第61話 子供好きの妖精 最終話
私がリツと離れ離れになったのはわざとではなく偶然だったのだが、ここの人達は真実から目を背けて私を非難することに全力を尽くしていた。そもそも、私がリツを殺す理由もないし、どこかに隠して監禁する理由もないのだ。考えられることがあるとすれば、リツと一緒にいた子供たちと妖精の話を聞くことだと思うのだが、私はあの場にいた子供たちの顔を一切覚えていないし、近くにいたとしても気付くことは無いと思う。それに、あの泉にいた子供たちはここの住人では無いようだった。少なくとも、ここの住人の子供は誰一人として今日は泉に近付いていなかったそうだ。
リツがいなくなったことも含め、それら全ては私を騙すための嘘なんじゃないかとも思っていたけれど、ここの人達がそんなに演技が上手いとも思えないので本当にリツはいなくなってしまったのかもしれない。私にも多少の責任はあるのかもしれないけれど、私と一緒に行きたいと言ったのはリツ自身であるし、それを止めなかったのはここにいる人達なのだ。私はリツを出来るだけ守ろうともしていたのだけれど、魔法も使えない私には離れてしまえば守る手段が無いのも事実なのだ。離れるなと言われればそれまでなのだが、元をただせば、私達についてくるはずの人をちゃんと手配しなかったドンポ卿にも非があるのではないだろうか。むしろ、自らの責任を果たさずに私に丸投げしているドンポ卿にこそ責任があるのではないだろうか。そう思っているのだけれど、彼らは口が立つ上に完全に私に責任を擦り付けようとしているのである。別に私が悪いと思うならそうすればいいし、こうしている間にもリツの身に何か起こっているのかもしれないというのに、ここの人達はリツを探すことよりも誰が責任を負うべきなのかという事だけに目が向いている。もっと心配すべき存在である母親までもがリツの身の安全を心配するよりも、自分に責任が及ばないかどうかの事を心配しているようだ。
そこが少し引っかかるのだが、ここの人達はリツがいなくなったことはそれほど深刻に受け止めていないのかもしれない。むしろ、いなくなってしまったのは予めわかっていたような感じすら受けてしまう。過去にも何人かの小さな子供がいなくなった事件はあったらしいのだが、その子供たちはどこに行ったのか誰も知らず遺留品は何も見つからなかったそうだ。
死人使いが何か知っている可能性もあるのだろうが、私はリツがいなくなった状況を整理して考えてみると、どう考えても妖精が怪しいと思う。むしろ、妖精以外にリツをさらった犯人はいないと考えるのが自然なのではないだろうか。それを説明しようとしても、ここの人達は妖精を信じ切っているのか誰も私の話に耳を傾けようとはしなかった。
「わかりました。皆さんはいなくなったリツの心配よりも、ご自身に責任が及ぶかと言ったことの方が心配なんですね。こうして意味のない討論をしている間にもリツの身に何かあるかもしれないというのに、皆さんは探しに行こうともしない。それはなぜですか?」
「みさきさんが何を言いたいのかはわからないが、単刀直入に答えよう。私達はね、みさきさん、あなたを信頼していました。信頼していたんですよ。でもね、信頼していたあなたが行った行動は、幼いリツを泉に残して禁忌の森へ一人で行ったというじゃないですか。禁忌の森の中にリツを連れて行かなかったというのは正しいと思いますよ。あの森はこの国の人間なら誰もが恐れる伝説もありますからね。でもね、リツを一人にして置いていくというのはどうもおかしな話じゃないですか。あんなに小さい子を一人で置いていくなんて正気の沙汰ではない。みさきさんの話では、他に何人もの子供と妖精がいたそうですが、その子供はいったいどこの誰なんでしょうね。そもそも、本当に泉に妖精なんていたんですかね。我々大人にに見えない妖精がみさきさんにだけ見えているのはどうしてなんでしょうね。どうです、そう考えると一つの答えが導き出されませんか?」
「私がリツに何かしたって言いたいんですか?」
「いいえ、私は何も言っていませんがね。可能性の話をさせていただくと、あなたは何か不思議な力で妖精に似た何かを作り出して、それを町の子供たちにだけ見えるようにした。子供たちは素直ですから、それを妖精だと信じ込んでしまっても無理はないでしょう。大人には見えないその妖精もどきは確実に子供の心をとらえるでしょう。自分の親には見えないのに自分だけは知っている存在。そんなものは子供からしてみたら夢のような話になるとは思いませんかね。ですが、それらは全てみさきさんが作り出したものだとしたらどうなんでしょうね。リツがいなくなったというのもみさきさんがどこかに隠しているだけかもしれないですし、ひょっとしたら、私が依頼して来てもらった人達を殺めたのもみさきさんなんじゃないですかね。これらは私の想像でしかありませんが、みさきさんがこの国で何かしようとしているんじゃないですか。それも、我々にとってとても良くない事をしようとしているんじゃないですかね?」
「どうでもいいですけど、その考えが正しかったとしてどうしてそんな回りくどい方法をとると思うんですかね。私が本気を出したらここにいる人達は何の抵抗も出来ないまま死んでいくと思うんですけど、わざわざ面倒な事をしてリツを隠したりする理由は何なんでしょうね。何か理由があると思っているんですか?」
「あなたが本当にそこまで強いのか疑問なんですがね。ちょっと試しに私のボディーガードと戦ってみませんか?」
「別に構わないですけど。その人達が死んでも私の責任じゃなくてドンポ卿の責任だってことで良いですかね?」
「ええ、構いませんよ。この者達は人の限界を超えているうえに強化魔法も何重にもかけていますからね。魔王自体が消えてしまった今、彼らの行き場のない情熱をぶつける相手を探していたところですからね。ちなみに、この者達は総勢十六名いるのですが、何人をお相手してくれるのでしょうね」
「一人一人は面倒だから、全員纏めてでいいですよ。この世界の魔王がどれくらい強かったのか知りませんけど、たかが人間が限界を超えて強化した程度なら問題ないですし。それに、魔法で強化されている状態の人を殺したらどれくらい強くなるのかなって気になりますもんね」
「随分と自信がおありのようですが、この者達の強さは見た目だけじゃ図り切れないとだけはお伝えしておきますよ。では、お望み通りに全員で行きましょうね」
そんなに強い人がいるのならこの人達を連れて行けばリツがいなくなることも無かったんじゃないかなと思っていた。思ってみたものの、この人達はリツのボディーガードではなくドンポ卿のボディーガードなので無理な話だったんだろうな。
それにしても、十六人も鍛えている人がいるというのに全く恐怖を覚えないもんだ。立っている姿や構えを見ても、それなりにやれるんだろうなと言うのは伝わってくるのだけれど、どこが強いのかさっぱり理解出来ないくらいの感じだった。見た目では判断できないと言われていたけれど、見た目以上に強そうには全く思えないんだよな。
十六人に囲まれている状況はなかなかないんだけど、屈強な男に囲まれるという体験はなかなかできないだろう。しかし、この男の人達はみんな他人よりも自分が好きそうに思えている。他の人の出方を窺うのではなく、自分がどのタイミングで攻撃するのがベストなのだろうか、そんな事を考えているように見えて仕方ないのだ。
私が一歩間合いを詰めると詰められた人は一歩距離を開けて、私が離れた人は離れた分だけ間合いを詰めてくる。前後左右どこに移動しても、移動した分だけ男たちの円が動いている。統率が取れているのか、みんなの得意な距離が一緒なだけなのかわからないが、そろそろ始めた方がいいと思って、私は一気に距離を詰めてみることにした。
いきなり目の前に現れた私に驚いたのか、正面に立っていた男の人は慌てて後ろに下がろうとして尻もちをついてしまった。その左右にいる人達も距離を空けようとして下がっていたのだが、私の後ろにいた人達も距離を空けていたのは少し面白かった。
まだ何もしていないのだけれど、これだけでも私よりこの人達が弱いというのは理解出来たかもしれない。それは私とこの人達だけの認識だったようで、外から見ているドンポ卿とその周りの野次馬たちはそんな事は知ってか知らずか、無責任にこの男の人達を煽っていた。
何かした方がいいのかなとも思っていたけれど、この人達とは違う別の場所から強烈な殺気が向けられているのを感じてしまった。私は立ち止まって殺気の向けられていた方をじっと見ていたのだが、動きが止まった私に攻撃をするチャンスが回ってきたと勘違いしてしまった男たちが一斉に私を殴ったり蹴ったりと好き放題し始めた。それ自体は別に痛くもかゆくもないのだけれど、これだけの数の男に攻撃されるとイラっとしてしまう。別に男じゃなくて女子供でもこれだけ好き勝手に攻撃されたらイラっとしてしまうかもしれないのだが、私は殺気を向けている方に注意を払いつつも少しずつ反撃をしていくことにした。
男たちの動きは見ていないのだけれど、感覚で何となくカウンターを決めてしまっていた。もちろん、狙っているわけではないので綺麗にカウンターが決まるというわけでもなく、適当に振りぬいていたらいい具合にカウンターが決まってしまっていた。それも、一瞬のうちに十六人全てに平等にカウンターを当てていたようだった。
男たちの攻撃がやむと不思議と殺気も消えていたのだが、視界をこちらに戻してみたところ、私の前でうずくまる男達がいたのだが、そのほとんどが体のどこかを欠損していた。あるものは肩から先が無く、あるものは腹に大きな穴をあけていた。他に下あごだけを残して顔が無くなっているものや、顔が背中の方についている人などもいた。適当に攻撃すると死体が美しくないのだと思ったのと同時に、限界を超えて鍛えているとはいえ、人間を殺しても大して強くなれないんだという教訓を得たのは大きかった。魔法で強化されている分はきっと私が強くなる要素には含まれていないのだろう。
私は殺気の主に気を取られていた間に全員殺してしまったみたいなのだが、なんとなく物足りない気持ちになってしまった。物足りない気持ちを埋めるにはどうしたらいいのだろうか?
「この人達が死んじゃったのはドンポ卿の責任だったと思うんですけど、リツがいなくなった責任って誰が負うべきなんでしょうね。もし、私だというんでしたら、その責任を他の人の命で償ってもらいましょうかね」
私の可愛い冗談を聞いたドンポ卿はその場に腰から崩れ落ちた。私だって意地悪で言っているわけじゃなくて、戦いが不完全燃焼で終わってしまったストレスをぶつけたかっただけなのだ。そんな可愛い冗談をここの人達は受け入れてはくれなさそうだった。
仕方ないから、今度は妖精を捕まえて聞いてみようかな。
リツはどこにいるんですか?
ってね。
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