第14話 教室

「……あれって、ガリレオだよね」

「え? 行方不明じゃなかったっけ?」

「……カッコよくなってない?」


 教室に入ると、クラスの女子たちが俺を見てコソコソ何やら話をし出した。

 そして男子たちは面白くなさそうにこちらを見ている。


「お、おいガリレオ!」


 坊主頭の倭が高圧的な態度で俺に近づいて来る。


「何?」


 俺は登校した瞬間からイジメられるのではないかと、内心ドキドキしながら倭の方を向く。

 朝っぱらから勘弁してくれませんかね。


 だが倭は返事をする代わりに俺の太腿に蹴りを入れてきた。

 ドンッと軽い音がする。

 痛い! なんていつもの癖で思ってしまうが……全く痛くない。

 あれ? こいつ手加減でもしたのかな?


「何? その身体? ちょっと鍛えてカッコよくなったつもり?」

「いや、そんなつもりは無いけど」

「うえーい! カッコよくなったつもりぃ?」


 山下が突然、飛び蹴りを俺にかます。

 倭に便乗して、俺にちょっかいを出しに来たのだろう。

 しかし山下の蹴りに俺はビクともすることなく、直立したまま倭と向き合ったままであった。


「あ、あれ?」


 倭と山下は、俺が反応を示さないことに驚き、そして苛立っているようだった。

 俺も少し驚いている。

 何でこんなに痛くないのだろう。

 もしかして、自身が強くなってしまったことで、この程度の攻撃が効かなくなってしまったのであろうか。


「てめえ、ガリレオ! 何すかしてんだよ!」


 爆発した倭は拳を振りかぶる。

 周囲にいるクラスメイトは笑いを堪えている者。

 巻き込まれないように目を逸らす者。

 反応はそれぞれ違うが、俺を助けようともしない奴らばかりだ。


 いつもの光景すぎてため息が出そうになるが、こいつと対峙している気持ちはいつもと違う。

 多分……いや、絶対、今の俺の方がこいつらより強い。

 もう一度だけその事実を確認するために倭の拳を顔面に喰らう。

 やはりビクともしない。


 痛くないのだ。

 効果がないのだ。

 意味が無いのだ。


 拳を放った倭は目を点にさせ、俺を見ている。

 俺は奴の腕を握りしめ、冷静に言う。


「もう止めようぜ。こんなこと」

「痛っ!」


 ギュッと握った腕が痛かったようで、倭は顔を歪めた。

 少し青い顔で倭はこちらを見ている。


「おい! デブゴンがすげーことになってんぞ!」


 ガラッと教室の扉を開き、一人のクラスメイトがそう叫ぶ。

 イジメ現場に耐え切れなくなった男子、女子たちが逃げるように教室から飛び出していく。

 イジメを楽しんでいる者たちも教室を出て、ゴンを見に行ってしまう。

 倭は青い顔のままで俺の手を弾き、皆と同じように速足で教室を後にした。


 山下だけがニヤニヤと俺を見据えながら言う。


「放課後、屋上な」

「…………」


 俺はため息をつくが、山下は笑みをこぼしながらゴンのところへ向かって行った。


 ゴンのクラスは二つ隣。

 俺は皆の反応が気になり、ゴンのクラスへと向かう。


 教室の周りは人だかりができており、近づくことができない状態であった。


「おいおい……あれがデブゴンかよ」

「ちょっと美人すぎじゃね?」

「下柳より可愛いじゃん……俺、告白してこよっかな」


 男たちは顔を赤くしてゴンのことを見ているようだった。

 女はその美貌に見惚れている者や嫉妬する者がいる。


「所詮デブゴンでしょ」


 小さくそう漏らしたのは下柳。

 彼女はゴンのいる方向を睨み付けながら、自分のクラスへと戻って行く。

 どうやらゴンが可愛くなったこと……自分よりも美人だと言われる者が現れたことに怒りを覚えているようだ。

 下柳は俺とすれ違う時、周囲の者が誰も見ていないことを確認し、俺のふとももに膝蹴りを入れて行く。


「ガリレオ……邪魔なんだけど」


 ニタリと笑い、教室へと入っていく下柳。

 やはり攻撃が効かない。

 もうこんな奴らに恐れる必要はなさそうだ。

 

 俺は下柳の背中を見て、鼻で笑う。


「オレと話したかったらポテチ持って来い、ポテチ」


 ゴンの声が廊下に鳴り響く。

 どうも話しかけてくる男子に向かってポテチを要求したようだ。

 俺は苦笑いするが、男子たちはその言葉を本気にしたらしく、どこかへ全力で駆けて行く。

 え、もしかして、本気でポテチ買いに行くの?


 どうやら男子たちはポテチを買いにコンビニやスーパーに走って行ったらしく、その日はあらゆる店から全てのポテチが無くなったとか……


 ◇◇◇◇◇◇◇


 ゴンのことで大騒ぎとなった本日も授業が終わり、放課後のこと。

 俺は山下に呼び出しをくらい、屋上へと来ていた。

 

 他の奴らはゴンにアプローチするため彼女の下へ向かい、二人きりの屋上である。


「ガリレオ~。俺たちお前が自殺したと思ってたんだよぉ。死んでもいいんだけどさ、俺たちのこと、遺書に書くなよ」

「書かないよ」


 殴りたくなるような笑みを浮かべる山下。


「それならいいけどさ……うえーい!」


 山下は笑ったまま俺の腹を殴りつける。

 俺はそんな山下の姿が滑稽に思え、笑いを噛みしめながら言った。


「遺書を書く必要ないから、書かないよ」

「はぁ?」

「遺書を書くとしたら……そっち側かも知れないぜ」


 山下の右耳にピアスが見える。

 俺はそれを引っ張り――引き千切った。


「うえ――――――い!?」

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