたけど、毎回毎回わたしが彼の軽率なそのボディタッチに対し怒るたびにそうやって言い訳していた気がする。
別にわたしは彼の事が嫌いなわけではない。彼に悪気はないと思う。わたしがピンチに陥ったとき、仲間を失いひどく落ち込んだときも何度も何度もそうやってなんとか励まそうと働きかけてくれた。
彼からの不意をつかれたボディタッチには不思議と気味悪さといったものや、下心がすけた感じは全くしなかった。毎度そうやって励ましてくれて、わたしは内心嬉しかった。
しかし元々人間というものを心底信じられないわたしは、そういった彼からの仲間思いの一面から出るその行為であっても常に条件反射的にカラダをのけぞらせてしまっていた。
そして最終的にいつも彼の頬にたいして平手打ちを遠慮なくかましていたと思う。ピシャンッ!といった我ながら気持ちいい音の響きだった。
結構それが普段のストレスの解消に役立っていた。だからいつもオーバー気味に力をこめて思いっきりはたいていた。ストレスのはけ口として。
そんな楽しかった彼との日常は崩れ去ってしまった。
彼の最期。本来死ぬはずだったわたしをかばい、身代わりとなる形でキメラに殺されてしまった。
なぜ彼がわたしを突き飛ばし、身を挺して守ってくれたのか。死んでしまったらその真意を彼から聞いて確かめようがない。
そして彼は今、キメラの腹の中にいる。やつを追い詰め、倒したところでやつの腹部を切開し、彼の遺体を五体満足の状態でコミュニティーに持ち帰ろう。そして土に返す。最後のお別れをしなければならない。
わたしはなぜか知らないが、コミュニティードヨルドの多くの住民から愛される存在だった。わたしがひとたび町の中を歩けば、男女問わず声をかけてくれ、優しくしてくれる。
だがそんなみんなに振りまけられてきた優しさのなかでも、彼からの優しさというものは、ほかのどんな人よりも特別なものを感じた。そう思うということはきっとわたしの中での彼は特別な存在のなにかだったのだろう。
でも別に彼のことが好きだったとかそういうのではないと思う。別に彼と行動をともにしても、2人っきりになったときも胸が高鳴る感覚はなかったし、顔を見てもビビビッ!と全身に電流が走り、恋に落ちるといったことも一度たりともなかった。
わたしにとっての彼はなんなのか?今となってもよくわからない。だがこれだけは確かなことがある。
・・・・ただ悲しい。他の人が亡くなった時以上に彼の死というものは、わたしにとって受け入れがたい。どこかにいかないでほしかった。まだ一緒にこの世界でともに生きていきたかった。
それだけは揺るぎようもないわたしの本心だった。
「よし・・・ついに見つけた」
クラックを筆頭とするわたしたち武装班は再びクジャクキメラとあいまみえた。
キメラはさきほどの銃弾や矢を一身に受けてか、飛び立つ体力ももう残っていないと見える。
やつが息絶えるのも時間の問題だった。この場所でやつが命尽きるのを待ってもいいが、それだとわたしの腹の虫がおさまらない。故にできる限りはやくこの手で始末したかった。
クラックはまだ様子を見ていた。つい今しがたの判断ミス、早まった判断で仲間を二人失ってしまった。だがこればっかりは彼に全責任があるわけじゃないし、わたしたち全員のミスだった。
そのこともあってか、今回クラックは消極的だった。
動こうとしなかった。わたしは今にも飛び出してホルスベルク、彼のかたきを取りたかったが気を早めてはいけない。
やつにまだ余力が残ってる可能性だってある。安全を確信してから行動に移すべきだった。さきほどのこともあって余計そのことに余念がなかった。
クジャクキメラがまた動き出した。しかし動きは非常にのろのろしたものだった。元気はない。
次の瞬間、やつのくちばしがカパッっと大きく開かれた。
そしてそこから何か肉塊を吐き出した。その瞬間たちまちあたりには異臭が漂った。わたしも思わず鼻をつまんだ。
「なにこのにおい・・・」
するとクラック隊長が一言言った。
「おい・・・なんだよあれ・・・」
クラック隊長はキメラの方を指さした。するとそこには・・・
「あれって、卵・・・だよね?」
無数の卵の周りには巣が広がっていた。木の枝や小石などが巣材として巣を形作っていた。さきほど吐き出した肉塊はその巣の周辺に転がり落ちていた。
するとその巣の中からひょこっと何匹かの小鳥が顔をのぞかせた。おそらくこのクジャクキメラの雛ひなであると思う。そしてその雛たちはたちどころにその肉塊に群がりだした。雛たちはくちばしを立ててつつきだした。
「ちょっと待って・・・あれって・・・」
「ああ・・・ホルスベルクに違いない。あの目元にあるほくろ・・・彼のものだ」
その肉塊はホルスベルクその人だった。キメラの雛は無情にも彼の遺体を召し上がっていた。
その様子を見て、居ても立っても居られずペトラルカはクラック隊長の待機命令を無視し、我先にと矢を雛たちにむかって放ちだした。
「待て!ペトラルカ!早まるな!・・・くそ!みんなペトラルカを援護しろ!」
クラック隊長の号令で再びキメラたちに対して総攻撃を仕掛けた。
決着は早々についた。銃弾を数発浴びせたところで親分格のキメラの命は尽きた。
そして雛たちにも銃弾を放ち、多くが死滅した。
「これで・・・今度こそ討伐完了だ・・・」
武装班の1人が恐る恐る5メートルの巨体をほこるクジャクキメラのそばによって、ようやく死んだことを確認した。
ホルスベルクの遺体を見た。彼の肉体はさきほど雛に引きちぎられた箇所もあったものの、顔の原型はかろうじて留めていた。
「・・・みんなで持って帰ろう。彼を失ったことは非常にコミュニティードヨルド武装班に取っても、かけがえのない仲間としても、本当に痛い。帰って弔ってあげよう」
そして武装班の男連中がさっそく彼の遺体を持ち上げるべく、腰を落とした時だった。
ピーピーピー!
遺体のそばに一匹の雛がまだ生き残っていた。周りの雛たち全員が血を流し死んでいるのを見て、かなり動揺していた。
「・・・まだ残っていたのね・・・」
ペトラルカの視線はそこにいるたった一匹の雛に向けられた。
他の連中はすかさず銃口をその雛に差し向ける。
「みんな離れろ!はやくこいつを始末するぞ!」
クラックがそう言ったが、ほとんどの武装班の連中は彼がそう言うよりも先に銃を構えていた。
しかしペトラルカだけは唯一そこから離れていなかった。
「何してるんだ!ペトラルカ!はやく離れろ!言ってることがわからないのか!?」
クラックはその雛のそばにしゃがみこみ、一向に離れないペトラルカに対して声を荒げる。
「みんなあれを見てよ」
ペトラルカは一つの卵を指さした。みんなはその指さした先を見つめる。
「・・・ペトラルカちゃん・・・あの卵がどうしたって言うんだよ~?」
ペトラルカ親衛隊の1人の男が彼女にそう言った。
「さっきの銃撃からかろうじてまのがれ、そしてたった今その卵から出てきた新たな命。それがここにいる雛よ」
ペトラルカはその雛に顔を向け、雛にそのことを語り聞かせるように言った。
「たしかに生まれたての赤ん坊かもしれないよ!そりゃかわいいに越したことはないけどさ~、でもそいつはあのクジャクキメラの子供なんだよ?」
「わかってる。でもこの子には何の罪もない。卵の殻をやぶっていざ外に出てみたら、あたりはこの子の兄弟姉妹の亡骸がごろごろ転がっている。その光景を見てか、この子はひどくおびえている。わたし思い出したの」
「思い出したってなにをだよ~ペトラルカちゃん」
「わたしは元獣医。本当だったらこの幼き命を守らないといけない立場。たしかにこの雛はみんなの言った通り、キメラの子供。やがて成長して大きくなったら、わたしたち人間を危険な目にあわすかもしれない。
だけどこの子は誰も人を殺してもない。何の罪もない無垢な子供。将来の危険分子になり得るからといって、人間の勝手な都合でこの子を殺すの!?・・・せっかく頑張って卵からはい出てきたのに、すぐに人間の手で殺されるなんて・・・あんまりじゃない・・・」
ペトラルカはその雛の前で声をつまらせて泣いてしまった。
その様子に武装班の連中は言葉を失った。
「この子だけでも、この雛ひなだけでも生きながらえさせようよ・・・・だってあまりにもかわいそうじゃない・・・」
他の武装班の連中が静まり返る中、それを打ち破ったのはクラック隊長だった。彼はペトラルカの隣に行き、彼女と同じく腰を落とした。そうしてこう彼女に語りかけた。
「気持ちはわかる。お前が動物をこよなく愛していることも。・・・俺もできることならこの動物の赤ん坊をこの手で始末したいとは思ってない。
だけどもしお前の温情でこの雛を見逃して、野に放ったとしよう。そのとき我々とは別の誰かがこいつに出くわして命が奪われたとしたら、お前は責任を取れるのか?」
「そ・・・それは・・・」
「やっぱりこいつは始末しなければならない。俺だって心が痛い。断腸の思いだ。たしかに動物であっても人間であっても同じだけ命は尊い。しかし尊いからといって、人間に対して牙を向けてくる可能性のある動物にその倫理はどうしてもあてはめることはできない。
こいつはどうみても人間にとっては天敵だ。その天敵に対していちいちそんな情けをかけていたら、俺たちが滅びかねない。そんな時代は終わったんだ。
・・・そんなバカバカしい動物愛護の理念は今の時代は捨てるんだ。・・・いいかペトラルカ」
ペトラルカは黙って彼クラックの言葉にうなずき、単身その場をあとにした。
そしてみんながその場を離れたことを確認したクラックはその雛に対して、銃の引き金を引いた。
バンッ!
その雛に銃弾は命中し、短くもはかないその雛の人生はこうして幕を下ろしたのであった。
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