第29話 救出

「動くな。王女様を放せ」

 闇夜の中、僕らの背後からアスタリア王国軍兵士の声が突然響く。


何故なぜ、分かった」

 ネターニャ王女との打ち合せで、僕らがこの場所に現れることを、事前にジークハルトへ漏らし、王女の救出劇が展開されるよう策略を巡らしていた結果が今の事態となっており、更に、使い魔のクーからの索敵情報でジークハルト達の動きは、当然、把握していたのだが、取り敢えず、素知らぬ様子で驚いたふりをし問い掛ける。


「ネターニャ王女様を放せ」

 僕の言葉を無視して、自分の主張だけを述べるジークハルト。王女様を前にして、余裕を無くしている様子が感じられる。


「王女の身の安全は構わないのだな」

 僕はおどしの文句と共に王女の首筋に刃を突き立て、ジークハルトをあおり立てる。


「クッ、ネターニャ様。卑怯ひきょうな」

 悔しそうに、剣を握りしめながら声を上げるセレナ近衛隊長。


「ま、待て、ネターニャ様に傷を付けたら許さんぞ」

 一触即発いっしょくそくはつの雰囲気にあわてるジークハルト。


「『傷を付けたら許さない?』、今更、何を言っている。王女はすでに傷物だろう」

 王女様がかぶっていた被り物を僕はぎ取ると、髪が短くなった王女の素顔がさらされる。


「ネターニャ様に何てことを…」

 驚きの声を上げるセレナ近衛隊長。


「ネターニャ様の髪が…」

 啞然あぜんとするジークハルト。


「もう、何日も同じテントの中で一緒に寝たんだ。今日も、さっきまでは、王女様と遊ばせてもらったけどね。流石、高貴な方は反応が新鮮で楽しい。特に、彼女の、眼に涙を浮かべながら、悔しそうな表情を浮かべる彼女の顔は実に愉快ゆかいだったよ。ク、クッ、ク…」

 僕は、トランプ遊びで、負けが込み、眼に涙をめながら、悔しそうな表情をする王女様の顔を思い浮かべながら、嘲笑ちょうしょうを浮かべ、ジークハルトと思われる騎士の感情を逆なでする。

 ここで、何故か、ターニャ王女からもにらまれてしまった。


『えっ、ここまで打ち合わせ通りですよね』

 心の中で僕の思いを目線に混め、ネターニャ王女に向けるも、王女は口をとがらせながら不満そうな表情を返して来る。

『トランプで、負けが込んだのがそんなに悔しかったのだろうか?』


「おのれ、ネターニャ様に何てことを」

 ジークハルトの言葉に、僕は気を取り直し、次の言葉を発する。

「既に傷物の王女様だけど、どうする? もう、婚姻外交の道具としては使い物にならないじゃないかな⁉ 傷物王女など、誰もいらないでしょ! 僕がこのままもらってあげようか? 玩具としてだけど…」


「黙れ、王女様は私が一生お守りする。その上で、ネターニャ様のお許しが得られれば私がめとらせていただく。ネターニャ様にさみしい思いなどさせない。卑劣ひれつな貴様などにネターニャ様は渡さない」

「ジークハルト」

 ジークハルトの熱烈な、プロポーズに近い言葉に、ネターニャ王女の眼から涙がこぼれ落ちる。


「ネターニャ様、ご心配には及びません。私が一生お守りします」

「ジークハルト」

 ネターニャ王女から、歓喜の声が漏れた。


「賊ども、私のネターニャ様を放せ」

 ジークハルトが声を張り上げる。


「分かりました。をお返し致そう」

 僕はあっさりと、『』という部分を強調しながら、了解の意を示す。


「えっ、何と…」

 自分の要求が通ったのに、何故か、思わず聞き返してくるジークハルト。


「分かったと行ったのだ。はここで解放する。代わりに其方そなたたちからはこちらにちょっかい掛けてくるなよ」

「何を勝手なことを…」

「シュルシュル、シュー」

 突如、僕達とネターニャ王女のいる辺りから煙幕が立ち上がる。


「ネターニャ様」

「ハルト」

 煙幕から飛び出して来た王女がジークハルトに向かって、愛称で呼びかけながら、駆け込み、抱き着く。

「ターニャ様、よくご無事で」

 ジークハルトも王女を愛称で呼び抱き締める。


「賊の確保を」

 ほとん蚊帳かやの外だったセレナ近衛隊長があわてて声を張り上げるも、既に賊の姿は見えなかった。


 


 

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