第4話 異世界での初めての食事

 しばらくしくしくと泣き続ける彼女をなぐさめていると、侍女のアンナとメリーが部屋に夕飯と身体を拭くための水を運んで来てくれた。


 夜に、ご飯と身体を拭く水が運び込まれ、翌朝、朝食が持ち込まれると同時に夕食の器と水の入ったバケツが回収されると、聖女シルビアからの先程の説明を思い出していた。

『僕らは戦況をひっくり返す皇帝の手駒として、異世界から召喚。しかも、身分は奴隷扱い。ありえない!?』

 思わず、心の中で絶叫する。


 そんな思考を中断し、現実に向き直れば、晩飯のメニューはパンとスープのみ。

 パンははっきり言って固くてまずい。

 スープは味が薄く、決して美味しいものではないが食べられなくはない。スープの中に具は殆どなく野菜の欠片らしきものが若干混じっている程度だ。

 これがこの国の通常の食事なのか…

 それとも、僕達は奴隷だから、この食事なのか…

 また、思考の波に捕らわれていく。


 阿倍さんはパンを一口噛かじると

「ま、不味い。こんなの食べられない」

と一言呟いた後、シクシクとまた泣き始めた。


「美味しくなくても食べないと明日の訓練で身体が持たないよ」

「わたし、戦争のための訓練なんてしない」

「…、僕だって戦争の道具になるための訓練なんて嫌だよ。でも、この隷俗の輪が…」

 先程の僕達が召喚された広間でのことが甦る。


***


「い、嫌よ、何で私があなた達の言うことを聞かなければいけないのよ。勝手にこんな場所に連れてきて、挙げ句の果てに何これ、『隷俗の輪』馬鹿にしないで!」

 今まで、茫然自失とした彼女の口から、ヒステリックな怒声が響き渡る。


「ζΞειξ」

 騎士風の男性が呪文のようなものを唱える。


「キャー」

 彼女が頭を抑えながら転げ回る。顔からは涙があふれ、口からは涎が垂れだしている。さすがに痛々しい。僕は彼女を優しく抱き抱え背中をさする。


***


 そんな光景が思い返された。

 彼女も先ほどのことを思い出したのだろうか、彼女の身体が小刻みに震え始めた。

 僕は優しく彼女を抱き寄せ頭を撫でながら、彼女の心を落ち着かせようとする。


「さぁ、食べよ」

「いや…」

「食べなきゃ、身体持たないよ」

「嫌よ…」


 何とかして彼女に食べさせないと…

 僕は彼女に何とか食べさせようと焦っていたのか、後から振り返れば、とんでもない言葉をつぶやいていた。


「僕らは生き延びて元の世界に必ず帰るんだ。そのためにも…、自分で食べないなら、僕が口移しでも食べさせるよ」

「…」


 僕は彼女に下顎したあごに手を添えうつむいていた彼女の顔を僕の方にゆっくりと向けさせると、スープを口の中に含み、彼女の口の中へ流し込んだ。

 彼女は僕のなすがままに従っている。

 喉がゆっくりと鼓動しスープが彼女の胃の中に消えていく。

 続けて、パンを小さく千切り、彼女の口へ運ぶ。彼女は可愛らしい小さな口を開きパンをついばむ。


「後は独りで食べられるね」

「いや」

「食べないと身体が持たないよ」

「…、じゃ、食べさせて」


 パンを千切り彼女の口に運び、スープを口移しで彼女に食べさせる。それを何度か繰り返し、異世界での初めての食事は終わりを迎えた。


 そのあと、また、泣き始めた彼女を優しく抱き締めあやし続ける。

 文武両道、眉目秀麗な辣腕冷徹生徒会長として噂されていた学園での彼女の面影は全くなく、気の小さな甘えん坊の可愛らしい女の子にしか見えなかった。

 僕はそんな彼女の頭を撫で続けた。

 僕らは互いに抱き合ったままいつの間にか眠りにつき、そのまま朝を迎えた。


 朝、お互い顔を真っ赤にしながら、朝食を食べる。

 昨日の自分の行動を思い起こすと恥ずかしくて彼女の顔を見れない。顔から異常に熱を発しているのが感じられる。


 朝食のメニューはやはり固いパンとスープだけ。朝食はお互い自分自身で食べている。パンは相変わらず固くスープは薄い。


「不味いわ」

 今まで無言でいた彼女が呟く。

「そうだね」

 と僕が返す。


 正面にいた彼女はしずしずと僕の隣に移動し、僕の方に身体を寄り添わせながら残りの朝食を食べ始める。

 食べ終わると僕の片腕を抱き締め、甘えてくる。彼女の顔には涙の跡が見えた。僕はそのまま彼女を抱き締め、背中を優しく擦り続けた。

 そんな二人だけの心休まるひと時は、訓練の呼び出しで終わりを告げる。



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