第18話 リーシャ

 腰を抜かしているその女性は、とにかく綺麗な人だった。

 ウェイブのかかった美しい金色の髪に宝石のような碧眼。

 スタイルもよく、何と言うか『お姫様』みたいな綺麗なドレスを身に纏っている。


「で、お前どこから来たの?」


 ゴンはいつの間にかポテチを手に取り、横暴にしか見えない態度でその女性に聞く。

 女性はビクビクしながらゴンを見上げる。

 こいつは感情が乏しいからな……勘違いされても仕方ない。


「俺たちは悪い奴じゃないよ?」

「そういや、詐欺師って悪人に見えたらダメらしいな。善人に見えるから詐欺師として成立するとかなんとか」

「為になるかならないか分からない情報ありがとう。だけど、こんな状況でそんな話してんじゃねえよ! 俺たちが悪人だと思われたらどうするんだ! お前はすでに思われてるけど、俺までそう思われたら――」


 彼女が俺を見る目は、まさに悪人を見るようなそれであった。

 俺はフラフラと立ち眩みを覚えつつも必死に彼女に訴えかける。


「違うから! こいつはともかく、俺は悪人じゃないから! と言うか、こいつも悪人じゃないんだけどさ……とにかく、悪い人じゃないからな!」

「だ、大丈夫です……私を助けてくれましたもの。悪人だなんて思ってもいません」

「逆に商品を傷つけさせないために助けたとか考えないもんかね」

「冗談はそれぐらいにしろ! もうこれ以上話をややこしくしないで」


 俺は怯える彼女の前で膝をつき、手を差し伸べる。


「君の家はどこだ? 今から送ってやるよ」

「あ……ここから西に行ったところです」

「西か……西ってどっち?」

「あ、あちらです」


 彼女が指差す方向。

 その先にぼんやりと城が見えた。


「あれか……ほら。立って」

「…………」

「?」


 彼女は俺の手を取ることなく、ただ恥ずかしそうに頬を染めている。

 これってもしかして……惚れられちゃったとか?

 ドギマギする俺に感づいたのか、ゴンがポテチを食べながら口を開いた。


「まだ腰抜かしてんじゃね?」

「は、恥ずかしながら、そうなんです……」


 ですよね。

 俺がモテるとかありえませんよね。


「ま、まあそういうことなら、俺が背負って行くよ」


 俺は彼女を背負い、歩き出した。

 ゴンは俺の隣を歩きながら、やはりポテチを食う。


「モンスターが出たら頼むぞ」

「ああ。お前が注意を逸らしている間にオレが後ろから叩き潰してやるよ」

「お願いだから一人で対処して。こんな状態じゃ相手の餌にしかなれないから」

「その時はオレがお前を食ってやる」

「……友人まで食う?」

「冗談だよ」


 俺たちのやりとりを聞いていた女性がクスクスと笑い出す。


「仲、いいんですね」

「まぁ、中学の時からの付き合いだしな」

「おう。あの頃からイジメられてたよな、オレたち」

「そういう悲しい事実は伏せておいて」

「チュウガクって何ですか?」

「あー……学校だよ、学校」

「ああ、そうなのですね」


 彼女は俺の背中で頷いていた。

 凄くいい香りが鼻孔を擽る。

 何で女の人ってこんないい香りがするんだろう。

 ゴンからもいい香りがするしな。


「ところで、君の名前は?」

「リーシャ……です」

「リーシャか……俺は露木玲央。こっちの無愛想は権田愛花」

「ちなみにオレは勇者でこいつは魔王だ」

「え……?」

「……そういう必要のない情報を教えるのはやめとけ」

「レ、レオ様は魔王なのですか?」

「魔王ではない。【魔王】のスキルを所持しているだけです。こいつだって【勇者】のスキルを所持しているだけだから」

「ス、スキルですか……でも、この世界に勇者と魔王は一人ずつだけのはずなのに、どうして……?」

「他に勇者と魔王がいるの?」

「は、はい。私たちの国に勇者が一人。そしてモンスターを率いて、人間と対峙している魔族の王……魔王がいます」


 俺とゴンは顔を見合わせる。


「ま、この世界の住人じゃないからな、オレたちは」

「え?」

「別の世界から来たから、俺たち」

「ええ?」

「世界を救う気のない勇者に世界を滅ぼす気のない魔王。名ばかり管理職みたいなもんだよな」

「俺たちにしか分からない言葉は使うなよ。リーシャ、困ってるだろ」


 ポカンとしているリーシャ。

 そしてブンブン顔を振り、俺の顔を横から覗き込んで来る。

 その近さに一瞬ドキッとするも、平常心を保ちながら、彼女の話を聞いた。


「魔王の力を持った人間……ということですか?」

「まぁ、そういうことだな」

「そして、世界を滅ぼすことも世界を掌握することにも興味がないと?」

「無いな。全く無いな」

「そうなのですか……」


 リーシャは俺の背中で何やら思案している様子だった。


「あの……それではお願いがあるのですが……」

「お願い?」

「はい。私たちの国を助けてくれませんか?」

「……はい?」


 俺は立ち止まり、彼女の方を向く。

 ゴンは依然としてポテチを食べたままであった。

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