鈴木愛華の話 2
第62話 鈴木愛華と幸せの鐘
私がみさきタンに会えないのはあの男のせいではないのかもしれない。あの男は私からみさきタンを奪っていったのだけれど、みさきタンはそれでも満足しているように見えていた。
あの男の妹の唯ちゃんはみさきタンの事が好きではあるけれど、それはどちらかと言えば尊敬しているといった感覚の好きであって私の抱いている好きと言う感情とは別のモノだろう。唯ちゃんは極度のブラコンだと思うのだけれど、本人はそれを自覚しているのか無意識なのかわからないような際どいラインを狙って行動している。と、本人は思っていそうなのだが、私から見るとそれはお兄ちゃんが好き好き大好きという感情を隠しきれていない。もしかしたら、私もみさきタンに対してそんな風になっているかもしれないのだけれど、そんな事は今更気にしても仕方のない事である。
どうしてこんなことを考えてしまっているのかと言えば、私が今居る場所に原因があるのだ。いつの間にか意識を失っていたようで、気が付いたらみさきタンも唯ちゃんも糞虫も私の前からいなくなっていた。その代わりに、私の目の前には無数のカップルが長蛇の列を形成して祝福の鐘と言うのを鳴らそうとしていた。
祝福の鐘と言うからには恋人同士を祝福してくれるものだと思っていたのだけれど、看板に描かれている説明書きを見ているとそうではないという事を理解した。この鐘は信頼しあっている者同士が紐を引くと綺麗な鐘の音が鳴り響くそうなのだが、どちらか片方もしくはその両方が相手を信頼していないと鐘は鈍い音を轟かせるそうだ。
私は一人なのでこの鐘を鳴らすことは無いのだけれど、先ほどから聞こえている音はとても綺麗な音とは言えないような重低音が体を襲ってきていた。この世界では体に響くような低音が良い音として認識されているのかなと思っていたのだけれど、鐘を鳴らし終わったカップルは険悪な感じになっているので信頼しあってはいなかったのだと理解できた。並んでいるカップルも鈍い鐘の音が響くと露骨に嫌そうな顔をしている者がいたり、列から離れようとして止められている者もいた。
もちろん、全てのカップルが鈍い音を出しているというわけではなく、そこそこの割合で綺麗な鐘の音を響かせているカップルもいたのだ。綺麗な鐘の音と言うだけあって、その音を聞くと心が洗われるような清々しい気持ちになっていたのだが、調子に乗って何度も何度も鐘を鳴らしていたカップルの鐘の音が不快な音に変わることもあった。何度も何度も繰り返し鐘を鳴らすことでどちらかの信頼を失ったのかもしれないが、ほどほどで止めて去り際を見極めることも重要なんじゃないかなと感じさせられるような出来事ではあった。
それにしても、このカップルはいったいどこからやってきているのだろうか。これほど長い行列はテレビでも見たことが無いし、私の地元ではまずありえない光景だろう。列の最後尾がどこなのか気になった私は見に行くことにしたのだが、いくら歩いてみても最後尾がどこなのか見えてくる気配すらなかった。
列を見ながら歩いていて気になってしまったのだが、この列に並んでいるカップルは人間同士だけというわけでもなく、私が殺した魔物に近い生物もいた。それに、天使や悪魔なんじゃないかなって見た目の人もいたのだが、そんな人達も文句を言わずに綺麗な列を形成しているという事に感心してしまった。
いくら歩いていても列の最後尾は見えてこないのだけれど、私の進む方向とは逆に列が進んでいるのでいつかは最後尾も見えてくるだろう。不思議と体に疲れは無いのだけれど、時々超えてくる綺麗な鐘の音が影響しているのかもしれない。不快な鐘の音はある程度離れた時から聞こえなくなっていたので、幸せな気持ちは不快な気持ちに勝っているのではないかと考えさせられることになっているのではないだろうか。
私がこの列の最後尾を見たいというのはただの好奇心ではあったのだけれど、ここまで来てしまったら意地でも最後尾を見てやろうと思うのだけれど、多くのカップルを見ていると一人で歩いているのがバカバカしくなってきてしまった。みんな私に興味なんかないというのはわかっているのだけれど、この列の人達を見ているとなんだか惨めな気分になってきてしまった。
そんな私を慰めてくれるみさきタンが傍にいればいいんだけどなと思っていたところ、私の隣には可愛い可愛いみさきタンがいてくれたのだ。
いつから隣にいたのだろうとか、どこからやってきたのだろうとか、どうして黙って立っているのだろうとか、そんな事はどうでもいい。
私の隣にみさきタンが立っている。それだけで私は十分満足なのだ。
みさきタンが隣にいる幸せを噛みしめながらも、ここまでくると一緒に鐘を鳴らしてみたいという欲求が生まれてしまった。人は何か一つ幸せを手に入れると新たな幸せを求めてしまう欲深い生き物なのかもしれない。そもそも、どんな生物だって一つの幸せで満足できるとは思えないのだが、今の私はここにいる人達と同じように鐘を鳴らしてみたいという欲求に駆られていた。
こうなってくると最後尾がますます気になってしまうのだけれど、ここから見ても最後尾はどこにあるのか見当もつかないくらい遠くに感じてしまっている。普通に歩いてもどれくらい時間がかかるかわからないし、車とか使うことも出来ないので歩くしかないのだが、他に最後尾に早く行ける方法はないだろうかと考えてみることにした。
結論から言うと、最後尾にたどり着けないのなら、最後尾を作ってしまえばいいのだ。私は並んでいる人達には申し訳ないと思いつつも、私達よりも鐘に遠い人達をこの世から追い出すことにした。
みさきタンは何もしてくれなかったのだが、みさきタンの手を汚すような真似はしたくなかったので問題ない。私はなるべく苦しまないように即効性の毒を列に並んでいる人たちに向かって放出した。
私は自分の毒に耐性を持っているので平気なのだが、みさきタンはそうではないと思うのでなるべく広範囲に広がらないように限定的に毒を散布することにしたのだ。なるべく苦しまないようにしたことによる効果なのか、倒れていく人達は皆幸せそうな表情であった。ここにいる多くの者が綺麗な音色を奏でることが出来ないと思うと、こうして恋人と一緒に死ねることは幸せなんじゃないかなと思っていたけれど、倒れている人達と私を交互に見ていた列に並んでいた人達は何故か私を襲おうとしていた。いや、私に攻撃を仕掛けてきていたのだけれど、その攻撃が私に届く前に皆死んでいった。天使も悪魔も人間も魔物も平等にその命を終わらせていったのだが、私とみさきタンが列に並ぶと列の後ろにいた人達はもういなくなっていた。
私が見たかった最後尾ではあったが、いざたどり着いてみると鐘までの距離が見えないのでどれくらい距離があるのかも判断がつかない。思っているよりも列の進みは早いのだけれどそれでも鐘は見えてこなかった。
みさきタンは相変わらずどこか一点だけを見つめているのだけで私の問い掛けには答えてくれなかった。話しかけても触っても何の反応も無く、少し敏感な部分を触ってみても何のリアクションも帰ってくることは無かった。それでも、私は幸せだった。
綺麗な音色はほとんど聞こえてこなくなっていたかわりに、不快になる音が聞こえてきたのは鐘が近付いている証拠でもあったのだが、隣にみさきタンがいるという事実が不快な音をそれほど不快と感じなくさせている要因ではないかと考えてしまった。
そして、いよいよ見えてきた鐘は私のテンションを急上昇させ、自分の番方やってくるのを今か今かと待ちわびていた。
いよいよ私が鐘を鳴らすときがやってきたのだが、鐘の前に立つと意外とリラックスして緊張感は無くなっているのだった。
ドキドキしながら紐を引くと、とても素晴らしい綺麗な音色が鳴り響いていた。こんなに綺麗な音色は今まで一度も聞いたことが無いというくらい素晴らしい音色が響いていた。
私の次に並んでいた人もいなかったので、私は飽きるくらい鐘を鳴らし続けた。
それでも鐘の音は綺麗なまま変わることは無かった。
私はいつでもいつまでもみさきタンの事を信頼しているんだからね。
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