第8話 魔物との実戦

 こちらの世界に召喚されて1ヶ月を過ぎた頃だろうか、魔物が住む森への遠征を行うことになり、そこで魔物との実戦を経験させられた。


 初めて倒した魔物はゴブリンだった。

 いきなり、草陰から2匹のゴブリンが先頭にいた僕と遥に襲い掛かってきた。訓練の成果か、剣で反射的に切り捨てることができた。

 更に続けて、2匹のゴブリンが襲い掛かってきたが、その2匹のゴブリンも難なく切り捨てることができ、計4匹のゴブリンを切り殺し、初めての戦闘は終了した。

 僕は戦闘の興奮の所為せいか身体が熱を帯びたような感覚と高揚感を感じた。 

 僕の感覚的にはそれだけであったが、遥は人型の魔物を切ったせいなのか、全身を震わせながら嘔吐おうとしていた。

 僕は彼女の背中を擦りながら、自分たちが置かれた境遇に想いを巡らせる。

 もし、戦場に行かされることになり、人を切り殺してしまった時、

『果たして、僕はどう感じるのだろう? その時、正常でいられるのだろうか?』

 不安な気持ちで頭の中が一杯になる。

 

『しかし、遥を守るためには、僕はこの世界で簡単に死ぬわけにはいかない。例え、人を殺すような場面に遭遇したとしても…』

 僕は遥を守るという思いをかてに、不安な思いを頭の中から無理矢理振り払う。

 

 一方、遥は、しばらくその身体を震え続けさせながら、嘔吐を繰り返していた。

 ようやく、遥の震えと嘔吐が治まり始め、思わず安堵していると、遥は自分の手を見つめだしては改めて震えだし、また、嘔吐する状態に逆戻りすることを繰り返していた。

 途中からは、吐き出すものが胃の中には無くなったのか、黄色い胃液だけが吐き出されていた。

 僕は涙と鼻水と胃液でぐしょぐしょになっていた遥の顔を優しく拭き上げ、口の中を水ですすがせる。その後、優しく抱擁し遥の背中をさすり続けていると、やっと、落ち着きを取り戻し、僕にその身を任せたまま、若干落ち着いた様子へと変わっていった。


 僕としては、遥をもう少し休ませていたかったのだが、騎士アーノルドが

「早くしろ。何時までそんな情けない姿をさらしている。そんなことで、戦場に立てると思っているのか。戦場は待ってくれないんだぞ」

といろいろ文句を言ってきたので、遥の手を引きながら、引き続き狩りを続けた。

 言い返したいことは山程あったが、隷属の輪のことを考えれば、このまま騎士アーノルドの言うことを無視することもできず、速やかに狩りを続行させるしか、僕らに選択肢はなかった。


 この後、僕と遥は、ビックボアとオークを倒した。

 ビックボアは軽自動車なみの大きさで僕達を見つけると、猪突猛進に突っ込んで来る。迫りくるビックボアの迫力は、トラックが猛スピードで突っ込んでくるような感じで、始めのうちは身をかわすのに精一杯だった。

 何度かビックボアの突進をかわすうち、ビックボアの突進は、迫力はあるものの、その突撃は一直線で、ビックボアが突撃してくるタイミングさえつかめれば、その突撃を躱すのは難しくないことに気が付いた。僕と遥はビックボアの突撃を躱す間際まぎわ剣戟けんげきを浴びせる戦法に終始し、確実にビックボアを傷つけながら、その体力を削り続けた。そんな作業のような一連の動きを10回近く繰り返しただろうか、ビックボアの動きは既に精彩を欠いていた。僕は、弱って来たところを見計らって、最後にとどめを刺した。


 今回のビックボアの狩りに当たって、何度となく繰り返される猪突猛進の突撃を避けることができたのは、1ヶ月間続けた訓練の成果と言っても過言ではなく、その結果として、身体能力の大幅な向上という異世界からきた迷い人によく見られるこちらの世界特有の成果を得られたのだと改めて実感した。


 また、オークの巨体もビックボアとはまた違った恐怖感を覚える迫力があった。

 初めてのオークは一匹だけの単体ではあったものの、口からよだれを大量に垂れ流し、威圧感ある姿で僕らの前に現れた。

 みにくい豚顔に、身をすくませる様な迫力の雄叫び、そして、丸太のように太い両腕が印象的で、更には、やたらにでかい身体と強烈な悪臭を漂わせたオークに僕らは恐怖感を覚えた。

 遥は初めて遭遇するオークの強烈な圧迫感に圧倒されたのか、

「ヒッ、ヒッヒー」

と悲鳴を上げると共に腰を抜かしたように座り込んでしまった。

 そして、その姿勢のまま、器用にも後退あとずさりし、目の前に現れたオークと距離を取ろうとしていた。

 そんな遥の姿をオークが目で追っている。獲物を見定めようとしているようだ。


 僕はそんな遥とオークの間に身を投じ、攻撃目標を遥からそらす。

 オークは邪魔に入った僕が気にくわないのか、再度、雄叫びを上げ威嚇いかくしてくる。

 オークが雄叫びを上げている間隙かんげきをつき、僕はすかさず魔力を練り上げ、10発程の石礫いしつぶてを生成させる。雄叫びを終え、こちらに突っ込んでくるタイミングで、オークの顔目掛けてその石礫を発射させた。

 石礫を相手にぶつける魔法は僕と遥が考えたオリジナル魔法だ。

 僕らは石礫の大きさを砂粒からサッカーボールほどの大きさのいずれの大きさにも生成できる。緻密な魔力操作と石礫の固さを泥から鉄球並みの固さまで変えることが可能な練度、そして石礫の飛行スピードを上げるため、石礫の形状にもこだわり、繰り返し繰り返し練習してきた。その成果を目の前のオークで試す。

 オークの顔にぶつける石礫の形状を弾丸型にその形状を変化させ、鋼鉄なみの固さをイメージし作り上げた石礫は、オークの目、口、鼻に何発もめり込んでいった。オークが石礫の攻撃を受け、うずくまった隙を逃さず、首筋に剣を突き立てた。

 オークはそのまま生命活動を停止させた。

 こちらの世界では余り使われていなかった土系統の攻撃魔法だが、石礫と剣のコンボ攻撃によりオークに完勝することができた。


「遥、大丈夫か?」

「うん、ヨースケありがとう」


 初めてのオークとの遭遇では、全く役に立たなかった遥ではあったが、次のオークとの遭遇時には、何と剣でオークの首を切り飛ばしていた。はっきり言って瞬殺だった。先程の僕の頑張りは何だったのだろう…


 でも、遥はオークとの遭遇後、何時にもまして僕の傍に寄って離れなくなってしまった。

 ちょっと、狩りをするには動きにくく困るところもあったが、何時にも増して遥のその様子が可愛くて、ちょこちょこ遥の頭を撫でていたら、

「緊張感が足りぬ!」

と騎士アーノルドに怒鳴りつけられ、僕も遥も殴られた。

 騎士アーノルドの理不尽さに、遥がその身を震わし泣き始め動かなくなってしまったので、そのまま、抱きしめ、慰め続ける結果となってしまった。


「おのれ、リア充共め、滅びろ」

とアーノルドが何やら呟いていたようだったが、再び殴られなかったことに、僕はほっとしていた。


 昼飯代わりに、ビックボアとオークを森の中の休憩地で、遠征隊のみんなで、火を起こし焼いてで食べたら、目茶苦茶旨かった。

 日頃の固いパンと薄いスープとは大違いで、遥は嬉し涙を流しながら、魔物の肉をほおばっていた。

 涙を流すことが多い遥だが食いしん坊の遥も結構、可愛いかなと僕は思った。



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