第25話 魔王軍幹部

 銀色の鱗が覆う肉体。

 その上から黒い包帯のような物を巻きつけており、その隙間から見える目が怪しく光っている。

 尻尾も生えており、パタパタとそれを動かしながら俺の方を睨み付けているようだった。

 こいつが幹部という奴か……


 両手に握った二本の短剣。

 見るからに強そうな相手。

 俺たちに勝てるだろうか。


 俺は槍を構え、敵の動きを警戒する。

 するとゴンが素早い動きで敵に近づき、横から相手の顔面を殴りつけた。


「邪魔だ、どけ」

「グヘエッ!」


 勢いよく壁に叩きつけられ、フラフラするモンスター。

 ゴンはそんなモンスターを無視し、俺に詰め寄って来た。


「何で蹴り飛ばすんだよ」

「い、いや……だって危なかったし」

「危ないにしてももう少しやりようがあっただろ。抱き寄せるとかよ」

「咄嗟のことだったんだから仕方ないだろ。ったく。助けてやったのに、何言ってるんだよ」


 俺の言葉にカチンときたのか、ゴンの顔色が変わる。

 珍しいな。こいつが感情的になるのは。


「き、貴様ら……何者だ。我は魔王軍幹部、最強の暗殺者――」

「うるせえ! 今話してんだよ」

「ヌヒョウ!」


 ゴンの拳で再び壁に叩きつけられる魔王軍幹部。

 そんな相手の状態を気にすることなくゴンは続けた。


「助けてくれたことは感謝するよ。だけどオレだってレディなんだぜ。もう少し扱いってもんを考えてくれても良かったんじゃねえの?」

「だから、咄嗟のことだから蹴ったんだって。余裕があったら……どうするかな?」


 余裕があったならゴンをどんな扱いしていただろうか。

 抱き寄せて助けたのか。

 それとも相手の攻撃を直接防いだのだろうか。

 ……結局蹴ってたような気がする。


「……蹴ってたかな」

「ほらな。どんな状況でも結局蹴ってただろうよ」

「いや、確かにそうかも知れないけどさ。ゴン以外の女でも蹴ってたと思うぞ」

「ち、ちょっと待て……俺は魔王軍幹部――」

「今話の途中なんだよ! 黙ってろ!」


 俺はモンスターに槍を投げつける。

 そのまま壁に突き刺さり、相手は動かなくなってしまった。


「……お前はそう言う奴だよな。オレはお前の唯一の友達なんだから、せめて大事に扱えよ」

「これでも大事に扱ってるつもりですけどね。お前が言うから【魔王】のスキルも控えめだし。そもそも何だよ、食うから手加減しろって。何か今になって腹が立って来た」

「オレはお前のやりたいことに付き合ってやってるんだぜ。それぐらい大目に見ろよ」

「…………」


 ゴンも何か思うことがあったのか、何も言わなくなってしまった。

 俺も頭に上った血が引いていくのが分かり、バツが悪いのでゴンから顔を逸らす。


「……お互い思うこともあるけど、こんな些細なことでお前と喧嘩別れとか御免だ」

「こんなことで喧嘩別れなんてするつもりもないけど。オレも悪かったよ。なんかムカついた。ごめん」

「お、俺もごめん」

「…………」


 気まずい沈黙が続く。

 だがゴンはあまり気にする素振りを見せず、壁に突き刺さっているモンスターの方を見る。


「で、雑魚は倒したのはいいけど、幹部ってのはどこにいるんだ?」

「さあ……?」


 部屋に入り、周囲を見渡すがこのモンスター以外の姿を確認することができない。

 すると大量のモンスターが部屋に雪崩れ込んで来て、俺たちを取り囲む。

 

「おいおい。また相手にしなきゃいけないのかよ」

「面倒だけどゴン、さっきの合体技をもう一度――」

「シ、シルドラードサマ!」

「ん?」


 モンスターたちが壁に突き刺さっているモンスターを凝視し、唖然としている。

 シルドラードって……何だ?


「マ、マサカ、カンブノシルドラードサマガヤラレルトハ……」

「コ、コイツラハ、バケモノカ!」


 モンスターたちがガタガタ震えながら俺たちの方に視線を向ける。

 視線を向けたと思ったら、一目散に逃げだしてしまった。


「……幹部って言ってたよな?」

「ああ。言ってたな。そうか、こいつが幹部か……弱すぎじゃね?」


 ゴンは槍を引き抜き、シルドラードと呼ばれたモンスターの肉体を【倉庫】に入れる。


「まぁ、味見は後でするとして」

「やっぱ食うんだ。それは絶対ブレないな、お前」

「とりあえずこれで目的は達成だ。さっさと帰ろうぜ」


 表に出ると外は真っ暗で、モンスターの姿はそこにはなかった。

 どうやら全員逃げ出したようだな。


「で、どうする?」

「もう報告は明日でいいだろ。今日はもう帰って寝たい」

「オレは晩飯食いたい」

「……まだ食うの?」


 当然だと言わんばかりにふんと鼻を鳴らすゴン。

 俺は呆れ返りながら【帰宅】を発動する。


 開いた空間の先は俺の自室。

 ゴンはあくびをしながら着替え始める。

 もう俺はそんなことで驚きはしないぞ。

 こいつに恥じらいなんて常識、通用しないのだ。


「送らなくていいか?」

「おお。いいね。普通の女なら喜んでるところだ。でもオレには行かねばならない場所がある」

「行かねばって……どこだよ?」


 学生服を着たゴンは、扉の前で真剣な表情をこちらに向ける。


「本屋。ボーイズラブの新刊を買いにさ」

「……行ってらっしゃい」


 俺は真顔でゴンのことを見送った。

 こいつは本当にブレないな……

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