第15話 山下への制裁

「うえーい! うえーいぃいいいい!」


 血の噴き出す右耳を押さえ、山下は屋上を走り回る。

 俺は無表情のまま山下の走る姿を見据えていた。


「な、何やってんだよ! 痛いじゃないか!」

「そりゃそうだろ。痛みを与えるためにやったんだから」

「な、何言って……」


 俺は山下の右耳をもう一度引っ張った。


「痛ーい! マジで痛いんだってば!」

「だから、痛くしてるんだから当然だろ」


 俺は右の膝蹴りを山下の腹に入れる。


「うえっ……」

「顔面を狙ったら問題になるから、腹にしておけばいいんだったよな?」

「え、あ、え? がはっ!」


 もう一度膝蹴りを叩き込む。

 奴を蹴った膝に、骨が折れる感覚が響く。


 肋骨が折れたのであろう。

 山下は軽く痙攣を起こしながら涎を垂れ流している。


「おい。俺が今までやられてきたのはこんなもんじゃないぞ」


 今度は左の膝蹴りを入れる。

 骨が折れないように、極力手加減してだ。

 さっきも大して力を入れていなかったのだが、想像以上に俺の力が強くなっていたようで……まぁ、魔王ですからね。


「うえっ! うえーひぃ!」


 骨が折れないように、痛みを与えていく。

 山下は涙を流し、懇願するような視線を俺に向けている。

 だが俺は気にしない。

 ただ黙々と膝蹴りを入れていく。


「おね――うぐっ! た、助け――うえい!」


 それでも山下の体は俺の攻撃に耐え切れなかったようで、骨が折れる感覚があった。


 浅い呼吸となった山下は、白目を剥いている。

 だからどうしたと言うのが、俺の率直な感想だ。

 俺はさらに痛めつけてやろうと、膝を振りかぶる。


「レオ。もうやめとけ」

「……ゴン」


 ポテチを食いながら屋上へとやってくるゴン。

 俺は押さえつけていた山下の頭を手放す。

 山下はバタッとその場に倒れ、俺の手の中には奴の髪の毛の束があった。

 俺はそれを手をはたいて落とし、ゴンの方に向き直る。


「それ以上やったら死ぬぞ」

「……そんな簡単に死ぬかな? 俺は今まで死ななかったぞ」

「お前の力は普通の人間のそれを大きく超えてしまってる。お前が犯罪者になるのも面白くないし、そこらへんでやめとけって」

「そっか。それは確かに面白くないな」


 俺はこんな簡単に復讐が終わってしまうことに嘆息する。

 そんな俺を見て、ゴンはため息をついた。


「お前は容赦ないからな」

「容赦ない……のかな?」

「容赦ない、というか、共感能力が欠落してるんだろうな」

「共感能力?」


 俺は首を傾げ、ゴンの瞳を覗き込む。

 どういうこと?


「こいつを蹴ってる時、痛そうだな、とか思わなかったろ?」

「ああ。だってこいつのことだからな。俺は全然痛くないし」

「それだよそれ。オレの弟を完膚なきにまで叩きのめした時もそうだ。お前は他人の痛みが分かんないんだよ。オレが感情乏しいのと一緒で、レオは共感能力が乏しいんだ」

「……マジ?」

「マジ。普通の人は、その痛みを理解できるんだよ」

「…………」


 俺は愕然とし、その場に膝をつく。

 まさか、俺にそんな欠陥があったとは。

 ショックを受ける俺に、ゴンは微笑を浮かべながら言う。


「ショックだろ」

「ああ。ショックだ」

「でも、お前の欠点は分ったろ?」

「ああ。分かった」

「それが分かったらとりあえずいいじゃん」

「……いいのか?」


 俺はいまだ痙攣を起こしている山下に視線を向ける。

 するとゴンは山下の腹部に触れ、何やら手から光を放つ。


「【回復】の魔術だ。これも【勇者】の能力らしい」


 痙攣が収まっていく山下。

 意識は失ったままで、スース―寝息を立てはじめる。


 ゴンは立ち上がり、ポテチを食べる手を再開させる。


「誰だって何か欠落していたり、おかしかったりするもんだ。それがお前の場合、共感能力だったわけで。大事なのはそれを理解することだ。痛みを知らないことを知る。それだけ知ってたら、これから気をつけることができるだろ?」

「まぁ、そうかな」

「オレだって感情が乏しいことは理解してる。自分を理解することだ大事なんだよ。その上でこれからどうやって生きていくか。それを考え、成長する。そうやって生きていくのが人間の務めだ」

「なるほど」


 俺はゴンの達観した意見に頷いた。

 ゴンもゴンで色々なことを考えているんだな。

 ためになるぜ。

 それにゴンがいなかったら、今頃山下を殺してたかも知れない。

 俺は急速に頭が冷えていくのを感じる。


「で、ゴンはどう成長してるんだ?」

「オレ? んー……何もやってないな」

「やってないのかよ! そんだけ豪語しておいて……」

「ま、ぼちぼちやって行こうぜ。お互い課題はあるけど、急いだってしょうがないだろ」

 

 俺はポテチを食うゴンを見ながら苦笑いする。

 

「で、この後どうする?」

「うーん……とにかく、倭たちに復讐はするかな?」

「そっか。お前が今までやられたことを考えると止めれないし、止める気はない」

「……やり過ぎたらどうしよう?」

「そのためにオレがいる。オレがお前のブレーキになってやるよ」

「ゴン」


 俺はとびっきり最高の友人の姿を見て、胸を熱くさせていた。

 ゴンと出会えてよかった。今日ほどそう思ったことはない。

 本当にありがとう。ゴン。

 こんな俺と一緒にいてくれて。

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