第38話 王弟クラウス

 新たな戦線への派遣を命じられた。

 今回、騎士アーノルドには別任務が与えられているとのことで、何故か騎士アーノルドの同僚騎士2人が同行することとなった。

 隷属の輪の懲罰機能を発動できない者が僕らの監視として同行しても、僕ら二人の実力行使を抑えることはできない。

 騎士アーノルド以外の騎士では僕らへの牽制けんせいにならないのではとも思ったが、遥は嫌いなアーノルドが傍にいないというだけで、機嫌が良くなっていた。


「洋祐♡」

「…」

 これで、7回目。

 僕らは、同行の二人の騎士と共に帝都を出発した。馬車の御者席で僕と並んで座る遥に既に7回ほど呼びかけられている。遥は僕の名前を呼ぶとお決まりのように僕の左腕を抱きかかえ、その身を寄せて来る。まだ、帝都を出発してから、小一時間ほどしか過ぎていない。遥の機嫌は明らかに上機嫌だった。


 帝都を出発し、最初の宿泊地でその男は僕らを待っていた。


 何故か同行の二人の騎士に、宿の奥まったところにある離れのような豪奢ごうしゃな建物の中へ、当然の様に案内される。

 案内された部屋の中には、貴族ぜんとした格好の若い男性とその取り巻きかのようにはべる2人の男性がいた。


「クラウス王弟殿下の御前ごぜんだ。控えろ」

 クラウス王弟殿下と思わしき男の付き人らしき男の一人が言葉を発する。


 案内された部屋には、付き人を従えたクラウス王弟殿下が僕らを待ち受けていた。

 面識もない王弟殿下が脈絡もなく僕らの現れたことに驚きながらも、その場で速やかにひざまづき、王弟殿下に対する敬意を表す。


其方そなたたち、今後は世に仕えよ。良いな」

 王弟殿下は僕らにその一言だけ言うと、付き人を連れその場を立ち去って行った。


『今のは、何なんだ…』

 僕には理解できない展開に唖然あぜんとしていると、この宿泊地まで同行してきた2人の騎士が補足説明をし出した。


 同行の二人の騎士の話から察するに、二人の騎士は王弟殿下の回し者で、この宿泊地で僕らと王弟殿下との会見を成し遂げる為の仕掛人として送り込まれた存在であったようだ。

 本来であれば、今回の戦地行きも騎士アーノルドが同行予定であったらしいのだが、王弟殿下の力で別の要件をアーノルドに無理矢理ねじ込み、今回同行の二人の騎士、つまり、彼らが同行者と相成った。

 アーノルドは皇帝シュナウザーの覚えが良いことを鼻にかけるだけでなく、僕らの世話役となり、その僕らが各戦線で連戦連勝の結果をもたらしたことにより、戦況に大きな影響を与えていることをまるで自分の功績のように吹聴ふいちょうしていたらしい。

 また、アーノルド自身の傍若ぼうじゃく無人ぶじんな日頃の態度も重なり、近衛騎士の中でアーノルドは嫌われ者として孤立していた。

 今回同行の二人の近衛騎士も、アーノルドが嫌いらしく、散々アーノルドの悪口を聞かされたのには、ちょっと、胸の辺りがすっとした。遥は、「そうだろう、そうだろう」とでも言うかのように相槌あいづちを打っていた。他人の話は聞かない、正確には、この世界に来てから、僕以外の人の話は殆ど聞かなくなってしまった遥が真面目に人の話を聞く姿が珍しく、思わず遥の顔を2度見してしまった。


 だけど、何故、王弟殿下がわざわざこんな場所で僕らに会う必要があったのだろう。まるで、皇帝シュナウザーの目の届かないところで、動いているような、そして、僕らに対する「世に仕えよ」との発言、嫌な予感しかしない…

 帝国の権力争いに興味はないし、ましてあの皇帝シュナウザーの心配などする分けもない。むしろ『死んでしまえ、シュナイザーとアーノルド」というのが僕の本音だ。遥も同様だろう。最も、遥の場合は聖女シルビアに対しても同じ様に思っているかも知れないが…

 

 結局、彼らの同行はこの宿泊地までで、後は戦地まで僕ら二人だけで行くよう指示してきた。

 腑に落ちない部分は多々あるものの、僕ら二人は、今回、目障りな監視者が居ないことに、意気揚々と出かけようとしていた。

 僕らが出発する日の朝、何故か見送りに来た今回同行の二人の騎士から、

「騎士アーノルドは遅いな、ここで交代することになっていたのに」

「致し方無い。其方たちは二人で戦地まで先行してもらおう」

「こちらが命令書だ。中に地図がある。到着予定日に遅れる事のないように」

「では、出発したまえ」

 まるでセリフを読むかのよう棒読み気味に交わされた二人の騎士の会話のあと、僕らは戦地へおもむく旨の命令書を受け取った。


 これは、アーノルドとの間に裏で何かあったなとは思ったものの、嫌いなアーノルドと同行しなくても良いことと、僕らは奴隷で拒否できる立場ではないと思い、特に異論をはさまず、彼らの言葉に従い、遥と二人出発した。

 どうか、つまらない陰謀やくだらない野望に巻き込まれて、僕らにとばっちりが来ないことを、切に祈りながら…



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