第22話 王女

 私は、アストリア王国第三王女ネターニャ・アスタリア。 

 我が国はアルカディア大陸の中ではそれなりに大国で、比較的温暖な気候から、農業が盛んな、周辺国との軋轢あつれきも少ない、平和な国家であった。

 アストリア王国の王太子は、兄のエグザード・アスタリアが務めており、姉二人は既に周辺の国々へ嫁いでいる。私も今通っている王立トワイライト学園を卒業したら、どこかの周辺国に嫁ぐものだと思っていた。

 愛しているとはっきり言えるような人は今のところいないが、何となく想い人と言えるかなと思える幼馴染は一様いちよういる。

 しかし、彼とは身分が釣り合わない。

 幼馴染の乳兄弟として育ち、男と女の性差はあるものの互いに気心知れた間柄で、互いの仲は兄弟に近いような関係だと思っている。そんな間柄ではあるものの、唯一、彼の許へなら嫁いでも良いかなと思えるほど、信頼できる男性だ。

 しかし、子爵家では…


 王国の安定に貢献しなければならない王女の立場としては、嫁ぎ先として選ぶことは国益上かなり難しい相手先といえる。

 他の高い身分の家柄の子息から言い寄られることは数多くあったものの、はっきり言って好みに合わない。中には虫唾むしずが走るような殿方もいた。できれば、好みに合わない殿方へ嫁ぐのは勘弁して欲しい。私だって、どうせ嫁ぐなら、素敵な殿方の方がいい。

 しかしながら、私が嫁ぎ先を選ぶことはできない。国益を考えれば、姉たちと同じように、何れ、顔も知らない異国の男性の許に嫁ぐ可能性が、最も高いのだろうとは思いながらも、幼馴染の彼が、救国の英雄にでも成ってくれれば、せめて、伯爵位にまで昇りつめてくれれば、などと詮無せんないことを思ったりしたこともあった。


 しかしながら、そんな平和ボケを吹き飛ばすような衝撃的な出来事が起きた。突如、ラインハルト帝国が宣戦布告を宣言し、我がアスタリア王国の領土に攻め込んできたのである。

 開戦当初、ラインハルト帝国軍は破竹の勢いで進撃を重ね、国防のかなめである城塞都市ベンランド近郊まで攻め込まれてしまった。

 城塞都市ベンランドを抜ければ、王都まで、敵の侵攻を阻める要塞・地形等は一切無く、我がアスタリア王国は国家存亡の危機にさらされた。


 そんな折、王立トワイライト学園を卒業したばかりの私に、王族の責務として軍役にく役回りが廻ってきた。

 私は、ベンランド城塞都市攻防戦に参戦、敵陣への突撃は幼馴染のジークハルトがいつも先陣をきり、彼の八面六臂はちめんろっぴの活躍により、私の部隊は戦功を重ね続けた。

 中でも、最大の戦功は、城塞都市の攻防戦の最中さなか、我が部隊がアスタリア王国第3王女の部隊と知りえたがゆえか、突然、突撃を敢行かんこうしてきたバーサク将軍の部隊を、ジークハルトを中心とした我が部隊が返り討ちにし、バーサーク将軍をジークハルトが討ち取ったことだろう。おまけに、バーサーク将軍に同行していた副司令官まで同時に討ち取ることができた。


 バーサーク将軍討ち死にの報はまたたく間に広がり、帝国軍の司令官であるバーサーク将軍と副司令官を同時に失ったラインハルト帝国軍は混乱の極みに達した。その間隙を突き、アストリア王国は、軍としての機能を失いかけていたラインハルト帝国軍に執拗しつように攻撃を繰り返し、アストリア王国領から撃退させた。


 私が指揮した部隊が運よく戦功を重ね続けることができたのも、幼馴染のジークハルトの活躍のおかげであり、敵の将軍バーサクを討ち取ったジークハルトは最大の戦功をあげた功労者であった。しかしながら、一番の戦功は本来与えられるべき幼馴染のジークハルトに与えられず、部隊長である私の武功になってしまった。何故、私が幼馴染みのジークハルトの戦功をかすめ取らなければならなのだ、王女に戦功など必要ないというのに…


 ジークハルト子爵家は武門の名家で、彼は幼い頃より剣聖とうたわれた父より鍛え上げられた結果、王国内では五本の指に入るのではと噂されるほどの剣の腕前を持っている。

 彼は剣の腕前だけではなく、王立トワイライト学園騎士学科で学んだ軍の戦略学や各種戦術の知識を惜しみなく披露ひろうし、お飾りの部隊長であった私をよく補佐してくれた。

 実際、彼の力添えにより、私の部隊は功績を重ね続けることが出来たといっても過言ではない、バーサーク将軍を直接討ち取ったのはジークハルト本人であり、今回の攻防戦の最大の功労者は正に彼であった。

 

 そんなお飾りの指揮官である私ではあったが、王女という立場からなのか、ラインハルト帝国軍撃退に士気を高揚させたアスタリア王国は、私、アスタリア王国第三王女ネターニャを総司令官として王国軍を再編し、帝国へ反撃に出ることを決断した。

 アスタリア王国軍は私の指揮の元(実際には幼馴染みのジークハルトが立案した作戦案を私なりに考察を加え、若干アレンジしたもののを用いて指揮に当たっているだけなのだが…)、連戦連勝を重ね、ラインハルト帝国軍を押し返すことに成功した。

 今では、アストリア王国軍はラインハルト帝国との国境を越え、敵国の城塞都市コロニアルを陥落寸前までに追い詰めるところまで、進軍している。

 私は今までの戦歴を称えられ、一部のものからは”戦女神いくさめがみ”、”救国きゅうこく姫将軍ひめしょうぐん”などと恥ずかしい二つ名で呼ばれるようになってしまった。

 ただ、ジークハルトの功績をかすめ取っただけの、ジークハルトの考えた作戦案を少しだけアレンジして実行してきただけの、虚構の上にいる愚かな王女に過ぎないというのに…

 

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