第27話 撤退

 ネターニャ王女が行方不明になって3日が経過していた。

 

「明後日には我が軍は自国領まで撤退てったいする」

 そんな中行われたアスタリア王国軍の軍議の席で、アスタリア王国軍司令官代理のカルーラ将軍が集まった諸将に向け宣言した。


「王女様が行方不明だというのに、明後日にアスタリア王国軍全軍が撤退するとは如何いかなることですか」

「王女様をお救いせねば」

 諸将から異論が飛び交う。


「先日の襲撃の所為せい兵糧ひょうりょうが持たない。このままでは、軍の規律が保てない。兵糧が無くなれば統制は取れなくなり、そこを、帝国軍に攻められたら、我々は自国に撤退することもままならなくなる恐れも出て来る。最悪の場合、全滅の危機におちいる可能性も否定できない。貴君らは、それでも敵地ここに残ると言われるのか」

 カルーラ司令官代理が沈痛な表情を浮かべながら告げる。


「確かに、無念ではあるが、撤退せざるをえない」

 諸将の中から声が上がる。


「ネーターニャ王女様はどうなるのですか」

「帝国からは王女様について何の打診もない。王女様をさらったのは帝国の仕業ではないのかもしれない」

 諸将からの質問にカルーラ司令官代理が更に沈痛な表情を浮かべ答える。


「私が思うに王女様を守れなかった近衛隊の責任は大きい、それにジークハルトお前もだ」

 カルーラ司令官代理から、第三王専属女近衛隊長セレナと司令官補佐ジークハルトへの責任追及の言が放たれる。


『今回の帝国との戦争での最大の功労者は、帝国に一方的に攻め込まれ、亡国の危機に陥ったアスタリア王国を、ベンランド城塞都市攻防における一戦で帝国軍司令官バーサク将軍を討ち取るなどの戦功を重ね、歴史的逆転勝利を収めただけでなく、逆に帝国領まで攻め込む原動力となったネターニャ王女とジークハルトだ。侵略を繰り返したラインハルト帝国に鉄槌てっついを下し、祖国を救う原動力となったネターニャ王女、更に、歴史的逆転勝利の発端ほったんとなる帝国軍司令官バーサク将軍を一騎打ちで討ち果たしたジークハルト、この二人は、救国の英雄とも言える存在に成りかけている。しかしながら、ネターニャ王女の行方が分からなくなった今…、そして、ジークハルトに救国の英雄ネーターニャ王女失踪の責任を押し付け、今回の帝国との戦争でジークハルトが築き上げた権威を失墜させてしまえば、戦功の第一人者は、アスタリア王国軍副指令をつとめ、ネターニャ王女亡き後の王国軍を無事、アスタリア王国へ帰還させた私になる可能性はにある』

 カルーラ司令官代理は頭の中では、既に、ネターニャ王女は亡くなっているものとして、祖国に帰還後の自身の戦功に思いを巡らせていた。


「副指令」

 思考中のカルーラ司令官代理にジークハルトが声を掛ける。

「今は司令官代理だ」

 思わず、声を荒げ、言い返してしまうカルーラ司令官代理。

 カルーラ将軍は、元々、副司令官の職だったのだが、司令官であるネターニャ王女が行方不明になったことに伴い、戦時特例で、司令官代理の職にいていた。


「私と近衛部隊に王女様救出による雪辱せつじょくの機会をお与えください」

 司令官補佐のジークハルトが声を発する。

 セレナ近衛隊長はすがるような眼差しでジークハルトを見つめる。


「王女様がどこにいるかも分からないのにか」

 カルーラ司令官代理は、ジークハルトを冷たく突き放す。


「ここはお任せを。必ず王女様を救出してみせます」

 ジークハルトは真直ぐに、カルーラ司令官代理を見つめる。


「我々近衛隊も全力を持って、王女様の救出に当たります」

 近衛隊長のセレナが続ける。


「分かった。王女様のことは其方そなたたち任せよう。我々は、明後日早朝、撤退を開始する」

 カルーラ司令官代理は、どこにいるかも分からない王女救出に自ら立候補した形になったジークハルト達に対し、『恐らく、王女の救出は不可能。これで、王女失踪の責任をジークハルトは免れることは出来なくなる』と心の中でほくそ笑んだ。


「王女様の救出はジークハルト殿と近衛部隊が担当し、その他の諸将は撤退の準備をおこたり無き様に。では、軍議はこれまでとする」

 カルーラ司令官代理の軍議終了の言葉と共に、司令官代理を始めとした諸将が退出していった。


 残っているのは、近衛隊長のセレナと司令官補佐のジークハルトだけとなった。

「ジークハルト殿、王女様の居場所に何か当てはあるのですか?」

「ここだけの秘密にして欲しいのだが、王女様と何とか連絡がとれました」

「なんと、では、ネターニャ王女様はご無事で…」

「今のところは…。詳細は、今夜、改めて」

「承知致しました。その時に、改めて詳細をお願いします」

 

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