第6話 二日目の夜

 訓練終了後、あてがわれた地下の部屋に戻るとそのまま床に倒れ込んだ。

 身体中の筋肉が崩壊したような痛みが走り続け、呼吸による胸の動き以外、しばらくは身体を動かすことは出来なかった。


 なんとか身体が動くようになると、聖女シルビアから教えてもらった水場へ向かい、汗と泥で汚れた身体を拭くための水汲みを始めた。

 侍女のアンナとメリーには、汚れがひどく、大量に水が必要なので自分たちで水汲みをして汚れと汗を流すことを伝え、後片付けだけをお願いした。


 部屋に運んできた水を使い、始めは阿倍さんから身体を拭いてもらった。

 その間、僕は後ろを向き、彼女に裸を見ないようにしていたが、何故か自分の唾を飲み込む音と心臓がバクバクする音が部屋中に響いている気がして、気が気でなかった。


 次に彼女に後ろを向いてもらい僕自分の身体を拭き始めた。


「わっ」

 背中に冷たい感触が走る。

 阿倍さんが、阿倍さんが、阿倍さんの白魚のような手が、僕の背中に触れてくる。


「えっ、な、何してるの」

「背中を拭いている」

「…」


 僕は『そういうことじゃなくて』という心の中の叫びを抑え、無言で返す。

 恥ずかしさからか、顔に熱を帯びているのが感じられる。

 気が動転しているのか、どうしたらいいのか、考えが全然まとまらない。まるで自分の身体が石にでもなったように硬直しているのが分かる。

 僕の身体を拭くために、添えられた反対側の手が僕の身体に触れてこそばゆい。

 背中を拭く布を持っている彼女の手が時折、身体に触れる感触、これもまた心地よい。

 更に、たまにかかる彼女の吐息が僕の頭をのぼせ上がらせる。


「あっ、あん…」

 彼女の吐息が…、艶めかしい声が…、僕の頭の中に甘いしびれのようなものが浸みわたっていく。


「前も拭いてあげる」

 もう、何もかもが分からない。思考能力が完全にフリーズし、固まっている間に、後ろも前も彼女に拭き清められてしまっていた。


 途中、彼女の目線が、時折、ちらちらと下の方に向いてたが、僕は何も言うことができず、唯々ただただ、恥ずかしかった。

 彼女からは、特に何も言われなかったので、思わず安堵した。


 晩飯は何時ものパンとスープだ。

 彼女は上目遣いに下から見上げながら、

「今日も食べさせて」

とパンとスープを僕に差し出し、僕の正面にしずしずと近づき、座る。

「うん」

 僕はうなずき、スープを口移しで飲ませる。スープを飲ませた後はすぐにパンを千切り彼女の小さな口に運ぶ。彼女はついばむようにパンの欠片を口の中に入れる。

「パン固い、スープ」

と呟く。

 僕は空かさずスープを口に含み彼女の口の中に優しく流し込む。

「今度は私がやる」

 彼女はパンを千切り口に加えると僕に口移しで食べさせようとする。

 僕が口を開け、彼女が加えているパンを受け入れると、遥は舌を巧妙に動かし、僕の口の中へパンを押し込んでくる。彼女の舌が僕の口の中で暴れまわり、粘膜の部分に触れる度に、口の中から脳内へしびれるような恍惚的こうこつてきな感覚が走る。思わずギュっと彼女を抱き締めてしまった。彼女は僕に抱き締められたままの格好で、その手で僕の頭と首を抱え込む。そして、優しく、口付けを繰り返す。

 二人でしばらく口付けを交わした後、彼女はパンを差し出し

「今度は、私に食べさせて」

と上目遣いに呟く。

 僕は彼女に引き寄せられるように彼女に改めて近づき直すと、パンの欠片を口移しで彼女の口の中に入れ、今度は僕が舌を使って彼女の口の中にパンの欠片を押し込む。

 そんなただれた雰囲気で、二人だけの食事を楽しむ。パンとスープが無くなると、口付けを繰り返し、互いに抱き合いながら眠りについた。


 食事の後から眠りにつくまで、さほど、時間は掛からない。

 昼間の厳しい訓練による肉体的疲労と勝手に異世界へ召喚されてしまったという精神的疲労が二人を深い眠りに誘い込んだ。



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