第2話 異世界召喚

 独り寂しく家路に向かう途中、大通りにでる道を曲がろうとした時、突然、かどを曲がってきた女性と思い切りぶつかった。思わず互いに抱き合う形で立ち止まる。

 突拍子もない急な展開に身体の動きが止まる。

 柔らかい感触、甘い匂いに誘われたのか、自然と女性を抱きしめる腕に力が入る。


「きゃー」

女性の悲鳴が上がる。


『やっ、やばい、何故、初対面の女性を抱きしめているのか、これじゃ、これじゃ、痴漢と言われても言い訳できない。痴漢は犯罪だ。は、早く、離れないと…』

 そんな僕の思いに反し、僕の身体は彼女をかたくなに抱きしめ続けていた。


 そんな二人の足元に、突然、幾何学的な模様が広がった。

 何故か、意識が朦朧もうろうとなっていく。

 何とか意識を保とうと抵抗するも、意に反し、意識が遠退いて行く。

 抱き締め続けている彼女の甘い香りを感じながら…


 気が付けば、僕達は神殿の中にある広間のような場所に居た。

 床には先程、足元に見えたものと同じ幾何学的な模様が、辺り一面に描かれている。

 僕の腕の中には先ほど曲がり角でぶつかり、思わず抱き締めてしまった綺麗な女性が、僕に抱き締められたままの状態で茫然自失な様子でたたずんでいる。


 けれども、彼女の瞳は僕を映していない。

 ただ、周りの様子をながめ、茫然ぼうぜん自失じしつな様子をかもし出していた。

 決して、僕が未だに彼女を抱きしめているからではないと思いたい。ここで、さりげなく、彼女を僕の腕の中から解放する。

 これで僕の犯罪行為はノーカン扱いにならないだろうか。

 恐る恐る彼女の顔色をうかがう。


 彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ固まっていた。

 でも、その姿がちょっとお間抜けな感じになっていて可愛らしい。彼女は黒髪が栄える魅力的で綺麗な女性だった。

 彼女は大原学園の制服を着ており、同じ学園の生徒だと分かる。何となく、彼女に親近感が湧いてきた。何だか顔見知りのような気もする。


 いやいや、僕には芦田さんがいるのだからと、目の前の彼女の姿を頭の中から強引に追い出そうとは思ってみたものの…

 思い返せば芦田道華さんからは振られた分けだから、僕が他の女の人のことをどう思っても彼女には関係ないというか、彼女にとってはどうでもいいことだろうという事実を改めて認識し、悲しくなる。

 ついでに幼馴染の美咲の顔も思い浮かんできたが、美咲のことは枠外として置いておく。

 とにかく美咲は枠外だ…

 だからといって、美咲は、僕にとって、とてもとても、可愛い可愛い、大事な大事な幼馴染の女の子であることには変わらないのだが…


 そんなことよりも現実をと、周りを見渡せば、所々異なる部分はあるものの教会のシスターのような服を着た女性がこの場で一番偉そうな雰囲気をかもし出している男性にひざまずきながら何か報告している様子が見えた。

 言葉を喋っているのは分かるのだが話している内容は分からない。言語が異なるようだ。話をしている声は聞こえるのだが、喋っている内容が理解できない。

 シスター風の女性が喋り終えたあと、一番偉そうな雰囲気の男性が短く声を発する。続けて、周りのものに何か指示を出しているような言葉を発していた。


「ЮДЫЁЛЭ」


「ζψξλμθ」


 その言葉を受けてか、傍に立っていた騎士風の姿をした男性が短く、言葉のようなものを発し頭を下げる。彼は頭を上げると、すかさず、僕らの方に振り替えると、黒い輪を持って僕たちに近付いて来た。


 近付いてきた男性はその黒い輪を僕達それぞれの首に架ける。

 いきなり、黒い輪が鈍い光を発し、まるであつらえたようにぴったりと首に張り付いていく。その黒い輪は僕の首から取れなくなった。

 気が付けば、隣にいた黒髪の綺麗な女性の首にも、僕と同じ黒い輪がめられていた。


「これで話が通じるようになったのかな。ちんはラインハルト帝国皇帝シュナウザー・ラインハルト。そなた達は我がラインハルト帝国のためにその一生を捧げるのだ。そなたたちに命ずる。近衛騎士アーノルド、聖女シルビアを主人と同様の者と認識し、二人から命じられたことを朕からの命令と捉え、我が帝国のいしづえになるのだ。はげめよ」

と無茶苦茶なことを僕らに言い放ち、後は任せたとでもいうような態度を周りに見せると、お供の人達を連れて出て行った。


 ラインハルト帝国なんて聞いたことがない。ここは僕達と住んでいた世界とは異なる世界、所謂いわゆる異世界なのかも知れない。

 まさか、小説にあるような異世界が本当に在るとは…


 皇帝シュナウザーに指名された騎士アーノルドと聖女シルビアからの話では、僕達は奴隷扱いだという。

 僕達の着けている首輪は隷俗れいぞくの輪という魔道具で、首輪に設定された主人の命令に逆らえなくなる強制力がある。

 実際には、命令に逆らったり、主人を害そうとしたとき一定の呪文を唱えると頭の中に激痛が走る仕組みになっていて、結果として、主人の命令に逆らったり、主人を害そうとすることをできなくさせる魔道具だそうだ。

 そして特筆すべきは、主人の命令を確実に実行させるために、言語が互いに通じない種族間であっても、隷属の輪を着けられた奴隷は主人の言葉を理解できるようになるということだった。

 この場で、主人である皇帝から騎士アーノルドと聖女シルビアを主人と同様に認識するよう命じられた。

 このことにより、二人の言葉だけは理解できるようになったという摩訶不思議なことわりといえる。

 正に異世界、意味不明、理解不能な魔道具である。

 最も、逆に言えば、他の人とは言葉は全く通じないということになるのだが…


 騎士アーノルドからは明日から僕らに武術の稽古けいこをさせると言われた。

「早く帝国の役に立つように強くなるのが、お前達の仕事だ。陛下の期待を裏切るなよ」

 騎士アーノルドが僕達にいい放つ。


「い、嫌よ、何で私があなた達の言うことを聞かなければいけないのよ。勝手にこんな場所に連れてきて、挙げ句の果てに、何これ、『隷俗の輪』、馬鹿にしないで!」


 今まで、茫然ぼうぜん自失じしつとした状態が続いていて、周囲からの状況説明を聴いているのか聴いていないのかわからない状態だった彼女の口から、ヒステリックな怒声が響き渡る。


「愚かな、もう一度言う、我々に従い帝国に尽くせ」

、嫌よ」

「ζΞειξ」

 騎士アーノルドが呪文のようなものを唱える。


「キャー」

 彼女が頭を抑えながら転げ回る。

「その隷俗の輪の主人は皇帝陛下だ。皇帝陛下の命令は勿論のこと、そして皇帝陛下が指示した者の命令をも効くようになっている。先程、皇帝陛下は私とここにいる聖女シルビアを主人と同様に認識するよう命じた。我らの言うことを拒否した後、特定の呪文を唱えると激痛が続くのだ。お前らは奴隷だ、己の身分をわきまえろ、よく覚えておけ」

と言い放ち、騎士アーノルドは立ち去っていった。


 彼女はいまだに頭を抑え、うめいている。

 顔からは涙があふれ、口からはよだれが垂れ出し、さすがに痛々しい。

 僕は彼女を優しく抱き抱え背中を擦る。彼女はそれから、一言も喋らず、ただ、僕の促すままにつき従うようになっていた。


 アーノルドが立ち去るのに併せて他の人達も立ち去っていった。

 残ったのは、聖女シルビアと侍女らしき3名の女性達だけだった。


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