第39話 盗賊になった少年たち


 僕らは、遥と二人、馬車の御者台に並んで座り、取り留めのない話をしながら、戦地へ進んでいった。


「洋祐、二人っきりで、馬車に揺られながらの旅行なんて、デートみたいだね」

「…」

 隣に座っていた遥は僕の左腕に抱き着き、その身体を僕にしなだれかかせながら、ささやいた。

 僕は、遥のささやきに言葉を返せなかった。

 

 僕の頭が急に熱を帯びたように熱くなり、思考能力が全く働なくなったのだ。僕の人生、情けない話ではあるが、特定の女の子とデートした記憶はない。

 こちらの世界に召喚される前まで、僕は彼女いない歴イコール年齢という寂しい童貞野郎だった。美咲という仲の良い幼馴染はいた。しかしながら、彼女は同じ年齢ではあるものの妹のような、そして、時には姉のような、僕の大事な家族と言っても過言ではないような存在だった。

 遥とは、なし崩し的に身体を重ね合わせる関係となり、恋人的関係と言ってもいい間柄にはなったのだが、こちらの世界で経験した今までの過酷な環境が、恋人気分というものを意識できるような浮ついた精神状態に浸かることを許さなかった。


 でも、僕は遥が兎に角、愛おしい。気が付けば、僕は言葉を発し、行動に移していた。


「そうだね。初めてのデートだね」

 僕はそう呟くと、遥を抱き寄せ口付けをしていた。

「んっ、ん~」

 遥はトロンとした表情を浮かべながら、僕との口づけを中断し、囁く。

「初めてじゃない。クーを見つけに行った時も二人きりだった」

 遥は口を尖らせながら、甘えるように言う。


 そう言えば、あの時も遥と二人きりだった。言われてみれば、あの時が遥との初めての二人きりのお出掛けだったのかも知れない。


「そうだね。でも、あの時は遥と恋人気分になれるほど、僕に気持ちに余裕が無かった。僕は、ただ、遥を守りたい。それだけを思っていた」

「洋祐好き♡」

遥は改めて僕に抱き着くと口付けを求めてきた。

「僕も遥のことが好きだよ。これからも、元の世界に遥を返すまで、遥の事を守りたい」

 僕は、思わず、遥を強く抱きしめ、遥と熱い口づけを交わしていた。


 そんなただれた雰囲気を醸し出しながら、山間やまあいの道を進んでいた時、僕らの目の前に5人程の覆面をした盗賊風の男達が現れた。


「止まれ。金目のものを大人しく出せば、命は取らない。この袋に入れろ」

 正面の男がそう言うと、別の者がずた袋を僕らの乗っている馬車の前に置いた。


 後ろを確認すれば覆面をした3人が新たに現れ弓や剣を構えている。

 前方の5人、後方の3人の他には、人の気配は感じられない。全部で8人なのだろうか。

 僕と遥は、二人のひと時を邪魔した無粋な盗賊達に厳しい視線を向けた。


「遥、うしろを頼む」

僕が遥に一言伝える。

「分かった」

遥も不機嫌そうな雰囲気を醸し出しながらも、答える。

 僕は遥の了解の意を受けると、先程、こちらを脅してきた、前方の真ん中にいる男へ襲い掛かった。


「うわっ…」

「キャッ…」

「ウッ」


 瞬時に、前方にいた5人の盗賊達の制圧が終わった。覆面をしていたので、分からなかったが二人ほど女性もいたようだ。後方に目をやれば、後方にいた3人組の盗賊達も遥に制圧されている。内1人は女性のようだ。

 彼らは、僕らのスピードに全くついてこれなかったようで、僕ら二人にあっさりと制圧されてしまった。


 僕らを囲んだ8人を一堂に集めると、その場に座らせ、それぞれの覆面をがす。

 どれも顔は若く、まだ子供のように見える顔もあった。女性らしき者も3人ほどいる。僕らは追剥おいはぎをしている理由を尋ねることにした。


「さて、盗賊を捕まえたら、その場で斬首されるか、街の警吏けいりに引き渡し、犯罪奴隷として、死ぬまで酷使こくしされるのが、盗賊の末路だったよな。さて、どちらがいい? 僕としては男は斬首で、女の子は犯罪奴隷として売り渡すのが労力と金銭的な面からは妥当なんだろうな。叶えるかどうかは別として希望だけは聞いてやろうか」

 とりあえずは、高圧的に接し、相手の反応を見てみる。

 遥は彼らには興味がないのか、僕にやたらとまとわりついてきて、可愛いけどちょっとうざったい。


「頼む。俺の首を差し出す。他の奴らは見逃してもらえないか。こいつらは、俺が無理矢理、この仕事に引き込んだんだ。俺らは、初めてこんな事をしたんだ。本当だ。普段は、開拓集落の農民として畑仕事だけしているような奴らばかりなんだ」

 この盗賊達の中心人物らしい男が叫ぶ。男はマサと名乗った。

 彼を始めとしてその身なりはみすぼらしく、日々の生活に困窮こんきゅうしているだろうことは容易に推測できる恰好だった。


「盗賊稼業を働いたものは、斬首か奴隷落ちして売られるのが、常道であることは知っているだろう。それに、もし、立場が逆であったら、僕は殺され、遥は慰み者にされるか奴隷として売り払われる運命となっていただろう。それなのに、襲った相手に逆襲され負けたら、君一人の命だけで済まそうというのは随分と虫の良すぎる話じゃないか」

 僕は正論を述べ、僕らを襲撃してきた彼らを揺さぶる。


「俺らは、金品を奪おうとしただけで、命を盗ったり、危害を加えるつもりはなかった」

「盗賊に襲われ争いに成れば、どちらかが怪我をしたり、命をおとすことはある。実際、君たちの内、何人かは怪我をしているのではないか」

「すまない。俺が馬鹿だったんだ…。せめて、サキ、ミキ、サチだけでも見逃してくれないか」

「そこの女の子たちか。まだ若いから売れば一番金になる存在じゃないのか」

「頼む」

「君たち男手がいなくなって、若い女の子3人だけ残して、この後生きていけるのか」


「お願いします。私達、全員をあなた様の奴隷にしてください。私は夜のご奉仕もさせていただきます。どうか、ご慈悲を、みんなの命を助けてください」

「サキ…」

「私も夜の御奉仕をさせていただいます。我々3人はあなた様とそちらの女性の身の回りの世話を、男共には、あなた様の望むままに力仕事をさせる奴隷としたら如何でしょうか。誠心誠意務めさせていただきます。どうか他のものの命を奪うのはご容赦願えないでしょうか。あと、サチは未だ幼いので、夜の奉仕は今しばらく猶予をお願いできないのでしょうか。その分、私が、いえ、私とサキ二人で精一杯ご奉仕させていただきますので、何卒、ご慈悲を…」

「ミキまで、すまん…」


「分かった。女たちは僕らの身の回りの世話をするということで、戦争奴隷として売り払われることに対する対価を払うというのだな。男共はどうする?」

「俺は他の奴らの命を取らないでくれるなら、喜んで俺の首でも体でも差し出す。戦場へ飛び込めと言われたら、その通りに動く。どうか頼む。俺が盗賊の真似事をこいつらに、そそのかして結果が、こいつら全員斬首は耐えられない。どうか、お願いだ」

「丁度、我らはこれから戦場に行くところだ。肉壁としてこき使うことになるが良いか」

「男に二言はない。一番危険なところは俺が行く」

「マサお前だけにそんな想いはさせない。俺もやる。なんだってやってやる」

「俺も」

「「俺も」」

「俺だって」



「遥、どうしよう」

「洋祐の好きにしたらいい。ただ、首チョンパするのは私には無理…」

「分かった」


 話を聞けば、彼らは、未開地の農地開拓の先兵を務める開拓村の農民の子供達だそうだ。

 帝国の侵略戦争のための戦費調達による重税であえいでいたところに、この頃、突如、始まった農作物の不作に、食べるものが無くなり、村の有志わかものによる初めての暴挙ごうだつだったらしい。

 僕らは、改めて、彼らに、この場での斬首されるか、或いは、街の警備兵に引き渡されるか、それとも、僕らの専属奴隷として一生つき従っていくかを選ばせた。

 彼らは、全員、僕らの専属奴隷を選択した。当然、僕らは、僕らが身に着けている隷属の輪のほかに、隷属の輪など持っているはずもなく、この世界には、隷属を強制する魔法などもない。

 僕は、彼らに、僕らへの隷属を一人一人、言葉に出して誓約させる方法を選んだ。

 仮に彼らに使用できる隷属の輪があったとしても、自分がめられて、嫌な想いをさせられているものを他の人に使用する気にはなれなかったこともあるのだが、何よりも、彼らに僕らへの隷属という選択肢を許したのは、盗賊的行為を働いたとはいえ、帝国の政治の犠牲者である飢えた農民達が斬首されたり、奴隷落ちすることに僕らが関わったという事実による、僕ら自身の精神的負担を忌避きひしたかったとの理由が一番大きい。特に、遥の心はもろい。自分の所為で人が死ぬことや奴隷落ちすることに精神が耐えられなくなってしまうことを、僕は恐れた。

 僕としては、彼らが裏切って逃げても別に構わないと思っている。彼らが僕らを裏切れば、僕らは彼らの衣食住の心配をしなくても済む。只、彼らが僕らに刃を向けることさえないように気を付けていれば良いだけのことだと考えていた。


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