第40話 ケイロスバーン王の願い②

「俺たちの世界って……」


 俺は唖然としていた。

 ゴンはピクリとも反応せずに飯を食べている。

 こんな時ぐらい手を止めろよ、お前。


「……俺たちの世界を手に入れて、どうするつもりなんですか?」

「……平和な日々を送りたいだけだ」

「平和な日々って……この国でそれを実現すればいいだけでしょ」

「そんなことは不可能なことは分かるであろう? モンスターがはびこり、常に危険にさらされた世界……いつまで経っても平和な日々など訪れることはない」

「そんなの、俺たちの世界だって同じですよ。国同士でいがみ合ったり競争したり、いつもまで経っても本当に心の底からの平穏は訪れやしない。ずっと一緒ですよ。それに向こうの世界にもモンスターがいないわけでもないですしね」


 ダンジョンの中にしかモンスターはいないけれど。

 不思議なことに地上には出てこないし、その点は平和っちゃ平和ではあるのだが。


「どちらにして、この世界よりはマシであろう。この世界でも国同士のやりとりはある。そちらの世界のことは全く知らんが、君主としての気持ちぐらいは分かる。だから私はお前の世界を掌握し、真の平和を実現しようと考えておる。世界がいくつかに分かれているのが問題なのであろう。それを一つにし、戦いの無い世界を作り上げてみせる」

「そんなの不可能でしょ。どんな状況でも反発は生まれる。それに武力で問題を解決しようとしてるんでしょ? 結局のところ、敵を増やすだけですよ」

「それでも、今日この日よりも穏やかな暮らしを生み出す自信はある。完全なる平和な世界などは夢物語であろう。だから私は、戦いの少ない限りなく平和に近い世界を作り出す」

「だったらこの世界でそれを実現すればいい。俺たちの世界を巻き込まないで下さいよ」


 俺は席を立ち、食堂を出て行こうとする。

 するとリーシャが俺の隣に気て、腕を取った。


「お願いでございます、レオ様。お父様のお願いを聞いてはくれませんか?」

「そんなの無理な話だ。世界を取るために力を貸せってことだろ? 俺は世界を敵に回すつもりもないし、そんなことやりたくもない」

「レオ……この通りだ。私に力を貸してはくれまいか?」


 王様は俺に頭を下げた。

 こんな話、受け入れれるわけないだろ。

 考えるまでもない。

 俺は力を貸さないし、そんなことを許しもしない。

 絶対にそんなことさせない。


「絶対に嫌だね。俺たちの世界にまで首を突っ込むなよ。この世界を救ってくれってのなら、まだ力は貸してやってもいいけど……世界を手に入れる? 寝言は寝てから言え」


 ゴンは食事をしているだけで話を聞いている様子がない。

 感心が無さ過ぎてビックリするんだけど。

 逆に凄すぎじゃない?


「……ならば、仕方ない」

「え?」


 俺の背後から殺気のような物がある。

 そして感じた時には遅かった。

 素早い動きで首輪をつけられる。

 窮屈となった首周りに、咳をした。


「何だよ、これは!?」

「【魔封じの首輪】……魔族の力を封印するものだ」

「ま、魔族って……」


 俺に首輪をかけたのは――ガーウィンであった。

 この国の勇者にて、この国で最強の男。

 リーシャからはそう聞いている。

 その男が俺の目の前で、真剣な顔をして立ち尽くしていた。


「お父様! どういうことですか!?」


 リーシャは何も聞かされていなかったらしく、王様に対して怒声を発する。


「私たちに力を貸さないというのなら、こやつに用はない。この場で殺し、こやつらの世界を手に入れる。モンスター溢れるこの世界ではなく、安全な日々を送れる世界をな」

「あのな、ゴンもいることを忘れるなよ。相手にするのは俺だけじゃないんだぜ」


 首輪を引きちぎろうとするが、それはビクともしない。

 どうやら力尽くでは外せないようだ。


「くそっ。とにかくやるってのなら容赦はしない。覚悟はいいか?」

「……レオ」


 ゴンは食事を中断し、席を立ち上がる。


「ゴン……?」

「……なあ、レオを殺したとして、どうやってオレたちの住んでいた世界へ行くっていうんだ?」

「【転移】と呼ばれる能力を持つ者がこの国にいる。その能力を持ってすれば、異世界への移動も不可能ではないであろう」

「なるほど……」


 王様は俺を睨み付けながら言う。


「その首輪、時間が経てば魔力によって爆発する仕組みになっている。制限時間まで待てば、お前はこの世を去ることになる」

「なっ……」

 

 俺は首輪に視線を落とし、ゴクリと息を飲む。


「制限時間は?」

「……48時間だ」

「ふーん。だってよ、レオ」


 王様はゴンの敵意の無い様子に気づき、彼女に訊いた。


「……お前は私に力を貸してくれまいか?」

「……いいよ」

「ゴン!」


 俺は驚愕し、ゴンの顔を唖然と見る。

 ゴンは口の周りをナプキンで拭きながら俺に言う。


「レオ、家に帰れ。オレは王様と共に世界を牛耳ることにしたよ」

「…………」

「なあ、世界を取ったら、オレに半分くれないか?」

「……いいだろう」


 ゴンは王様の返事に鼻で笑いながら俺を見据えている。


「勇者と魔王ってのは対立するもんなんだろ? これがオレらの運命だったのかもな」

「ゴン……くそっ」


 俺は【帰宅】を発動し、元の世界へと移動する。

 消える瞬間に王様とリーシャの叫び声が聞こえてきたが、俺はゴンの姿に集中していてその声を聞き取ることができなかった。


 こうして俺とゴンは、ここで離ればなれとなってしまったのであった。

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