第21話 クジャクキメラに対する奇襲攻撃

「準備はいいか?ペトラルカ、ホルスベルク、そしてみんな」



 クラック隊長はそれぞれの班員にそう語りかけてきた。各々はすでに配置についている。いつでも戦闘態勢に入れる構えだ。クラックはショットガン、ペトラルカは弓、ホルスベルクはライフルを構え、他5名あまりの武装班の連中もそれぞれが扱いに長けている武器を構え、やつをいつでも仕留めれる態勢を整えていた。



 一方のクジャクキメラは動きが少ない。その場にほとんど立ちつくしたままだった。武装班は木陰に身を隠しつつ、クラック隊長の合図を待った。



 ペトラルカの弓を握る手はこれから刻一刻と迫る戦闘の開始による緊張からか若干震えている。それをそばで見ていたホルスベルクはそっと声をかける。



「心配ないさペトラルカ。クラック隊長もほかのペトラルカ親衛隊のみんなも居るんだ」



「ちょっと!何その親衛隊って!?いつの間にわたしの取り巻きのことをそう呼んでるの?恥ずかしいからやめてよ」




「いいじゃないか。減るもんじゃないだろ。もしお前が窮地に立たされたときは、あいつらが全力で体を張って守ってくれるだろうしな」



「別にわたしなんかのためにそんなことしなくていいのに・・・」



「でもあいつらにとって、お前は命を張って守るだけの価値があるんだ。・・・あいつらのためにも一生懸命戦うんだ。いいな?」



 それだけを言い残すとホルスベルクはペトラルカの隣でライフルを構え、キメラに照準を合わせたきり黙りこくってしまった。



 ペトラルカもまだ若干手元が震えてはいるものの、さきほどのちょっとしたホルスベルクとの会話で少し緊張がほぐれてきた。深く一度深呼吸してから、弓を射る態勢を整える。



 そしてまもなくしてクラック隊長がみんなに合図を送った。今にもキメラ生物と武装班との戦闘がはじまろうとしていた。




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「まさかハンバーガーを口に含んだまま、彼らに担がれ、運ばれていくなんて思ってもみませんでしたよ。その間とてもとても息が苦しかったです」



「そりゃ一口であのハンバーガーを詰め込みましたもんね。下手すれば窒息してましたよグリアムスさん」



 クラック隊長ら武装班が戦闘を始めようとしていたその時、ベルシュタインとグリアムスはそのような会話をしていた。



 アリアスとオリビアの無残な最期を遂げた凄惨な現場に、そぐわない会話が繰り広げられていたが、そういった少しポップな話題の話をしておかないと、余計気分が陰鬱なものになってしまうような気がしてならなかったからだ。



 だからこうして気を紛らわすためにこのような会話をしていたのである。



 2人は彼と彼女の死体現場から少し離れたところに居た。その死んでしまったアリアスとオリビアのそばにいるようにとクラック隊長に釘を刺されていたが、とてもじゃないがそんな気にはなれなかった。



 そうしてアリアスとオリビアが視界に入らない場所まで退き、こうして2人でしゃべっている。



「いったいどんなキメラ生物に2人は襲われてしまったのでしょうか。やはり自分たちがさきほど見たあのクジャクの姿をしたキメラにやられてしまったということですかね?」



「そのように思えます。普通のクジャクよりも一回りもやつは大きく、しかも人をも食べていました。通常クジャクは昆虫や植物、蛇やトカゲ、カエルといった小動物も口にするときいたことはありますが、まさか人をも食うとは思いもよりませんでした」



「クジャクって通常のものは、人を食べないってことですか?」



「そうですね・・・わたくしの記憶が正しければ、その通りだと思います」



「でも動物に異変が起きてからは、人間をも食うようになったと・・・・」



「そうですね。サイズが大きくなったのもあって、人も食い物の対象となったのでしょう。もともと気性が荒い動物ではあったようですが・・・本当にいやなものです」



 グリアムスさんにクジャクの生態を解説してもらってから、再び場の雰囲気がどんよりとしたものになってしまった。



 もしかしたらD班の作業仲間も、最悪の場合やつに食われてしまった可能性がある。しかしまだその中の誰一人の死体も見つかってはいない。まだ希望はある。エッシェンさんを含めみんながまだ無事であるというわずかな可能性が・・・



 もしクラック隊長らが無事そのキメラ生物を仕留めることが出来、ここへ戻ってきたら再びあの足跡を追おう。



 武装班の有能生産者のみなさん。どうか死傷者1人も出さずにここまで帰ってきてほしい。





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 ペトラルカとホルスベルクはクラック隊長の合図を見る。いよいよ決行だ。



「よし・・・ペトラルカ準備はいいか?」



「・・・なんとか」



 ペトラルカの声はぶるぶるしていたが、それでもさっきと比べると落ち着いてはいた。



 それを見たホルスベルクは突然彼女の肩をポンポンとたたきだした。



「ちょっと!何するの!?セクハラで訴えるよ!?」



 唐突なホルスベルクのボディタッチに対し、顔を真っ赤にして彼の手をピシャッと叩く彼女。



「痛て!おお・・・すまねえ。つい出来心で・・・」



 ホルスベルクはペトラルカにはたかれた手をふぅ~ふぅ~しながら、そう弁明した。



「気安くわたしに触れるな!・・・って言いたいところだけど、今回は特別に許してあげる。次からは気を付けなさいよ」



「すまないねえ・・・ペトラルカさん・・・」



 彼としては彼女を激励するといった意図で肩をポンポン叩いたと思われるが、逆に返り討ちにあってしまった。女の子って難しい・・・



 ペトラルカよりも年上であるはずホルスベルクも思わず彼女に対してさん付けで呼んでしまっていた。



「まあさっきのことは水に流しておいて、もうまもなくだ!ペトラルカ!・・・気を引き締めよう」



「・・・アイアイサー」



 そして数分後、ついに攻撃が開始された。



 まずはじめにクラック隊長がみんなより先にショットガンの引き金を引き、弾丸が解き放たれる。



 その弾はクジャクキメラに到達した。そしてそれを皮切りに一斉射撃がはじまったのである。



 ババババババ・・・・



 ピュン!ピュン!



 銃弾や矢をキメラ生物に雨あられのように浴びせる。



 キェェェェェ!!!



 クジャクキメラは武装班の集中砲火を受け、みるみるうちに弱っていく。



 やつは武装班の姿を誰一人として未だに捕捉できていない。しきりにあたりを見回し、見えない敵の位置を捕捉しようと必死だった。



 その様子を見て、クラック隊長は



「よし!一気に畳みかけるぞ!突撃~!」



 そして最後の仕上げと言わんばかりに武装班の連中は一斉に木の陰から身を乗り出し、銃弾や矢を奴に浴びせた。



 バババババ・・・



 そしてクジャクキメラはほどなくして、地面に倒れた。羽の目玉模様から砲撃させるよりも前に打ち取ることが出来た。



 バタンッ!



 キメラは勢い良く地面に倒れていった。



「よし!仕留めたぞ!」



 クラック隊長がそう言ったのに続き、みんなも勝利の歓声があがった。



「よっしゃあ!!作戦成功だ!でかしたぞクラック隊長!やはりあんたはすげぇや!」



 武装班の男の1人が自分の持ち場から離れ、クラック隊長の方に近づく。



「そんなに褒められてもなあ~ガハハハ」



 クラックもまんざらでもなかった。今回の作戦の成功で武装班の仲間の内に死傷者が1人も出なかったことに関して、大変喜ばしく思っていた。



 それを見てみんなも隊長の方へと近づいていく。ペトラルカとホルスベルクもそれに続いた。



「クラック。こいつの死体はどうしたらいい?」



 ホルスベルクはクラックにたずねる。



「そうだなー。むむむむ・・・どうする?ペトラルカ」



 クラックはペトラルカの方に向き直り、判断をすべて彼女に丸投げする。



 唐突にこっちの方にきたので、びっくりする彼女。



「そうね~。う~~ん」



 どう答えるべきか考えあぐねていたところ、彼女はふとその地面に横たわっているクジャクキメラの方に顔を向けた。



 するとそのキメラがごくわずかにカラダを動かしていたのを見た。そんなちょっとした動きを彼女は見逃さなかった。



 まだ完全に仕留め切れていなかったのだ。完全なぬか喜びだった。



 そのことに気付いた次の瞬間、彼女は口を開く。



「みんな逃げて!!」



 その声に反応した武装班の連中全員、キメラの方を一斉に見た。するとそれと時を同じくして、キメラの方もカラダを起こしていた。



 キメラと近い距離で集まっていた武装班のみんなは再び銃を構える。しかしさきほど仕留めたと早とちりしてしまった際に武装班のみんなは銃が暴発しないよう安全装置をかけていた。



 それを取り外すためのわずかな時間が命取りとなってしまう。



 武装班が引き金を引く態勢を整える前に、先に動いてきたのはやつだった。キメラは一番距離の近いペトラルカをめがけて突撃してきた。



 しかし当のペトラルカもまだ弓に矢を装填しきれていなかった。



「そんな・・・・間に合わない!」



 彼女は襲い掛かってくるキメラを前にして、とっさに逃げることができなかった。逃げ出すよりも前にやつの動きの方が素早かった。



 せまりくるやつのくちばしは、彼女のカラダめがけて突っ込んでくる。



 もうよけようがない。彼女は自身の最期を悟った。



「みんな・・・ごめん・・・」



 ペトラルカはそっと目を閉じた。



 そして無情にもクジャクキメラのくちばしがカラダを貫通するところまで来てしまった。



 しかしその間際、彼女のカラダはキメラから大きく離され、全く別方向へと飛ばされていった。



 ふと彼女がキメラのいた方向を見ると、そこにはホルスベルクがいた。彼がとっさの判断で、ペトラルカとクジャクキメラの間に割って入り、彼女を突き飛ばしたのだ。



「ホルスベルク・・・いったい何をして・・・」



 スローモーションだった。キメラのくちばしが彼の心臓を一突きするまで、非常にゆったりとした時間が流れた。



 そしてほどなくして、クジャクキメラのそのくちばしは彼のカラダを貫いた。



 ホルスベルクの口からは大量の血がドロドロにあふれ出る。



 キメラは彼を突き刺したのち、上へと彼を放り上げてから、彼のカラダをくちばしをあんぐりと開けて、丸呑みした。



 そして彼を丸呑みしたところで、その場から飛び立った。翼を大きく広げ、やつは羽ばたいていった。



「・・・・おい!待ちやがれ!くそ野郎が!」



 武装班の中の1人が上空を飛んでいくキメラに対して、銃をぶっ放す。



 するとそのキメラの羽の目玉模様から、銃弾が飛んでくる。それは模様の数だけ一斉にその彼に向かって、打ち込まれる。



「よせ!ヒューズ!木に隠れろ!」



 しかしもう遅かった。奴によって放たれた弾丸は何発も彼を貫いた。心臓や頭にも直撃し、あっけなくやられてしまった。



 クジャクキメラは弱々しく、翼をはばたかせ、さらに山中の奥深くへと飛び去っていった。



「くそ!なんたることだ!俺の確認ミスだ!・・・もっと用心しておけば・・・」



 クラック隊長は武装班の仲間を一気に2人も失ってしまった。自分のふがいなさを責めていた。なぜもっと確認しなかったのか。なぜ息の根を止めたとばかり思っていたのか・・・



「やつを追うぞ。・・・さっきみんなであんだけ致命傷を負わせたんだ。いくらキメラとは言えども、そう長くはもたないはずだ。次こそは確実に止めを刺す!」



 クラック隊長は仲間全員に声をかける。



 ペトラルカは撃たれてしまった仲間の1人をずっと見つめていた。



「ペトラルカ・・・すまない。・・・そいつを弔うのはあとだ。今はあいつを確実に倒すことだけを考えてくれ・・・行くぞ」



 ペトラルカは涙をこらえながら、クラック隊長のあとをついていった。

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