第23話 転機


 そのことはともかくとして、今回のラインハルト帝国との戦争もコロニアル城塞都市を陥落させれば、アスタリア王国に有利な条件で講和を結べる道が見えてくる。

 いくら皇帝シュナウザーが大陸統一の野望を抱く好戦的な皇帝だとしても、周辺国のほとんどへ戦線布告し、あきれるほど膨大ぼうだいに戦線を広げ、戦力的に余裕がなくなっていたところでの敗戦、しかも、攻め込んだ相手国から逆に帝国領に攻め込まれ、自領の城塞都市まで占拠されたとなれば、流石に一時休戦という方法も考慮せざるを得ないだろう。

 最も、ラインハルト帝国から侵略を受けている他国との連携の観点から我が国だけが休戦するとの選択肢を取ることができるとは限らないのだが、我が国としては、これ以上の進撃は利するものよりも、経済的負担の方が大きく、国全体としてのメリットもあまり見込めないところではあった。

 他国との連携、協調をとるか、自国の安定を優先させるか、難しいところではあるのだが、それを決めるのは私の役目ではない。

 何はともあれ、この一戦が最後となるように何としても勝たなければと、覚悟を決めて戦いに臨んだ。


 戦況は常に我が国有利に推移した。

 ベンランド城塞都市攻防戦でのラインハルト帝国軍撃退からアゲアゲになっている我が王国軍の高揚こうようした士気とは逆に、帝国軍の士気は下がる一方の様で、更に、援軍が来る兆候も見られず、敵側の城塞都市はこの世の終わりを迎えたような暗い雰囲気をまとい続けていた。


 アスタリア王国軍は、ベンランド城塞都市陥落まであと一歩というところまできたといえる。

 後は、城塞都市陥落の決め手となる攻城兵器の設置が完了すれば、我が軍の勝利は揺るぎないものとなるだろう。攻城兵器の設置準備も、あと二日もあれば、終わる。これを待って、我が軍が城塞都市への突撃を敢行すれば、コロニアル城塞都市陥落も間違いないだろう。今のところは、全て順調に推移していた。

 ただ、敵国の秘密兵器とうわさされる”迷い人”が城塞都市に入ったという嫌な情報を除いては…


 つい先日、ラインハルト帝国と他国との戦線で、迷い人の持つ膨大ぼうだいな魔力を行使して、行われたと噂さされている戦いがあった。何百発に及ぶ炎弾の連続集中攻撃のあとの帝国軍の突撃により、反帝国軍は壊滅的な被害を受け、戦線が崩壊したとの情報を受けていた。

 この情報を受け、対抗策として、試行錯誤ではあったものの、耐火防御の魔法陣をほどこした特製の盾を炎弾攻撃の防御策として大量に準備した。

 結果、迷い人による600発近い炎弾の連続攻撃を防ぎきることに成功した。

 膨大な魔力を持つといわれる迷い人の炎弾を防ぎきれるのかという一抹いちまつの不安はあったものの、迷い人対策として、今回、用意した特製の盾は大成功だった。

 もし、今回用意した特製の盾で迷い人の炎弾を防ぎ切れなかったら、我が軍の戦線は崩壊するかもしれないという恐ろしさはあったが、結局は、迷い人による炎弾だけでなく、その連続攻撃に続いたラインハルト帝国軍の突撃をも防ぎ切った。

 むしろ、逆に帝国軍にかなりの損害を与えることができたと、我が軍では分析している。


 今日までは恐ろしい程、順調に戦況は推移している。

 それだけに、闇夜に響き渡った先程の爆音に、何かとても嫌な予感がよぎる。

 そんなことを思いながら、私は司令部が設置されたテントに入った。


「現状の報告を」

「攻城兵器を保管場所辺りからの閃光せんこうを確認しております。只今、現場への状況確認を行っています」


 伝令の兵士が司令部のテントに入ってくる。

「報告します。攻城兵器保管場所一帯に炎弾による魔法攻撃を受けました」

「攻城兵器の被害状況は?」

「完全に破壊された模様で、周囲には溶解した攻城兵器の欠片らしき部材が飛び散っていたほか、魔法攻撃を受けた箇所の地面に窪みができており、地面にあった石や砂が溶け、固まったかのように黒ずんでいたとのことです。通常の魔法攻撃からは考えられないほどの威力があったものと推察されます」


「やはり”迷い人”の仕業か。攻城兵器を完全に破壊する威力があるとは…」

思わず呟いた私は、『もし、今日連撃を受けた600発の炎弾にこの威力があったら、いや、半分の300発、いや、200発、例え100発程度であったとしても、この威力の炎弾を撃ち込まれたら、今回用意した炎熱体制を具備した盾でも防ぐことができたか…』などと思いを巡らしてしまう。


「現在のところは、それらしき姿等の確認はできておりませんが、現場の状況から推察して十分に可能性はあるかと…」

 私の想いに関係なく生真面目に答える伝令の兵士の言葉に意識を戻した。


「狙いは攻城兵器だけなのか、或いは、もう一手あるかも知れません。今回の夜襲は、攻城兵器の破壊だけでなく、他の攻撃の陽動も兼ねている可能性も…」

 総司令官補佐のジークハルトが告げる。


「だとすると、狙いは食料集積所の可能性も十分あるかも…」

 セレナ近衛隊長が独り呟く。


「それは不味いな、今、食料集積所を襲撃されれば、わが軍の食糧事情は著しく悪化する。場合によっては戦線を維持することさえ難しくなるかも知れない」

 セレナ近衛隊長の呟きを受け、ジークハルトが呟く。


「まさかの陽動か、よし、今動かせる部隊を3班に分けろ。直ぐに食料集積所へ警護へ向かわせるよう指示だ。私も向かう」

私は、著しい危機感を覚え、即座に命令を下す。


「ネターニャ王女、お待ちを、それは危険です」

セレナ近衛隊長が慌てて、私を押し留める。


「食料集積所が襲撃されれば、我が軍、崩壊の危機もありうる。食料のない軍隊など何の動きもできないからな。念のためだ、セレナ、私に付いてこい。近衛が私を守れ。頼りにしているぞ」


「「ハッ」」

 第3王女専属近衛隊長セレナ・マスキュミート以下、近衛の面々がネターニャ王女に付き従い動き出した。

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