第59話 子供好きな妖精 第四話

 妖精曰く、人間と仲良くしたい気持ちはあるのだけれど、近くの森に住んでいる死人使いがその気持ちを邪魔しているそうだ。以前捕まえた妖精も今目の前にいる妖精も見た目は気持ち悪くて喋り方も不愉快なのだが、私と一緒にいるリツが嬉しそうに目を輝かせているのを見ると悪いやつではないのかと思えてきた。

 その後もリツは妖精と仲良く遊んでいたのだけれど、日もだいぶ傾いてきたこともあって帰ることにしたのだが、リツも妖精も名残惜しそうに寂しげな表情を浮かべていた。


「そろそろ帰らないと帰り道がわからなくなっちゃうから行こうか」

「うん。もう少し妖精さんと遊びたかったけど、お家帰る」

「また今度来ようね」

「また来る。妖精さんは家に帰るの?」

「そうだよ。妖精さんも家に帰るんだからリツも家に帰らないとね」

「妖精さんはリツの家に来ないの?」

「妖精さんは自分の家に帰らないとみんなが心配しちゃうからね」

「そっか。リツもお母さんが心配しちゃうから帰るね」

「そうそう。これは俺からじゃないんだけど、人間にも読める手紙を預かっていたんだった。この手紙を偉いやつに渡してくれよ。手紙を読むのはあんたでもいいんだけど、出来るだけ多くの人に見せてくれな」

「リツには何もくれないの?」

「そうだな。お前には虫の頭でもやるよ」

「リツそんなのいらない」


 私も虫の頭はいらないなって思ったんだけど、妖精は嬉しそうに笑うとその虫の頭を口に入れて食べだした。その様子もとても不快に感じてしまったのだが、リツも顔をしかめていたので同じ気持ちだったんだろう。


「こんな上等なものを食べないなんてもったいないな。でも、いらないって言われたから俺が食うしかないもんな。本当ならお前に差し上げようと思っていたのに、断られたんなら俺が食べるしかないよな。本当にもったいない」


 妖精は高笑いをしながら森の奥へと消えていったのだけれど、それを見ていたリツは少し震えていた。私は思わずリツを抱きかかえると、何も言わずに走り出した。リツは見た目よりもずっと軽く感じていたのだけれど、それは私の力が強いだけなのかもしれない。そんな軽いリツをもって走っていると、あっという間に森から町へと戻っていた。

 今まで体験したことのない速さでリツは驚いているのかと思っていたけれど、初めて遊園地の乗り物に乗った子供のようにはしゃいでいた。その笑顔は妖精と遊んでいた時のモノよりも明るく感じたのは、私が笑顔にしてあげたという満足感を考慮しなくてもそう思えたのだった。


「つまり、以前のように妖精も人間と手を取りあって生きていきたいと思っているのだな。しかし、それを邪魔するものが北西の森に住んでいると。あの森は禁忌の森故我々は立ち入ることが出来ないのだが、そこへ行って死人使いをどうにかせぬと妖精とは手を取りあえぬのか。これは困ったことだ」


 私とリツが妖精を探しに行ったことは周知の事実であるのだが、それを聞きつけたリツの祖父であるドンポ卿は挨拶もそこそこに妖精の話を私に聞いてきた。出来るだけ覚えている会話を正確に伝えたのだが、ドンポ卿にとって良いニュースになったのか悪いニュースになったのかは私には判断出来なかった。


「そうか。あの禁忌の森へ立ち入ることが出来さえすればどうにかなるかもしれないのか。あの森へ入っても平気なものがおればいいのだが、この町にはそのようなものはおらぬしな。他の国から誰かを雇うにも金も時間も心もとないのだがな。誰かあの森へ立ち入ることが出来る勇気のあるものはおらぬかな」

「ですが、あの森は全ての生き物を殺すと言われていますし、そんなところに行ってくれるもの好きな人なんていないでしょう。それに、お義父さんだってあの森は危険だからよそ者だろうが一切の立ち入りを禁止するって条例を制定しているでしょ」

「確かにあの森は危険だ。だがな、妖精との仲を戻すチャンスでもあるのだ。明日になったら緊急議会を開いてあの森への立ち入り禁止の条例を改正する案を提出することにしよう。みさき殿が話してくれた内容が真実ならばきっと皆もわかってくれると思うのだが、そのためにはもう一押し何か証拠となるようなものがあればいいのだが。妖精がいたという証拠になりそうなものは何か手に入れることは出来なかったかね?」

「そう言えば、妖精から手紙を預かっていますよ。私が読んでもいいって言われたんですけど、私はこの世界の文字を正確に理解していないので内容はさっぱりでした。なんて書いてあるか教えていただいてもよろしいですか?」

「そんなものがあるなら最初から出してくれ。私が代読してやるから大人しく聞いていなさい」


 ドンポ卿は私から手紙を奪い取ると、その勢いとは裏腹に丁寧に手紙を開封していた。この人は意外と几帳面なのかもしれないと思った。


「なになに、『この手紙は親愛なる人間諸君へ宛てた物である。諸君らが自らの罪を認め自分らの王を処分したことは大いに評価しよう。だが、我々と人間諸君の間にはもう一つ大きな壁があるのだ。我々も人間諸君と以前のように豊かな生活を送りたいのだが、我々の居住地の近くに居座る死人使いの呪いによってそれも叶わぬのだ。我々は残念ながら死人使いに対抗する手段は持ちえぬ。よって、我々の代わりに死人使いを討ってはくれないだろうか。それがなされた時には相応の礼をもってむくいることとしよう。親愛なる人間諸君よ。どうか我々の願いを聞き入れていただきたい。妖精王より』という事だそうだ。この手紙はおそらく本物の妖精王が書いたもので間違いないだろう。以前交わされた書簡のサインと同じように見えるからな。よし、この手紙があれば皆を説得することも出来ようぞ。あとは、あの森で死人使いを成敗してくれる者が現れるのを待つだけなのだが」


 視線が私に集中している。寝食を提供しているのだからそれくらいはやってくれよと言う期待感が伝わってくるのだが、正直に言って私はどっちでもいいと思っている。死人使いに会いに行ってもいいし、妖精王を探しに行ってもいいと思っている。どっちが簡単かと言えば、死人使いに会いに行った方が簡単だとは思う。ただ、死人使いが男の人だとしたらまー君に変な誤解をされてしまわないか不安になってしまうのだ。

 私はまー君以外に興味は無いのだけれど、変な誤解はされたくないと言う気持ちもあるのだ。そこは譲ってはいけないポイントだと思うのだけれど、問答無用で殺してしまっても問題はないだろうし、誤解される前に殺しちゃうのもありかもしれないね。


「質問なんですけど。死人使いって男の人ですかね?」

「さあ、そんな事は知らんよ」

「知らんって。どんな人かわからないってことですか?」

「どんな人かも何も、そんな奴が禁忌の森に住んでいるということ自体初耳なんだよ。ワシらはあの森の事は何も知らないからな。遠い昔から立ち入る事を禁じられていたのだよ。もっとも、立ち入ることを正式に禁止にしたのはワシらの代になってからなんだがね」

「そうなんですか。私が行くのは構わないんですが、その死人使いの人ってさっさと殺しちゃってもいいんですよね?」

「いきなり殺すのはマズいだろう。その死人使いがどうやって妖精に迷惑をかけているのかを知ってからにしないと、今後我々が妖精と付き合ううえで重要な事が隠されているように感じるからな」

「じゃあ、出来るだけ生け捕りにするようにしますね」

「お主には期待しておるぞ。だが、一人で行くには心もとないので、条例が改正されたあかつきには数名のお供を付けることにしよう。今から優秀な人材を集めることにするのだが、何せ時間も少ないので期待はしないでくれよ」

「あのね。リツもみさきちゃんと一緒に行く」

「今度は妖精に会いに行くわけじゃないからダメだよ。リツが着いていったらみさきお姉ちゃんの迷惑になるからね」

「大丈夫だもん。リツはみさきちゃんが大好きなんだもん」

「駄目よ。お母さんのいう事を聞いてお利口さんにしてないと、妖精さんが会いに来てくれなくなっちゃうんだからね」


 私としてはリツがついてこようがここに残っていようがどちらでもいいのだ。親の立場からしてみたら禁忌の森へと行こうとしている私についていくことは止めるだろう。私には子供はいないけれどその気持ちはよくわかる。いや、わかる気がしていた。


「いいか。条例は必ず改正させてやる。お主はワシらのためにも妖精との仲を取り持ってくれ。ワシらは妖精の姿も声も感じることは出来ないのだ。この手紙以外で妖精の存在を感じ取る方法は今は無いのだ。だが、以前のように妖精と人間の仲が良くなればその姿も見えるようになるとワシは思っているのだ」

「そう言えば、私には妖精の姿が見えるのってなんでなんでしょうか?」

「そんなものはワシは知らん」


 ドンポ卿は私に言いたいことを言うだけ言って自分の家へと帰っていった。用意された食事に手を付けずに帰っていったのは少し無礼な気もしていたけれど、残された料理は使用人の人達が食べていたのでそういうものなのかと思っていた。少しでも手を付けた料理は食べたくないよなって思っていたけれど、最初から別に出してあげればいいのになと少しだけ思っていた。


 それにしても、死人使いってどんな人なんだろうな。

 私は何となく、そこにまー君がいるような気がしてならなかった。

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