死人使い編
第63話 死人使い 第一話
暗くて不快な森の中で目が覚めた僕は、いつにも増して倦怠感に襲われていた。寝起きはいつも悪くはないのだけれど、今日に限っては体が鉛のように重い。このまま寝ていると、徐々に地面にめり込んでいってしまうのではないかと思うくらいに体が重く感じていた。いつの間にかデバフをかけられているのではないかと思うくらいに体が動かなくなってきているのだけれど、僕にかけられているだろうデバフを解除しようにも僕の魔法は不発に終わってしまった。僕にも解けないようなデバフがあるとは思えないので、他にある可能性とすれば、僕が寝ているこの場所の重力が異常に強いのではないかという事だ。つまり、僕にデバフがかけられているのではなく僕の周りの重力が異常になっているのだと思う。そうでなければ僕はこの問題を解決することが出来ないし、このまま体が重くなっていけばやがて意識を失ってそのまま死んでしまうだろう。この世界に来てやったことが目を開けただけで終わってしまうのは僕としても本望ではない。僕が使える魔法の中にこの状況で使えそうな魔法と言えば、重力を操る魔法があったはずだ。今まで一度も試したことは無いのだけれど、失敗したとしても違う世界に行くだけだと思う。みさきに会えないままこの世界からいなくなるのは申し訳ないと思うけれど、僕が死んだらこの世界はちゃんと崩壊するのかも心配になってしまう。それにしても、だんだんと思考が鈍くなってきているようだし、まだ意識がハッキリしているうちに試すだけ試してみよう。呪文なんてどうでもいいので、僕の周りの重力を通常の半分くらいに変えてやる。
再び僕は意識を失っていたみたいなのだが、先程とは違って体に倦怠感は無かった。むしろ、全身くまなく栄養が行き届いているような清々しさもあったのだった。いつもより体が軽くて気分もいいのだけれど、それは僕の周りの重力がいつもの半分くらいの強さでしかないためだろう。
きっと、意識を失ったのも急激な重力の変化に体がついていけなかったからじゃないかなと思うのだけれど、今となってはどうでもいい事だ。
清々しい気分で見える景色はとても素晴らしいもので、いつも見ていた近所の森よりも何倍も綺麗だと思う。空気自体も美味しいし、僕を襲おうとしている魔物が僕にたどり着くことなく強力な重力に押しつぶされているのも愉快だった。魔物は何体も重なっているようなのだが、全て潰れているので正確に何体が重なっているかはわからない。数えたところで何も意味は無いので気にしないことにするのだが、僕を中心として半径三十メートルくらいは強力な重力の区域になっているようだ。その区間は僕が動けば自動でずれているようで、僕の移動に合わせてそこらへんに生えている木や草花も潰されてしまっていた。少し申し訳ない気持ちになっているのだけれど、これは僕が好き好んでやっている事ではないので許していただきたい。それに、襲ってくる魔物もちゃんと潰されているので問題はないと思う。断末魔も出せないくらいの勢いで潰れているので襲ってくる魔物が減らないのは少し問題かもしれない。
しかし、この状況がいつまでも続くというのは何かと不便になりそうだし、どうにかしてこの状況を打破する必要もあるのだ。と言っても、その方法は何も思い浮かばないし、そろそろお腹も空いてきたのだが食べる物も無い。とにかく、どうにかして僕の周りの重力を通常の状態に戻すことが出来ないのだろうか。先ほどのように僕の周りの重力を変化させたとしても変化しきったところから三十メートルくらいが強力な重力の区域になっているだけなので、何の意味もないのだ。
このままでは何も出来ないなと思っていると、いつの間にか僕のすぐ目の前に体が崩れかけている男が現れた。全く気付かなかったのだが、少し腐敗しているような臭いもしていたのですぐに殺してしまう事にしよう。死体っぽいし火葬してあげるのが一番かな。
僕は出来るだけ高温の炎を出して火葬してあげたのだが、腐敗していた男が完全に灰になったと思っていると、また別の男が僕の前に現れた。
今度は腐敗はしていないのだけれど、上半身だけで下半身のない男だった。これも新たな敵だと思って火葬してあげたのだ。完全に灰になってもう済んだなと思っていると、今度は腹に大きな穴の開いている男が立っていた。
こんなに大きな穴が開いているのに立っている男が不思議で見ていると、目の前の男は少しほっとしたような表情で僕に話しかけてきた。
「君に少し聞いて欲しいことがあったんだけど、やっと攻撃が止まったんで良かったよ。僕はエドラ。とある理由があってこの死体の体を借りているんだけど、僕の話を聞いてもらえると助かるよ。君は僕の体を二つも燃やしちゃったけど、それはある意味仕方のない事だと思うよ。僕だって目の前に腐敗しかけの死体が現れたら燃やすと思うし、上半身だけの男が現れても燃やしちゃうと思うよ。ただ、残念なことに僕にはそんな魔法は使えないのだけどね。そうそう、説明が遅れちゃったんだけど、僕は人間の死体を自由に操ることの出来る秘術士さ。本当だったら君の前に出向いてお願いをしたいんだけど、僕は人前に出ることは出来ないんだよね。それに、僕の姿を見た者は無事ではいられないんだ。あ、僕が強いとか相手を殺しちゃうって事じゃなくて、僕の姿があまりにも醜いから一度見たら脳裏に焼き付いて離れなくなっちゃうってことだよ。でもね、僕はそれを自分から望んでなったのだよ。死体を操る秘術を使う代償だって知っていたからね。それにさ、僕はこうして人の死体を使って誰かと話すことも出来るし、気にすることでもないと思ったのだよね。ところがだ、それにも重大な欠点があって、僕が手に入れることの出来る死体は綺麗な姿で死んでいることなんてないってことなんだよ。この森に迷い込む人自体も少ないし、そのまま死ぬ人だってほとんどいないんだよ。みんなこの森に迷い込んだって気付いたら逃げちゃうしね。時々死んでくれる人もいるんだけど、君が見たみたいに腐っていたり体が二つに避けていたり、この人みたいに腹に大きな穴が開いていた入りね。他には三体しかいないんだけど、それはとてもじゃないけど人前に出せるような状態ではないんだよね。そうだ、そんな事はどうでもよくて、君にお願いしたことが三つあるんだけど、よかったら聞いてもらえるかな。まず一つ目なんだけど、君が受けている重力変化の魔法の使い手である悪魔を探してほしいんだ。僕は目標がわかればどこにでも死体を移動させることが出来るんだけど、その場所自体がわからないとどうにもできないんだよね。今だって君が目立つ行動をしていたからわかったのだけど、重力変化を行える悪魔を見付けて教えて欲しいんだ。僕にはその悪魔を倒せる切り札があるから大丈夫なんで、場所だけ教えてね。二つ目と三つめはそれが終わってからお願いすることにするよ。何か僕に聞きたいことはあるかな?」
「とくにはないけど、あんたに協力して何かメリットはあるのかな?」
「君にメリットがあるかと言われたら、その極端な重力変化が無くなるってことくらいかな。後は、特にないかもね」
「あんたは交渉が得意じゃないだろ。でも、僕も今の状況は良くないと思うから協力することにするよ。で、その悪魔の見た目ってどんな感じなの?」
「僕も直接見たことが無いので噂でしか知らないんだけど、三人の魔女が一つにくっついているような姿を想像したらいいって言ってたよ。三人がくっついているってどういう状況なのか想像もつかないけど、見たらそうとしか言いようがないって言ってたよ」
「あ、それならこっちを見てる奴がそうだと思うから、ちょっと話を聞いてくるよ」
森の奥から僕を見ている三人の女がいたのだけれど、近付いてみてみると足は四本で体は二つに手は六本で顔が三つある女が物陰から僕を見つめていた。
確かに、エドラが言っていた通りで三人の魔女が一つにくっついているように見える。僕とともに移動している重力の強い区域を全く気にしていないという事もあるが、この人がエドラの探している悪魔で間違いなさそうだ。
「君が僕の周りの重力を操作して強くしているのかな?」
「はい、そうです」
「どうしてそんな事をしたのかな?」
「あの、好きだからです。一目惚れしました。私達、あなたの事が好きです」
僕の能力は悪魔に対してもちゃんと有効なんだなと改めて思い知らされた。僕とこの悪魔が話をしている時に現れたエドラの操る死体は悪魔に触れた瞬間に体が弾け飛んでいた。いったい何がしたかったのかわからなかったが、僕とこの悪魔が話している間は新たな死体が出てくることは無かった。
切り札っていったい何だったのだろうか。こうなってくると、気になって仕方がない。
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