第38話 ライゴーン

 こちらに向かって来ているモンスター……

 下半身は馬で上半身は人間のような肉体。

 鎧を身に纏っており、顔は兜で覆われている。


「ケンタウロスってやつか」

「みたいだな。あれは馬刺しにして食うか」

「…………」


 意外と美味そう?

 なんて思った自分が憎い。

 ちょっとゴンに感化されてきているような気がする。


「貴様らだな……シルドラードを倒したのは」

「……誰だっけ、シルドラードって」

「オレに聞くな。レオが知らなかったらオレも知らない」


 俺はゴンと首を傾げながらケンタウロスに言う。


「人違いじゃないのか? 俺らはシルドラードなんて奴は知らないぞ」

「……西の砦を制圧していた者だ」

「「……ああ」」


 俺とゴンは同時に手を打つ。

 そういや、あそこで倒した魔王軍幹部の名前、そんなだったような気がする。


「レ、レオ様! 愛花様! お気をつけ下さい! 奴は魔王軍幹部のライゴーン! シルドラードの比ではないと言われるほどの実力者です」

「ほーん。あの幹部が弱かったからいまいち分かりにくいよな」

「確かに。でも油断はするなよ」


 パカッパカッと音を立てながら近づいて来るライゴーン。

 ゴンはそのライゴーンを見据えながら僅かに震え出した。

 どうしたんだ? 勇者の能力でしか察知できないような危険を感じとったのか?


「あいつ、馬と同じ足音立てて近づいて来てるぞ」

「笑ってただけかよ!」


 ゴンは微妙に口角を上げながらライゴーンを見ていた。

 そんなゴンの一言を聞いて、俺も笑いが込み上げて来る。


「ちょ、お前のせいで面白くなってきただろうが!」

「オレは悪くない。悪いのは馬のあいつだ」

「……我は馬ではない」


 パカラパカラと音を立ててそう言うライゴーン。

 笑いはさらに込み上げ、ゴンが噴き出した。

 兵士たちも面白くなってきてしまったらしく、ライゴーンを直視できず、横を向いて震えている。


「おい、やめろ! そんな音を立てて近づくな!」

「ゴン……もうやめてくれ……これ以上は俺の腹がヤバい」

「き、貴様ら……我をおちょくっているのか!」


 やはりパカラパカラと音を立てるライゴーン。

 とうとう俺はその場に崩れ落ち、足をバタバタさせて大笑いする。


「お願いだからその音やめて! 笑いが止まらないんだよ!」

「お、おのれ……人間風情が!」


 走り出すライゴーン。

 足音が早くなり、競馬を連想することになってさらに笑いが止まらない。


「人間にしては強いようだが、我の敵ではない!」


 ゴンはニヤニヤ笑っているが、俺ほど大変な状態ではないようだ。

 なのでここは彼女に任せるとしよう。


「死ねー!!」


 手に持っていた槍をゴンに突き出すライゴーン。

 ゴンはその槍を手で握り、軽々とライゴーンを宙に放り出す。

 バターンと地面に転がるライゴーン。

 なぜか「ヒヒーン」と鳴き声を上げたので、さらなる大爆笑が起きる。


「おま……マジで止めて! もう馬じゃん! 完全に馬じゃん!」

「レ、レオ様! お願いですから真剣に戦って下さい!」


 そう言う兵士は腹をかかえて笑っている。

 もうこんなのまともに戦えない。

 しかしこのまま狙われたらひとたまりもない。


 俺は笑い過ぎて痛みが走る腹を押さえながら起き上がる。


「くそっ! なぜ人間がこんなにも強いのだ!」

「馬は人間に敵わないのさ」

「我は馬ではない!」


 だったら何なのだ?

 俺はそんなことももう口に出せないほど腹がよじれかえっていた。


「許さん! 絶対に許さんぞ!」


 起き上がったライゴーン、全身から邪悪なオーラを放ち始める。

 兵士たちはライゴーンに恐怖心を抱き出し、ピタリと笑いを止めた。

 と言うか、そろそろ真剣にやるか。


「ふー……ゴン。倒せそうか?」

「ま、問題ないんじゃね?」


 さっきの攻撃で奴の力量は計れたようだ。

 力は増したようだが……それでもゴンは冷静さを保っている。


「よし。じゃあ手早く済ませるとするか」

「おう」


 ゴンは駆け出し、俺は宙を舞う。


「我の最大最強の一撃を喰らうがいい!」

「あ、愛花様!」


 闇を纏ったライゴーンが槍を振りかぶる。

 そして全力を持って、その槍をゴンに向かって投げた。


「儚く散るがいい!!」

「散らねえよ」


 だがゴンは、その槍を軽く蹴り上げてしまう。

 ライゴーンは呆然とゴンを見る。


「……はっ?」

「はじゃねえよ、はじゃ。お前の力なんて通じねえよ」


 ゴンはさらにライゴーンに接近し、奴も蹴り上げてしまう。

 俺はライゴーンの槍を奪い取り、上昇してくる奴の頭を槍で打つ。


「ガハッ!?」


 ゴンの方へといきおいよく吹き飛んでいくライゴーン。

 ゴンは力を溜め、落ちて来るライゴーンに向かって【暴食】を放つ。


「喰らえ――じゃなくて喰らうのはオレか」


 バクン!

 ライゴーンの上半身を一撃で喰らいつくすゴン。

 ゴンは下半身部分……馬の部分だけを両手でキャッチする。

 ピチピチ動く馬の下半身。

 大きな魚を釣り上げた図にしか見えないぞ……



「上半身はまぁまぁだったな。馬刺し、レオも食うだろ?」

「うーん……どうするかな」

「…………」


 あっさりとライゴーンを倒してしまったことに兵士たちが固まっていた。

 俺は空で腕を組み、馬刺しを食うか悩んでいた。

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