第64話 死人使い 第二話

 僕に惚れたこの悪魔は何故か僕の周りの重力をより強くしてしまった。僕に誰も近付けないようにすることが目的だとは思うのだけれど、そんな事をされたところで僕には何の影響もないのだ。僕に誰かが近付いたとしても何も変わらないし、目の前にいる悪魔を好きになるわけでもないのだ。それを伝えようとしても、こいつは僕の話を理解しようとする気持ちはさらさらないようだった。


「私は自由自在に重力を操ることが出来るのです。でも、そんな事をしても何の意味もないという事を知りました。私の心はあなたにひかれてしまったのです。どうしてでしょう。こんな気持ちになったのは初めてなので上手く気持ちを伝えることは出来ませんが、私だけのものになってください。せめて、私と共に歩んでください。それが無理なら、私があなたを殺して一つになります」

「君がどれくらい強い悪魔なのか知らないけど、僕を殺すことなんて無理だと思うよ。君の重力を操る力も僕は完璧に対策を取れているし、何か他に手があったとしても僕には君の魔法は一切効果が無いと思うよ。それに、そこにいる死人使いの人が君を殺す切り札を持っているそうだからね」

「ああ、私の気持ちに答えていただけないなんてなんて悲劇。いや、悲恋と言っていいのでしょうか。ですが、私もかつては神の一柱として数えられた身でありますし、そのプライドにかけてもあなたを振り向かせてみせますわ。死人使いの切り札なんてたかが知れている事ですし、私はあなた様のその身も心も全て頂くことをここに誓いましたので、何も恐れずに私にその身をゆだねてくださいね」

「たかが死人使いと侮ることなかれ、僕の研究の全てを今ここで君にぶつける。覚悟なんてしなくていいんで、黙ってさっさと死にやがれ」


 僕と悪魔の間に突然現れた新たな死体ではあったけれど、今まで見てきたどの死体よりも体が大きく鮮度もよさそうな死にたてのように見えた。怪我をしている部分も何か所かあったのだけれど、その傷跡から血がしたたり落ちているところを見る限り、この死体はまだ完全に死んではいないように見えたのだけれど、そうなると死人使いと言うアイデンティティはどうなってしまうのだろうか。そんな事はどうでもいいか。

 死人使いの操る死体はそのまま悪魔に抱き着くと、その大きな体をさらに大きく膨らませて、そのまま爆散した。

 強烈な衝撃波が僕を襲っていたのだけれど、不思議とバラバラになった血肉を僕は浴びることは無かった。なぜなのだろうと思ってまじまじと見てみると、悪魔の周りと僕の目の前に大きな血だまりが出来ていて、そこに爆散した死体の血肉が全て集まっているようだった。


「爆発するって発想は良いかもしれないけど、予備動作が大きすぎて対策立て放題じゃない。それに、汚い肉片をこの人に浴びせようなんて本当に我慢できないわ。こんなんで私を殺せると思っていた事よりも、私の大事なこの人を汚い血肉で汚そうとしたことの方がムカつくわね。今からあなたの本体を探し出してバラバラにしてあげようかしら。私はこう見えても気が長い方じゃないんで、覚悟してもらえるかしらね」


 悪魔は僕にも被害が及びそうだったことで怒っているみたいだったけれど、僕はそんな事を気にしなくてもいいんじゃないかなと思っていた。死体の血肉で汚れることは全然嬉しくないけれど、目の前で爆発する死体を見れたというのは少し変わった経験で面白かったのだ。また見たいかと言われれば見たくはないのだけれど、誰か他の人に体験してもらうのは面白そうだなと思ってしまった。


「うまく隠れているつもりかもしれないけれど、私の目は誤魔化せないわよ。今までは小物だからって見逃してあげていたけれど、私の大切な人を傷付けようとした罪は償ってもらわなくちゃね。いくらでも逃げていいんだけど、見つかるその瞬間を震えて待っているがいいわ」

「あの、そんなに真剣に探さなくても大丈夫だよ。僕の事なら気にしなくていいから」

「え、あんな目に遭ったのに気にしなくていいなんて、あなたはなんて優しい人なの。どうしてそんなに素晴らしい事を言えるのかしら。それに、よく見なくても素敵な人」

「それとさ、僕の周りの重力を元に戻してもらえないかな?」

「ごめんなさい。それは出来ないの。だって、それを解いてしまうとあなたの周りに余計な虫が湧いてしまうでしょ。あなたみたいな素敵な人を他の人の前に出すことなんて私には出来ないわ。だから、これからずっと私があなたに誰も寄り付かないようにしてあげるからね」

「それは困るんだけどな。このままだったら僕は何も食べられなくて死んじゃうよ。食べ物も全部潰れちゃってるからね」

「そうだったわね。あなたは人間だからちゃんと栄養を口から取らないと死んじゃうかもしれないのよね。でもね、あなたは普通の人間と違うように見えるのだけれど、それって私とは違う悪魔の力を持っていたりするのかしら?」

「そうだと思うけれど、それがどうかしたのかな?」

「いや、いいの。私以外の悪魔の力をその身に宿していたっていいの。だって、私の力でそれを上書きして消してしまえばいいのだからね。あなたの中から私以外の悪魔の力を全て書き換えてしまえば済む話ですもの」

「ん、君の重力を操る力って魔法なのかな?」

「そうだけど、それがどうかしたのかしら?」

「そうかそうか。魔法だとしたらありがたい。僕が君のその魔法をもらってあげるよ」

「え、私の全てを受け入れてくれるってことなのかしら」

「たぶん、君が考えている事とは違う感じだけど、そこは気にしなくてもいいよ。僕が君を楽に殺してあげるからね」

「あなたに殺されるのは本望だけど、人間のあなたに神であった私を殺すことなんて出来るのかしら。でも、あなたが私のために何かを一生懸命にしてくれるのは嬉しいし、それが出来ないとしても私は全部受け止めるわ。ねえ、今更なんだけど、名前を教えてもらえないかしら」

「僕の名前は正樹だよ。君が最後に見る人間だと思うけど、気にしないでね」

「正樹さんね。私はヘカテーよ。ただの人間が私の命をどうこうするなんて無理な話だとは思うけれど、正樹さんがたくさん頑張ってくれるというのなら、それに期待するしかないわね。でもね、本当に人間の力じゃ無理だと思うのよ。人間が到達できる限界なんて、私達にしてみれば生まれる前に通り過ぎた場所みたいなものだしね。ほら、あなたの魔法がどんなに凄くたって私に傷一つ付けることなんて出来ないわ。傷一つ付けることなんて出来ないのに、私の右手の手首から先が無くなっているんですけど。一体どういうことなのよ。それに、なんだから体が熱いと思っていたら、左手が燃えてるじゃない。どうして人間のあなたの魔法が私に届いているのよ。いいえ、届いていたって効果があるはずがないのに。こんなのおかしいわ。さては、魔法ではなくて何か他の力を使っているわね。それを確かめてみましょうね。って、私の足が動かないと思ったら凍り付いてしまっているじゃないの。このままじゃ動けないし、何も出来ないじゃない。でもいいわ。私には重力を操るだけじゃなくて他にもたくさん魔法が使えるんだからね。さあ、正樹さんには申し訳ないと思うんだけど、私の魔法で楽にしてあげるからね。あれ、私はいったい何をしようとしているのかしら。正樹さんはどこにいるの。ねえ、何も見えないし聞こえないよ」


 僕は色々な魔法を試してみたのだけれど、最後に試してみた空間を移動させる魔法は失敗に終わってしまったようだった。

 うまく行った場合は僕の右手にヘカテーの首から上だけを移動させて、自分の体が崩壊していく様子を見せようと思ったのだけれど、鼻から上がどこか別の次元へと移動しただけで僕の手元に出現させることは出来なかった。鼻から上を切り取るイメージは出来たのだけれど、僕の手元に取り出すイメージが上手くいかなかったのが敗因だろう。次は首から上が上手く移動するようにイメージを固めないとね。

 

「ちょっと待ってください。僕の爆裂死体が全く効果が無かったのに正樹さんの魔法がバリバリ効いているってどういうことですか。あの悪魔を苦もなく殺しちゃうなんて、正樹さんっていったい何者なんですか?」

「僕はただの人間だよ。ちょっとだけ悪魔の力をもらっているけれど、人間と何も変わらないんじゃないかな」


 なんて言ってみたけれど、僕は普通の人間ではないという事は自分でも理解している。


 あくまでもにんげんなんだからね。

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