第9話 日常

 今回の遠征で、森の中で狩ったビックボアの肉を持って帰ってきた。

 同行していただけで、特に何もしていない騎士アーノルドに、ビックボアの肉を半分ほど取られてしまったが…

『どうせ隷俗の輪の所為で逆らえないのだから、全部持ってかれないだけ、良しとしよう』

 僕は気持ちを切り換え、大人しく引き下がったのだが、遥は気にくわなかったようだった。

 騎士アーノルドが大嫌いなためか、或いは、森で食べた肉の味が忘れられなく、肉に固執して食いしん坊ぶりを発揮していたのかは不明ではあるが、騎士アーノルドに食って掛かろうとした。

 食いしん坊の遥も可愛いとは思うものの、隷俗の輪の呪文を使われたら、また、遥の身に危険がさらされると思い、慌てて遥をなだめた。


 遥は、本当は気が弱いのに、たまにスイッチが入ると、とても怒りっぽくなる。

 そんな遥を宥め、僕らは聖女シルビアの許を訪ねていく。

 僕らは聖女シルビアへ差し入れ用の肉を渡した。


「ヨースケ殿、遥殿、わざわざ差し入れを頂きありがとうございます」

とお礼を言われたあと、今日の狩りの様子を聞かれた。


 始めは戸惑う部分も多かったが、ゴブリンとビックボア、そして、オークを狩ることができ、今日一日を無事に終えられたことを伝えた。

 そして、シルビアから教えてもらった魔法が狩りの時や休憩時の自炊の時にとても役に立ったことを伝えると、

「それは良かったですね。魔法は攻撃時だけでなく生活の中でもとても役に立つものです。早速、あなた達のお役に立った様で、私も一所懸命教えた甲斐があったというものです」

と嬉しそうに返された。


「でも、慢心は命を落とすことに繋がりますから、くれぐれもお気を付けください」

と諫めの言葉もシルビアから贈られた。


「ヨースケは慢心しない」

 遥がムッとした様子でシルビアに言い返した。

 普段、シルビアに対して無口な遥が言い返すのは珍しい。遥は基本的に人に対しての無関心なことが多いが、僕のことが絡むと何だか怒りっぽくなる感じがする。

 また、何故か、シルビアには突っかかることが多い。


「そうですか。それならば宜しいのですが」

 シルビアは特に気にした様子も見せず、大人の対応で返してきた。

 

 確かに、僕は森の中では慎重に狩りを進めていった。

 遥を無事に元の世界へ帰すまでは、決して気を抜くことはできない。僕自身力をつけていくためにひたすら努力を積み重ねていかねばならないと考えている。

 しかしながら、遥の安全は確実に確保したい。そんな僕の考えに即して、森での狩りは慎重に慎重を重ね行動した。

 同行の騎士アーノルドから遅々として森の中を進んでいく僕たちに痺れを切らし、もっと大胆に狩りを進めていけと何度も言われたが、僕は遥の身にもしもの事が無い様、遥の安全を第一に狩りを進めていった。


 実際、遥はオークに初めて遭遇した時は狼狽して使い物にならなかった。遥のことだけでなく、僕自身の実力も十分把握できていない状況で無理はできないと判断した僕は『石橋を叩いて渡る』を信条に行動せざるを得ない。

 また、遥は意外と調子に乗り易く、根拠もなくグイグイ進んでいくタイプだったので、逆に、僕はより一層慎重な行動を心掛けた。

 だって、もし、遥の身に若しものことがあったら、僕は悔やみきれないから…


 そのあと、僕達の世話係のアンナとメリーへも肉を渡し、今夜の料理に使って貰うようお願いする。


 聖女シルビアからは文字や言葉も習っている。

 その習ったことを、アンナやメリーとの会話の中で繰り返し使うことを心掛け続けた結果、大分、こちらの言葉を喋れるようになってきた。

 それに、アンナとメリーとも随分仲良くなったと思う。遥は殆ど喋らないが…


 アンナとメリーには、僕達の料理だけでなく他のメイドさん達や料理人達へもお裾分けしてもらうよう伝えると、

「何故か、ここ最近、食物の収穫量が落ちて来ているせいか、食糧の供給が一層厳しくなっているのでみんな喜びます」

と二人は嬉しそうに語っていた。


 若しかしたら、大昔からの噂通り、僕らを異世界召喚したことにより、大地の力が著しく衰えてしまったという影響なのだろうか…


 それはともかく、生きていく上で良好な人間関係の構築って大事だよね。

 特に人との繋がりが少ない僕ら異世界人にとっては…


 アンナとメリーが晩飯を運んで来たとき、みんなすごく喜んでいて、二人にお礼を伝えて欲しいと言付かってきたと言っていた。


 僕らの、今日の晩飯のスープには、肉の塊が3個も入っていた。

「美味しい」

 遥が笑顔で呟く。

「良かったね。また、狩ってこようね」

と僕は遥にささやき掛ける。


 遥の笑顔のためにも、また、森で美味しいお肉を狩ってこようと、改めて心に誓う僕であった。

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