第7話 変化と成長

 朝は千切ったパンを手に取り互いに食べさせあいながら、二人並び、身を寄せあっての朝食。昼間は体力作りのほか武術と魔法の訓練、会話、読み書きの修得。そして、夜は僕の身体の上半身を彼女に拭いてもらのが日課となっていた。

 最後は、夜の食事を二人で食べさせ合いながら、時には口付けも繰り返し、互いに抱き合いながら眠る。

 そんな日々が続いた。


 訓練後の夜の時間だけが二人にとって最も気の休まる時間だった。

 互いの呼び方も「遥」、「ヨースケ」といつの間にか名前で呼び合う関係に変わり、遥は僕に、とことん甘え、依存した。

 元の世界の眉目秀麗びもくしゅうれい辣腕らつわん冷徹れいてつ生徒会長の面影は全く感じられない。唯々ただただ、僕に依存する寂しがりやで甘えん坊の女の子になっていた。

 僕はそんな彼女が可愛くて可愛くて、

『必ず遥を守る。そして、遥を元の世界に返してやる』

と強く心に誓うのだった。


 訓練もだんだん激しさを増す。

 訓練を始めて、1週間程、経過した頃、剣の訓練に模擬戦が加わった。

 騎士アーノルドとの1対1の模擬戦では、僕も遥もコテンパンにやられた。相変わらず、訓練中にアーノルドから理不尽な難癖なんくせをつけられて、殴られるのは変わらなかったが、理不尽に殴られた傷のほかに、模擬戦による傷も加わった。

 僕も遥も痛いのは嫌だったので必死に戦い、訓練も真面目に取り組んだ。


 遥は魔法だけでなく剣や弓も上手だった。何でも、元の世界で多少の経験があるらしい。

 しかしながら、剣や弓は兎も角、魔法が上手になる経験て何だろう…

 現代日本で魔法は無いだろう。まさか、遥は極度の厨二病だったなのだろうか?大原学園が誇る眉目秀麗辣腕冷徹生徒会長が実は厨二病だったなんて…

これがギャップ萌えか…


 まぁ、不可解なこととは思えなくもない部分があるものの、遥は本当に何でもできる良い娘だ。騎士アーノルドの剣を避けるのも上手い。僕も遥に、動きのコツを教えてもらいながら、騎士アーノルドの剣を避けれるようコツコツと訓練を繰り返し続けた。


 始めのうちは、模擬戦で、教官である騎士アーノルドの剣を全く避けることができず、はっきり言って、サウンドバック状態だった。

 僕は遥にアーノルドの剣を避けるコツを教えてもらいながら、避ける練習を繰り返していると、2週間程、経った頃から、アーノルドから1本取れるようになり、更に訓練を続けていくと、かなりの確率でアーノルドに勝てるようになってきた。

 何時の間にか剣の腕が上達していたようだ。

 最も、僕よりも遥の方が上達は早く、彼女がアーノルドに模擬戦で負けることは既に無くなっていた。

 だがしかし、一方のアーノルドは、自尊心に触れたのか、僕らとの模擬戦はし無くなり、僕らの訓練を監督するだけの存在へとなっていった。

 そして、模擬戦形式の訓練は僕と遥との2人切りだけでの訓練に変わった。


 魔法の訓練は、魔力操作の練習を繰り返したあと、火、水、風のかたまりを魔力で具現化させ、的に向かって打ち込む作業を繰り返しやらされた。魔力が尽きると座卓での講義を行い、終了となった。

 座卓での講義は魔法だけでなく、読み書き、この世界の地理、歴史、教養等様々な分野に及んだ。

 聖女シルビアは僕らを殴ったりすることはなく、何時も治癒ちゆ魔法で僕らの怪我や疲労をいやしてくれた。

 そしてシルビアは僕らに治癒魔法も教えてくれた。

 僕は早速治癒魔法を使いまくった。そして、訓練で傷付いた遥の身体を癒すのが、僕の日課になった。


 聖女シルビアは、時折、僕に微笑み掛けてくれる。

 彼女の整った顔で微笑み掛けられると思わずドキリとするのだが、召喚された理不尽な行いに未だに納得がいかない部分が、心のしこりとして残っているのか、彼女と仲良くなる気には到底成れなかった。

 特に、遥は、思いっきり、塩対応だった。

 遥が言うには召喚の恨みだけでなく、俺に色目を使うのが、とにかく気に入らないと言っていた。


「それは無い」

と否定するのだが、明らかに不満気な顔をして

「分かってない」

と意味不明なことをのたまわっていた。


「僕が今一番大事なのは『遥』だけだ」

と言ったら

「勝った」

と言って機嫌が良くなっていた。

『何に勝ったというのだろうか?意味不明だ…』


 聖女シルビアに対する感情はともかく、二人とも訓練だけは真面目にやった。

 戦争に駆り出され、弱ければ死ぬ運命に成る未来しかない事を、騎士アーノルドや聖女シルビアから常にさとされ、僕らも、当然その可能性は高いだろうなと、漠然ばくぜんとではあるものの、薄々感じてはいたからだ。

 そして、弱ければ遥を守ることはできない。自然と訓練に力が入っていくのは当然の帰結だった。

 戦場で僕らだけ、相手が手加減してくれて、おまけに殺さないでいてくれることなど、あり得ない。戦場は、勝つか負けるかを賭けたお互いの戦いの場だ。

 何てたって、誰だって油断すれば殺されてしまうのが戦場なのだから…


『とにかく遥を守りたい。そして、二人で元の世界に帰る。それまでは死ねない。だから死なないように強くならなければ…』

 その思いが、僕が日々の訓練に力を注ぎ続けることができる大きな要因となっていた。


 ただ元々の能力の差なのか、剣の熟達度は遥の方が高かった。さすが、元の世界では、眉目びもく秀麗しゅうれい文武両道辣腕らつわん冷徹れいてつ生徒会長とあがたてまつられたほどの実力者である。

 実際、元の世界では、剣道や合気道そして弓道などもたしなんでいたようで、運動音痴で帰宅部男子の僕とは元々の性能に大きな差があるように感じた。

 でも周りの友人達から体力馬鹿と言われた持久力と彼女を何が何でも守りたいという強い意志が、彼女には及ばずながらも、日々の確実な成長を、結果的には、もたらしていた。




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