第14話 作業最終日
「やはりわしらからしても、若い衆の安否は気になる。丸1日も行方不明だからな。わしらも加勢して探しにいこう」
エッシェンさんは深夜の山の中、パワハラ現場監督にそう言った。
「ふざけるな!余計な事をするな!変に無能なくそ虫どもが有能生産者様を探しに出て、何ができる!? 立場をわきまえろ!そんなことまで考えつかないのか!くそ虫どもが!!」
せっかくのエッシェンさんの温情も無下にするパワハラ現場監督。彼1人では手詰まりと思われる状況に手を貸すといったエッシェンさんの提案ははかなくも退けられてしまった。
「くそ虫どもは明日の作業の事に専念しておけ!能無しのくそ虫どもの助力など鼻から求めてない!身の程知らずが!いいからとっとと寝ろ!明日も早朝6時起床!またその時間に俺はやって来るからな!以上!」
そしてパワハラ現場監督はそのまま山を下っていってしまった。
彼らの捜索協力の意思表示も彼からすれば、さしずめありがた迷惑といったところなのだろうか?
無能生産者の言葉のひとつも聞くこともないまま、彼に去られてしまった。
「・・・ったく・・・わしらが無能生産者ゆえに、こうした提案も身の程知らずだと決めつけて、結局のところ、はねのけられてしまうのか・・・・」
エッシェンさんは落ち込んでいた。アリアス一行はああいったどうしようもない性格の人間であることは重々承知していた。しかしそれを差し置いても彼らはこの世界で生き残った同胞である。そんな同胞である彼らを救いたく思って、捜索の協力を申し出たのだ。
しかしそのような提案も彼によって無下にされた。
パワハラ現場監督は身の程知らずだと無能生産者である彼らを人間的に見下した発言をした。
同じくこれはコミュニティードヨルド全体の無能生産者らに対する考え方の指針でもあった。
人間的に下に位置する無能生産者らは、黙っておとなしく命令に従うロボットのような存在であればいい。そこに変に感情が介入して、エモーショナルに努力する無能は、無能であるがゆえに確実に間違いを引き起こし、確実に人として成長できない。
そんな成長に望みのないような無能生産者には、強制労働がお似合いなのだ。
こうした思想を持ち合わせた共同体が、コミュニティードヨルドなのだと前にグリアムスさんに聞かされたことがある。
無能なくせして、間違ったことをしでかしているくせに、当の本人はそれを良かれと思ってやっている。一生懸命間違ったことをして、間違いを引き起こす。そして当の無能な本人は人生をかけてもその間違いに気づきことはない。
ゆえにそんな彼らに人生の選択肢は残されてないし、そんな彼らに選択肢を授けようといった物好きな大人も存在しないのである。
「だからこそ、そんな無能生産者の一員であるわたくしらとしては、ただ感情を捨ててロボットのように働くしか生きていく道はないのです。・・・・でなければ死ぬしかありません」
このときの自分も、そんなグリアムスさんの意見ないしにコミュニティードヨルドの考え方にはとてもじゃなかったが、賛同できないし、今この時をもってでもこんなの間違っていると思っている。
どんな人間でも可能性がある。たしかに自分に才能なんてないかもしれない。無能であるかもしれない。でもそんな人でも人生は逆転できる。才能は先天的に備わっているものではない。才能は後天的に備わってくるもの。才能とは自らの手でつくるものだと思っている。
どんな人間であっても才能は築き上げることが出来ると思っている。・・・・今もそう信じている。
・・・いつかきっと自分の考えをこのコミュニティードヨルドの世界の中で立証してみせるのだ。無能生産者から抜け出し、有能生産者へ上り詰める道を。
だからこそ、そこを目指していくための情熱は捨てないし、無能だからと言って間違いに気づかないのではなくて、気付けるよう試行錯誤してみせるのである。
パワハラ現場監督に身の程知らずと吐き捨てられたところで、意志を貫いてやる。
そんなベルシュタインの考えとは打って違い、エッシェンさんを含めた無能生産者らの多くは、先ほどのパワハラ現場監督の一言で自分らの置かれている環境に絶望的になり、どうしようもなく覆すことのできぬ無情な現実をまたしても思い知らされたようにして、ひどく落ち込んでいたのが分かった。
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翌朝、早朝6時。作業最終日となった。
「くそ虫ども!目覚めの時間だ!とっとと起きやがれ!」
無能生産者の野宿場所にはパワハラ現場監督がすでに来ていた。
「遅いぞ!くそ虫ども!とっとと現場に急行しろ!」
どうやら作業最終日はパワハラ現場監督が同伴した中で、作業が執り行われるらしかった。
・・・ここにいる無能生産者の誰しもが、パワハラ現場監督の彼の同伴を望んでなどいないだろう。
そして作業最終日が幕を開けた。3日目となる。現場に到着した無能生産者たちは、パワハラ現場監督の目の光るところで働かされることとなった。
「ほう・・・・丸2日でここまで土砂を撤去できたのか・・・」
2日目の作業日の際、若き有能生産者グループの捜索に躍起になっており、そのため当のパワハラ現場監督は同行していなかったため、初日以来久々にこの現場を目にし、驚きを周囲に隠せないでいた。
そしてこの現状を見て、次に放った彼の言葉がこうだった。
「ばっかも~ん!くそ虫ども!2日目でこれだけ処理できたくせして、なぜ初日からこうももっと頑張れんのだ!」
そう来たか・・・・彼は自分の現場監督者としての能力を買い被っているように思う。彼の居た時は作業ペースが遅れ、彼が現場に赴かないときに限って、作業がスムーズとなる。
この違いは当然、パワハラ現場監督の作業者に対する管理がすこぶる良くないことの何よりの表れだが、当の脳筋現場監督がそんなことまで頭が回るはずもなく・・・・
「よし!2日目でここまで進めたのなら、3日目はもっと作業ははかどるよな!?今日の夕方までには終えられるな?さっそくとりかかれ!」
そして作業最終日は地獄の様相を呈することとなったのである。
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はあ・・・はあ・・・はあ・・・
無能生産者はひたすら土砂をスコップですくい、手押し車にのせる。そしてその入れられた土砂をどこか別の場所まで運び出す。
「遅い!もっとはやく働け~、働け~、働け~」
昨日のペースでいけば、今日で土砂処理は終えられる。
夜も暗くならないうちに終わるだろうとパワハラ現場監督は、作業に取り掛かる前にたしかにそう言っていた。
夕方には終わりそう?そんな感じで当の本人はいてるらしい。
しかし無能生産者からしてみれば、とてもじゃないが夕方までに終えられるとは到底思えなかったのである。
昨日と比べて、スコップでの土砂をすくうスピードも落ち、運搬にもてこずり、手押し車をしょっちゅうひっくり返したりするミスが連発した。そのたびにせっかく積んだ土砂はこぼれていった。
そのたびに・・・
ビシッ!シャフィン!バシンッ!
「もっとはやくしろ!昨日と比べて遅いんじゃないか!?いや遅すぎるぞ!もっときびきびと働きやがれ!」
今回はミドルキックのほかに、なぜか人を調教するための道具であるムチまで持参してきていて、働きの悪い無能生産者に対して容赦なくそれをぶちかます。
「ぐっ!」
休憩もなしに働かされたため、その場で膝をついて倒れこんでしまった無能生産者に彼はムチを振るい続けた。
そしてあれこれ言って、その無能生産者に立ち上がらせる。
「限界を超えた先に限界があるんじゃ!働けい!」
と当のパワハラ現場監督はおっしゃりながら、働きの悪い生産者に対して常に鞭打っていた。
自分もいつ如何なるときに、そのパワーハラスメントの被害を被ることになるかわからない。それゆえにこの無茶な指示を出し続けるこのおやじが、ベルシュタイン自身が学生時代で働いていたとあるガソリンスタンドのパワハラバイトリーダーと同じような人種に見えてしまうのも無理はなかった。
「さっさと動きやがれ!このすっとこどっこいどもが~!この作業に心臓をささげるのだ!」
自分たちはパワハラ行為にたえずおどおどしながら、せかせかと作業を行っていた。
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3日目、日の入りも間近となってきた。その時間まで永延と同じ作業に従事していた無能生産者。本日の彼らは昨日とは打って変わり、一言も言葉を交わすことなく、この時間を迎えてしまった。
土砂の撤去は全くと言っていいほど進んでいなかった。案の定、今日の夕方までに作業は終わるだろうといったパワハラ現場監督の予測は大きく外れてしまった。
その予測がずれてしまった要因としては、当人は全く自覚していないだろうが、彼自身に責任の全てがある。
不必要なパワハラが、作業員のモチベーションを損ない、土砂の処理ペースを遅らせている。
土砂処理が完了しないものだから、パワハラ現場監督はいつまでたっても終わらないD班の現場で、いつまでも突っ立って作業の監督をしなければならない。
そして作業する無能生産者たちは、終わるまで休憩なしで作業に駆り出される。
まさにWin-Winな関係ではないしに、Lose-Loseの関係と言えるだろう。
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夕方になって作業の遅れが顕著になってきたころ、初日、2日目と同じ作業をしていたメンツとは見慣れない人らが、作業に加わってきた。
それらの作業員の増員もあってか、おかげで土砂の撤去完了までだいぶ迫ってきた。
ほかのA班、B班、C班らはすでに2日目の時点で作業をやり終えており、そんな彼らは武装班が警護するキャンプを経由し、一足先にコミュニティーの方に大半が帰還しているとか。
グリアムスさんも持ち場であったA班の担当区域も土砂の撤去が完了しており、ここの作業場の近くに併設されているキャンプ場にて、労働ですり減らしてきた心身をいやして、くつろいでいるとか。
そんな状況の中、D班の土砂処理を一刻も早く済ませるべく、すでに作業を終えた各班から数名ずつの選抜が行われ、運悪くそこで選ばれてしまった無能生産者が、D班の助っ人として残りの作業に参加するなどしていた。
不幸にもそこで選抜された無能生産者は、いわばサービス残業、居残り残業に使わされたということになる。
そういえば彼の姿は見ていない。きっとA班の居残り残業選抜には運よく漏れた形だと思われる。さぞかし今頃ホットコーヒーかなんなりをキャンプ地、もしくはコミュニティーの中で飲んで、ゆったりと過ごしているに違いない。
自分が今もなお強制労働で使役されていることなど知ったことかと言わんばかりに。
だがそういえばそんなB班、C班の数名はすでにこの現場に到着して、さっそく作業に加わってもらい、実際自分の横で作業に徹してくれている。
しかしA班の姿だけは未だに見受けられなかったのである。
「・・・A班はまだか!・・・遅すぎる。今は人手が少しでも必要なのだ!・・・そんな時に・・・」
パワハラ現場監督もA班の、到着が遅いことに気付いているようだ。
「少しの間現場を離れる。A班を怒鳴り散らかしに行ってくる。俺が離れている間も小休憩はなしだからな!心してかかれ!」
ようやく忌々しきパワハラ現場監督がA班をこちらから出迎えるために出ていってくれた。
パワハラ現場監督が滞在中、この作業に出突っ張りで1日中自分はトイレに行ってなかった気もする。トイレに行こうだなんてそんなことを考えている暇がなかった。
我慢に我慢を重ねた結果、今にも漏れそうであった。ここまで何とか寸前のところでかろうじて食い止めていたが、それももはや、もちこたえられそうになかった。
パワハラ現場監督が夜6時頃、現場から離れたのを好機とみて、ついにベルシュタインは無能生産者のエッシェンさんに、さっそく立ち小便の直談判を申し出た。
「トイレに行きたいです・・・もうずっと我慢していたもので・・・よろしいでしょうか?」
トイレに行きたい旨を伝えると、
「我慢していたのか?無理して気張る必要もなかったろうに。早く行ってこい。だれも君がトイレに行くことにうらみつらみを持ったりする輩などおりはせん」
快くその申し出を許諾してくれた。
「では行ってまいります」
「そんな堅苦しい態度なんてわしらに取らなくていい。この3日間一番精を出して働いてくれたんだ。君の働きにわしらは十分助けられた。もっと堂々と胸を張っていけ!青年よ!君は出来る奴だ」
突然なにやら自分をはげまし、鼓舞するかの如くいろいろな言葉をおくってくれた。
その意味するところは正直わかりかねるが、とにかく自分のことを高く評価し、感謝しているということだけはわかった。
こんな惨めで根暗な自分の存在を、ちゃんと認識してくれていたことを裏付けるようなその言葉に温もりを感じた。
「ありがとうございます。・・・エッシェンさん」
こちらとしても自分のズボン部分が湿って、温もりを感じる前に、早いとこ山奥の木のそばで出すものを出しておこうと思い、小走りで立ち小便する絶好の場所を捜しに出かけた。
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「ふうふう、すぅ~」
現場から10分から15分ほどは歩いていただろうか?人目のつかないちょっとした距離のところで、頃合いの大木を見つけた。
確実に誰にも見られない場所を厳選に厳選を重ね、ついに見つけ出した理想的なロケーションだった。
そしてまもなくして、その山林の中の1本にマーキングを済ませた。溜まったものを一気に放出した時のあの爽快感は言葉で表すことのできぬくらい素晴らしいものがあった。まさに有頂天状態と言えるかもしれない。
そんな爽快感といえる類いのものをしみじみと味わい、それらを反芻しながら、ゆったりとした足取りで元の現場へ戻っていった。
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夜風にあたり、スコップ作業からの束の間の解放が自分にとって至極の幸福だった。長い労働時間はそんな心持にさせられてしまうくらい自分の心を蝕んだ。作業をしていた時の心の閉塞感は、この道中でほんの少しだが、和らいだように思う。
コミュニティードヨルド内で強制されている強制労働は今やらされている作業も含め、おもっきし長時間労働、サービス残業にあたる労働基準法にめちゃくちゃ抵触案件である。
これらは紛れもない悪であり、悪質な人権侵害だ。
それだけの悪事をあの現場監督、統領セバスティアーノらは自分を含む無能生産者たちに強制させてきた。そして今もその労働に大変苦しめられている。
このパワハラ現場監督やセバスティアーノは死に値する。そう思っている。
そんなことを考えているうちに現場へと引き返していった。
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土砂の処理作業の間は、そのようなたわいもないことすら考えている身体的、精神的余裕がなかったので、この立ち小便休憩のおかげで、心にはいくぶんかの安泰がもたらされたと言っても差し支えないだろう。
「今帰りました。エッシェンさん・・・・ってあれ?」
現場に戻ると、そこから離れる前と後で明らかな異変が起きていた。
ほんの数十分前まで作業していた無能生産者連中が根こそぎいなくなっていたのである。作業に使われているスコップは無造作に置かれ、荷車も放置されたままだった。
「あれ?自分が離れている間に、もう作業が終わったのかな?」
忽然と無能生産者たちが姿を消した現場に、ベルシュタインはひとり呆然と立ちつくしていた。
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