第3話 聖女シルビア

「改めて、異界より現れた方々にご挨拶申し上げます。私はラインハルト帝国ミッシェルクラン教会で聖女の称号を得ているシルビア・クレスタと申します。皆様のこの世界での案内役を務めさせていただきます。以後、お見知りおきください」

と聖女シルビアから挨拶を受けた。


 他の侍女らしき女性3人のうち一人がシルビア付の侍女で教会の侍祭の地位を得ていると紹介され、残りの2人は僕らの世話係だと教えて貰った。

 名前はアンナとメリー。共に12,3歳位のあどけない少女達だった。


 続けて聖女シルビアは、僕達二人を召喚したことについて謝罪をしてきた。

 しかしながら、皇帝の意向には聖女の地位を得ていても従うことしかできずに申し訳ないとの話に始まり、僕らは戦争に駆り出されるための奴隷的な存在として異世界から召喚されたこと、そして、僕らがわざわざ異世界から召喚されたのは、異世界から召喚された人間の成長は特に見覚めざましいものがあり、こちらの世界の人達よりもはるかに強い存在に成り得ることが多いゆえということを教えて貰った。


 ラインハルト帝国の現皇帝シュナウザーは半年程前に前皇帝である父親の急逝きゅうせいを受け、皇帝のくらいに即位し、その皇帝即位の式典で、この大陸の国々の全てを征服し覇権はけんを唱えることを宣言した。

 実際に、皇帝シュナウザーは、即位後、間もなく他の国々征服のため、侵略戦争を起こし始めた。

 戦争を開始した当初、ラインハルト帝国軍は破竹はちくの勢いを見せつけていたのだが、各地でほぼ同時期に戦争を起こしたため、戦線が広がり過ぎ、戦力を集中することができず、各地の戦局はそのほとんどが膠着こうちゃく状態となっていた。

 結果として、ラインハルト帝国は幾つかの小国を征服することはできたものの、周囲の殆どの国との戦争状態が今も続いているらしい。


 将軍達は各戦場に派遣されたまま、1年近く戻って来ておらず、各地の戦場では一進一退の激しい攻防が繰り広げられているとのことだった。

 また、征服した小国の国々でも抵抗勢力の活動が頻繫ひんぱんに起こり、そちらにも駐留軍として、幾ばくかの兵士を割かなければならず、結果として、勝利を収めた戦線から他の戦線へ随時、戦力を投入することもできず、戦局は益々混迷を深めていくばかりであった。


 そこで、戦局を打開させるため、一人で戦況をひっくり返す驚異的な力を持つと伝えられている異世界からの迷い人を連れてくるよう皇帝から勅命ちょくめいが下された。

 その勅命に従い帝国に伝わる異世界召喚という秘儀が聖女シルビアを中心に執り行われ、その結果として僕らが此処ここにいるらしい。


 異世界召喚は50年に一度の星回りの限られた時刻に、大地の魔力を大量に使い初めて成功することができる儀式で、この召喚の秘術を使った後は大地の魔力が場所によって著しく枯渇こかつしたり、或いは衰弱し、10年程の間、作物の実りが悪くなるほか、時には災害が起きたりすると言い伝えられていると聖女シルビアから説明があった。


 そんな犠牲を払ってでも、大陸全てを征服し覇権はけんを唱えるため、この戦局を打開する秘密兵器として、戦況をひっくり返す強い力を持つ手駒を手中に収めたいという要望を皇帝が強く打ち出し、今日の儀式を執り行う運びとなった。

 召喚された迷い人は始めは大した力もなく、決して強くはないものの、その後の成長力が著しく、1年ほどで超人的な力を発揮できるようになることが多い。

 この世界では力の強い戦士がいると戦況が簡単にひっくり返ることが多く、強力な力を持つ戦士はどの国も喉から手が出るほど欲しい存在であるのが実情だった。


 とは言え勝手に召喚された僕らは非常にいい迷惑だ。ましてや奴隷扱いなんて…

 せめて、小説のように勇者並みの扱いをしてもらえないものだろうか…

 まぁ、現実とはこんなものなのかも知れない。

 勇者なんて、おとぎ話的な設定過ぎるしね…。


 聖女シルビアの一通りの説明が終わったあと、侍女のアンナとメリーに今後の住みかとなる部屋へ案内された。案内された部屋は地下のジメジメした雰囲気の石畳的な感じの小部屋で、天井付近の小窓から光と風が入り込んでいた。

 そこに、一緒に召喚された同じ学園の女性と一緒に放り込まれた。

 扉はあるので牢屋とは違うものの地下倉庫の小部屋をあてがわれた感じで、部屋の中には毛布代わりの布切れが置いてある他は何もない殺風景な部屋だった。


 この部屋に来るまで茫然自失な状態で僕にすがりつくだけだった彼女は突然シクシクと泣き始めた。

 始めはこちらもおろおろすることしか出来なかったが、何度かなぐさめ、話し掛けているうちに、少しずつ彼女は自分のことを話し始めた。

 彼女は僕の通う大原学園の2年生で、生徒会長を務めている阿倍遥あべはるかさんだった。

 阿倍遥さんは文武両道、眉目びもく秀麗しゅうれいの才媛で明朗活発な辣腕らつわん生徒会長として全校生徒の憧れの的として知られていた。

 僕も顔位は見たことあるし綺麗な人だなとは思ってはいたのだが、クラスのアイドル的存在の芦屋道華さんに夢中だった僕は、気も動転していたせいもあり、全く気が付いていなかった。

 先程の神殿の広間のような場所にいた時には、彼女を見たことがあるかも知れない程度に思ってはいたものの、我が学園の生徒会長様だとはついぞ気が付かなかった。





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