第28話 再度の夜襲

 ジークハルトは自身に宛がわれたテントに戻るとネターニャ王女と通信できる魔道具を起動させ、王女に話掛ける。

「ネターニャ王女様」

「ジークハルトですね」

「ご無事でおられますか」

「私は大丈夫です」

「明後日早朝、我が軍はアスタリア王国領まで撤退することが決まってしまいました」

「分かりました。ジークハルトが動かせる部隊はどの位ですか」

「私の部隊とセレナ近衛隊長の部隊です」

「それは頼もしいですね。少々作戦を練ります。しばらくしたら、私から改めて連絡しますので、それまで、少し時間をください」

「分かりました」

 ネターニャ王女は、ジークハルトとの通信を終えると、ヨースケと遥に自軍の撤退情報を伝え、今後の動きについて、ヨースケとの話し合いが始まった。


 ネターニャ王女との話を終えた僕は、アスタリア王国軍の動きに怪しげな兆候ちょうこうが見られることの報告とアスタリア王国軍への偵察行動の許可を求め、マグカート辺境伯の執務室まで来ていた。


「マグカート閣下、アスタリア王国軍に奇妙な動きがあります。今夜の偵察任務と、場合に応じて、アスタリア王国軍への威嚇いかく攻撃の許可をお願いします」

「我が軍の偵察部隊からも、アスタリア王国軍に何らかの動きを起こす兆候が全軍で見られるとの報告が上がってきている。兵糧ひょうりょうが無くなったゆえの撤退か我が城塞都市への総攻撃のどちらかではないかとは思うが確実な情報が欲しい。ヨースケ殿頼むぞ」

「分かりました」


 僕は、辺境伯の許可を得ると、そのまま退出し、今夜の偵察、場合によっては、威嚇いかく攻撃という名の夜襲の準備に入る。

 最も、準備と言っても僕と遥がネターニャ王女を伴って出掛けるだけなので、直ぐに準備は終了する。

 出撃よての夜半まで時間があったので、僕らはネターニャ王女と3人で自作のトランプで遊んだ。ラインハルト帝国の王城の地下室で訓練の合間に作った僕と遥の手作りトランプだ。


 勿論もちろん、初めてのトランプにネターニャ王女はぼろ負けとなり、涙を眼に浮かべ悔しそうな表情を顔に浮かべていたものの、これが迷い人の遊具と、ネターニャ王女はトランプに興味深々だったため、餞別せんべつとして、トランプをネターニャ王女に1セット贈ったら、思いのほか喜んでいた。  


 夜遅く、アスタリア王国軍陣地の糧秣りょうまつ集積所に数十発の炎弾が撃ち込まれた。

「夜襲だ。回避班は、燃えてない荷車を異動させ火に近付けるな。消火班は急いで火を消し止めろ。防御班は盾をとって、荷を守れ、追撃に注意しろ」

「迎撃部隊は敵奇襲部隊を捕えろ、急げ」

 アスタリア王国軍陣地は蜂の巣を突っついたような騒ぎが起きていた。


「閣下、糧秣りょうまつの集積所が襲撃されました。被害状況は確認中です」

 カルーラ司令官代理の許に、糧秣集積所、襲撃の一報が入る。


「どういうことだ。糧秣集積所の警備は万全を来たす様命令していたはずだが…」

「ハッ、突然、火の玉が複数現れると、またたく間に糧秣襲撃所に撃ち込まれたとのことです」

「ま、迷い人か…」

 カルーラ司令官代理は動揺していた。

『まずい、まずいぞ。糧秣集積所襲撃の被害は警備の指示を直接出していた私の責任になりかねない。それに、これ以上食料の備蓄が減ってしまえば、兵の更なる動揺を呼び起こすだけでなく、撤退時に費消ひしょうする食料が実際に足りなくなる恐れも出て来る。私の華麗なる指揮のもと、軍に損失を与えることなく、祖国へ錦を飾るアスタリア王国軍の凱旋がいせんを巧みに成し遂げたカルーラ将軍という私の英雄伝説が、国王様や貴族達からの称賛が、私の戦功が…』 

 

「そうだ、襲撃者を捕縛しろ。必ず、必ず、取り押さえるのだ。兵は幾ら使っても構わん。全軍に指令を出すのだ」

 カルーラ司令官代理は、妄想のような思考を一端打ち切ると襲撃者捕縛の指示を全軍に出した。

 

 このカルーラ司令官代理の指示は兵士達に非常に不評だった。具体的な手段や行動指針等示すことなく、只、全軍に捕縛の指示を出したため、各部隊は具体的な行動を組織立って行うことはなく、ある部隊は、襲撃者を求めて闇雲に闇夜を動き周り、ある部隊は、取り敢えず警戒態勢だけ整え待機を決め込んでいた。

 糧秣集積所近くの部隊は、糧秣の確保、鎮火ちんか作業の応援に動かず、襲撃方向目指して動き回ることを選んだ部隊が多かったため、結果として糧秣の損傷を広げた。

 糧秣集積所から離れた処に居た部隊は、勝手に待機を決め込む部隊と襲撃者探索に動き回る部隊とまちまちではあったが、統制のとれていない各部隊の動きと無駄足感が強い探索行動に兵士達の不満は、鬱積うっせきしていった。


 遥は、闇夜の中、使い魔のクーの背に乗り、炎弾を撃ち込んだ後、すかさず、敵陣を挟んで反対側に場所までクーを飛ばさせ、僕らと合流した。遥をおろしたクーは、僕らの周囲の索敵さくてきを行わせながら、上空に待機させた。

 

 クーから付近の情報を遥経由(クーと遥は念話で意思の疎通そつうができる)でもらいながら、僕らは敵陣近くまで、徒歩で近づいていくのだった。


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