第19話 リーシャの頼み

「実は、魔王軍の幹部を名乗るモンスターが、私たちの住む、ケイロスバーンへと接近しているのです」

「ケイロスバーン……あの城か」

「はい」


 リーシャは神妙な面持ちで頷く。


「勇者は魔王討伐へと向かっていて、今町を守れる者がいないのです。ですから、勇者と魔王の力を持つあなたたちに、ケイロスバーンを守って欲しいのです」

「……一つだけ聞かせもらってもいいか?」

「な、何でしょうか?」


 ゴンの低い声にゴクリと息を飲むリーシャ。

 食べ終えたポテチの袋を【倉庫】に放り込むゴン。

 ポイ捨てしないのは偉い。

 そしてゴンはゆっくりと口を開く。


「……お前、まだ歩けねえの?」

「……あ!」


 リーシャは俺の背中から飛び降り、顔を真っ赤にして俺に頭を下げる。


「す、すいません……もう大丈夫だったみたいです……気が付かなくて」

「ああ、別にいいけどさ」


 そんなどうでもいいことを聞いただけかよ。

 ゴンは我関せずと言った様子であくびをする。


「で、どうする? 助けてやるか?」

「俺たちで助けれるならいいけどさ……魔王軍幹部なんて勝てるか?」

「で、ですが先ほどのダブルリザードを難なく倒されたじゃありませんか」

「……雑魚でしょ?」

「いえいえ! とんでもありません! 結構強いモンスターだったのですよ、あれ。ダブルリザード相手にあれだけ圧倒できるのは、ケイロスバーンには勇者以外いませんから」

「うん。やめておこう。結局何ともならないのは自分たちの弱さの所為じゃないか」

「おいおい。冷たいな」


 ゴンは冷めた表情で続ける。


「レオは自分の境遇を何とかしたいって言って強くなった。だけどこいつらは他力本願なだけだ。オレたちを助ける奴は誰もいなかった。だから弱いからって助ける必要はないだろ」

「ゴン……確かにそうだけどさ。でも、だから助けてやってもいんじゃないか? 今までやられ続けてきた俺たちだから、助けてほしいって気持ちは分かるだろ?」

「……共感性が欠落してるのにか?」

「それは今言わないで! 彼女自身が辛いって気持ちが分からないのは認める」


 悲しいほどに彼女の気持ちには共感できない。

 だけど、俺は今まで辛かった。

 辛かったから、それを終わらせてくれる人がいればいいなんて思っていたんだ。

 その俺と同じ境遇の人が目の前にいるってことは、助けて欲しいって気持ちは何となく理解できる。


「こういう感覚に気づけたのはゴンのおかげなんだよ」

「オレの?」

「ああ。昨日までの俺だったらこの人の気持ちも理解できなかったろうけど、人の気持ちが分からないってことを理解してるから、何となく自分の境遇と重ね合わせて、それでようやくこの子の感じている感情がほんの少しだけ分かるような気がするんだよ」

「…………」


 ゴンは俺をじっと見つめている。

 俺は真っ直ぐゴンの瞳を見つめ返す。


「俺が真人間になるためだと思って、手を貸してくれよ」

「……分かったよ」

「ゴン……ありがとう」


 ゴンは爽やかな微笑を浮かべる。


「その代わり、ポテチ一年分よこせ」

「まさかの条件つき!? ってかお前の一年分なんて払えるかよ!」

「冗談だよ、冗談」


 俺はホッと胸を撫で下ろす。


「半年分でいい」

「それも冗談だよね!?」

「……ああ」


 少し間があったが気にしないでおこう。

 冗談として受け取っておくよ!


 ケイロスバーンを助ける方向で話がまとまると、俺たちは丁度町へと到着した。

 町は中世風の造りとなっており、大きな城が中央にある。


「今日は遅いからまた明日来るよ」

「分かりました。おまちしております」

「あ、明日欲しい本の発売日だわ。オレはパスな」

「……お願いだから手伝って。新刊買うより、人の命の方が大事だろ」

「…………」


 ゴンはすごく嫌な顔をしていた。

 こいつ、人の命より新刊かよっ。


 ◇◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 学校での昼休み。

 外は雨で俺は気怠い一日を過ごしていた。

 何故か雨は苦手で、やる気も力も出ない。


 俺は教室で寂しく、母親の弁当を広げる。

 いつもはゴンと食べるのだけど、彼女は今日も男に囲まれていて近づくこともできやしない。


「いただきます」


 美味そうな唐揚げが入っていて、それを取ろうと箸を伸ばす。


 が、


「おい、ガリレオ」


 ガンッと机を横から蹴り飛ばされ、弁当が吹き飛んで行く。

 俺は母親の手作り弁当を蹴り飛ばされたことに、頭に血が上る。


 蹴った犯人は、倭だ。

 高圧的な態度の倭の後ろには、ビクビク怯える山下の姿がった。


「倭……母さんが作ってくれた弁当なんだぜ、それ」


 倭は弁当の箱を踏みつけ、俺を見下ろしたまま言う。


「はあぁ!? 何調子乗って睨んでんだよ、ガリレオの分際で! 聞くところによると、卑怯な手を使って山下に手を出したんだって?」

「う、うえーい。これでお前も終わりだぜ、ガリレオ」

「神崎も下柳もいねえけど、俺が地獄を味合わせてやる。屋上まで来い」

「……分かった」


 地獄を味わうのはお前の方だがな。

 俺はグツグツと怒りを煮えたぎらせながら、倭と共に屋上へと向かった。

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