第15話 不穏な雰囲気

 なぜに人がいなくなった?見渡す限り殺風景な山、スコップ、土砂。ただ数十分前にちょいと用を足しに行っただけなのに。


 いざ作業が完了したら、自分一人をこの真っ暗闇な場所に置いてきぼりで、みんなはすたこらさっさと撤退ですか。そうですか、そうですか。


 なんて薄情な!


 と心の中でそう思ったものの、そんなわけもなく土砂はまだ完全に片付いてもなかった。この状態で手放しに撤退できると言えるような状況でもなかった。


 なので当然ここに居た作業員が、キャンプ地またはコミュニティードヨルドに帰還しているはずがない。


 作業自体が終わってないのに、胸張って帰れるはずがない。



「エッシェンさん~、いますかねー」



 さきほど山中での用足しの許可をくださったエッシェンさんの名前を呼んでみる。


 しきりに呼び続けるもその声は山々の間をこだまして、自分にかえってくるのみだった。


 反響したのは、自分のか細ぼそい声のみ。それはやまびことなって、自分のもとへブーメランのようにして、響き渡ってかえってきた。


 自分の声って、こんなにも聞いてて気持ち悪くなるものなのかと思った。そりゃこんな声の質を持った人間相手に、女子が好意を持って近寄るはずもないわけだ。


 ・・・実際、喉へのレーシック手術というものがあるのなら、ぜひとも施術してもらいたいものである。



 そのような自分の身の上話は一旦おいておこう。状況を整理すると、今はこの場所にただ一人取り残されている。


 現場にあるのは、無造作に置かれたスコップ、手押し車に、自分よりひとまわりも大きく、今も煌々と輝いている照明器具である。それも作業エリア内を照らすにとどまり、その範囲を少しでも離れてしまうと、まじで何にも見えない。


 辺りが暗すぎるからといって、それらを手提げランプのように手持ちで持っていくことなどできるわけがなかった。


 なにか道を照らせるものを求め、この作業エリアをうろついていると・・・



 コツンッ・・・



 なにかが足に当たったのを感じた。ふと足元を見てみると、



「・・・・うわ~、泥だらけじゃんか~こやつ」



 ちょうどよいサイズ感の懐中電灯を見つけた。しかしながらそれには水っ気たっぷりのぬかるんだ泥がへばりついていた。


 これはいったい誰の私物なのだろうか?


 大変に汚い。その泥をきれいに落とせるような代物はこの近くにはないため、その泥だらけのままで妥協し、さっそくそれを手に取った。


 そしてさっそく懐中電灯のスイッチを入れてみる。



 ピカーーン!



 ちゃんと作動した。壊れていなくてひとまず安心した。



 そしてその懐中電灯の明かりを頼りに、作業エリアから外れたところへとベルシュタインは歩いていった。



 すると進んでいくうちに、なにやら無性に多数の足跡がある地点まで来た。



 それらはべらぼうに多い。だれがだれの足跡か全く判別できぬくらいに、足跡の上にまた足跡がくっきりと上書きされていた。



「・・・こっちってコミュニティーとは反対方向・・・だったような」



 なぜかその無数の足跡はキャンプ地との方向ないしにコミュニティーの方向とは全く異なる方へと続いていた。



「なんでわざわざそろいもそろって、足跡がこっちの方に向かってるんだろう?」



 なんとも不思議なことが起きていて、首をかしげるベルシュタイン。



 なぜ無能生産者のみんながまだ作業の終わってないうちに、ここを離れ、山の中へ入っていってしまったのか?



 その無数の足跡は山中へと続いている。



「・・・まだ作業も終わってもないのに、みんなしてこんな職務放棄は到底許せないなぁ・・・早く見つけて、連れ戻さないと・・・」



 突如としてみんなをこの場に引き戻すといった使命感に燃えだしたベルシュタインは、懐中電灯をもって、そちらの方へと進んでいったのである。






 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 暗闇を歩くこと数分。人の気配なし。異常はないように思われた。この静まり返った山中にいれば誰もがそう思うかもしれない。



 この無数の足跡が山奥へとさらに続いていることを除けば・・・



 夜の虫の音がなっていた。ピピピピピ・・・なりシュルシュルといったどのような擬音語を用いればいいのかわからないが、とにかくそれらは程よい音色となって、趣深かった。



 ザックザックと作業用ブーツで小枝などを踏んで音を鳴らしつつ、彼は懐中電灯片手に前へ進んでいた。



 そして足跡をたどっていくうちに、ふと電灯の明かりをある地点へと照射した。



 するとそこには、一人の人間が、衣服全体が葉っぱに包まれ、泥にまみれた格好で、その場にうずくまり、倒れているのが見えた。



 さっそく駆け寄ってみると、うずくまっていたその人と言うのは、まぎれもなくグリアムスさんだった。



「あれれ!?どうしたんですか!?グリアムスさん!こんなところで」



 地面に倒れ、気を失っていたグリアムスさんはその声で目が覚めたみたく、顔をあげてベルシュタインを見た。



「あららら、こりゃどうもです。ベルシュタインさん」



「どうもじゃないでしょうに、グリアムスさん。気を失ってたんですよ!?こんなところで」



「おやおやそうなのですか?そりゃえらいこっちゃですな。ははははは」



 笑いごとで済まされるような状況ではないだろ!とは思いつつも、こういった受け答えができるくらいならグリアムスさんはおそらく大丈夫であろうと彼は思った。



「おおっと、ついつい出過ぎた真似を。心配されていたのですね。失敬失敬」



「それにしても一体全体どうしてこんなところにいるんですか?グリアムスさん」



 たしかに不可解である。グリアムスさんがなぜこんな人知れぬ山中に先程まで気を失っていたのか?



 またさきほどまで、作業担当エリアにて土砂処理作業をしていたはずだった多くの無能生産者が一瞬のうちに消え去ってしまった。



なんとも不気味だ。



「ひとまず歩けますか?グリアムスさん。もしそれが困難でしたら、わたくしめがあなたの肩をかついで、あなたの杖となってみせましょう」



「いえいえ、結構ですよ。ベルシュタインさん。1人でもほらこの通りです。」



 そういうとグリアムスさんはすっと起き上がり、何ごともなかったかのようにピシャっとちゃんと背筋を伸ばして直立不動で立ってみせた。



「自分が思っていたよりもなんだか平気そうですね。安心しましたよ」



 それを見て安堵の表情を浮かべる。そして彼はグリアムスに、ついさっき用足しの許諾をしていただいたエッシェンさん含め、作業者一同の姿がまるっきり消えてしまったこと。そして無数の足跡があり、それをたどっていたところ、あなたに鉢合わせたということ。それらを全てをグリアムスさんに説明した



「そうですね・・・・ぼくもなんでこんなところで気を失って、ぶっ倒れていたか皆目見当もつきません。

 そういえばわたくしは担当エリアの仕事が終わって、一旦武装班の方々が待機しているキャンプの方に一度戻って、束の間の休息を得ていたんですが、その後しばらくして、わたくしめたち無能生産者のうち何人かが招集をかけられまして、ちょうどわたくしめもその人数に入れられてしまって、別の新たな作業エリアの方に向かっていた最中だったんですよ。・・・・・思い出しました」



「そうだったんですね」



「でもそういえばわたくしと同行していた何名かの方の姿も見えませんね。いったいどうしてわたくしだけがこんなところでひとりでに・・・・」



「・・・なにか思い出せそうですか?グリアムスさん」



「ん~どうにも道中で、わたくしめは頭を打ってしまってようで・・・・それが原因かはわかりませんが、そこから先の記憶がどうにも思い出せないのです・・・・」



「そうなのですね・・・・だとしてもなぜグリアムスさん1人が、ここに取り残されたのでしょうか?・・・同行していた方たちは、一体いずこに・・・・」



「わかりません・・・・こりゃミステリアスな現象ですね。・・・・実に面白いものです」



「そんなこと言ってないで、はやくなにがあったかのか記憶を呼び起こしてくださいよ・・・・」



 パンカラン!パカラン・・・パカラン・・・



 2人してちょうどそんなことをしゃべっている最中に奥の林の方から、なにかしらの音が鳴り響くのが聞こえてきた。



 その音はだんだんと二人の方へと近づくにつれて大きくなっていく。



「なんですか?この馬のひづめのような音の響きは?どうやらこちらの方へと向かってきているように思えるんですが。」



「いやはや、これはまずいですね。夜は野生の動物が一番活発になる危険な時間帯です・・・」



 グリアムスさんの声がさきほどまで朗らかだったものが、少し震えを伴ってきた。聞いているこっちまで不安にさせられる。



「どうします?グリアムスさん」



 ベルシュタインも不安にかられそうなのをぐっとこらえて、努めて神妙な面持ちでもって、グリアムスに話を振る。



「こんな最悪な想像はしたくはないんですが、ベルシュタインさんに聞かされた話を総合するに、もしかしたら、わたくしたちの仲間はみな夜な夜な野生動物、もしくはキメラの襲撃にあって、被害を受けているかもしれません。・・・・憶測ですが・・・・」



「えええ・・・・そう考えられるんですか?・・・でも、もしそうだとしたら・・・」



「三日三晩、土砂処理のためにたくさんの人間が同じエリアに居続けたもんですから、奴らが獲物のにおいを嗅ぎつけて、襲ってきたということも考えられなくもないですね」



「ええ・・・獲物って、ひょっとして」



 獲物と言ったワードを耳にした途端、虫唾が走る。



「獲物は言わずもがな、わたくしたち人間でしょうね。言うまでもなく」



「もし最悪そいつらに出くわしたとしたら・・・・それってやばくないですか!?」



「そうですね、武装班と違って何の武器も持たないわたくしら無能生産者は完全に丸腰ですからね。・・・・・最悪死傷者が出ているかもしれません」



「それってまじですか!?」



「はやくここから立ち去った方が得策ですね。ひとまずここから、キャンプのところまで一旦戻りましょう。時は一刻を争います。」



 その言葉に促されるままにベルシュタインはグリアムスとともに、キャンプ地へ向かうこととなった。足跡の追跡は一旦保留し、ベルシュタインはグリアムスについていった。

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