第6話 色女と美少女

 色街に拠点があるらしいとの情報をまー君からもらったのだけれど、私はそんな情報はどうでもいいと思っていた。私達にその事を伝えると、まー君はまた地下室へと戻っていってしまった。もう少し一緒にいたかったけれど、まー君にはまだやることがあるみたいだったので無理強いは出来ないよね。

 

 また、襲ってきた人たちの仲間が私達に逆恨みをしてやってきたとしても返り討ちにすればいいし、この教会が多少の被害を受けたとしても気にすることではないだろう。


 その辺に転がっている死体の処理をどうしようかと思っていたところ、シスターとは違う修道服を着た頭の悪そうな女が教会の前に立っていた。

 私はシスターの友達なのかなと思っていたのだけれど、シスターはその女を見かけると慌てて教会の奥へと走って行ってしまった。


「ねえ、あなたが彼らを殺したって話は本当なのかな?」

「それをやったのが私かって聞いているなら、そうですけど」

「そう、この人たちは何か殺されるようなことをしたのかしら?」

「えっと、私達を襲って来たんで抵抗しただけですけど。私はまだ力の使い方がわからなくて綺麗に殺せなかったんですよね」

「そうなのね。でもね、そんな事はどうでもいいのよ。あなたが殺したこの人たちの仲間があなたを殺しに来るとは思わなかったのかしら?」

「どうでしょう。もし来たとしても、同じように返り討ちにするだけだと思いますけど」

「ずいぶんな自信家さんだけど、力だけじゃどうしようもないってことがあることを知らないようね。見たところ、魔法耐性もそれほどなさそうだし、私がやってきたってのは正解みたいね。力ではかなわないかもしれないけど、私の敵では無さそうだし、楽には殺したりしないからね。ゆっくり苦痛を味わいなさい」


 この女は何を言っているんだろうと思っていたんだけど、私はその場に立っているのもつらいくらいに体が疲労していた。なぜそうなのかはわからないけれど、女の嬉しそうな表情を見ていると、この女が何かやったというのは間違いないのだろう。頭の悪そうな女の笑顔は本当にムカついてくるけど、悲しいことに抵抗することは出来なくなっていた。

 本当にムカつく笑顔でゆっくりと近づいてくるのだけれど、私はそれをただ黙ってみていることしか出来なかった。本当に悔しいし、ムカつく。


「あなたって、もしかして、魔法の事を何も知らないんじゃないの?」

「魔法って何よ。そんなずるいことしないで正々堂々と戦いなさいよ」

「何言っているのよ。魔法だって正々堂々とした戦いでしょ。それも、こんな初歩的な魔法を無抵抗な状態で受けるなんて、あなたが非難されることはあっても私が非難されることなんてないでしょ。見たところ、どこからかやってきたみたいだけれど、この世界に順応する前に私に出会ってしまったことを後悔するのね。隠れているシスターがあなたにもう少し協力的だったら、今みたいな結果にはなっていなかったかもしれないけど、あのシスターにそんな勇気はないのよ。だって、私達に憧れてシスターの真似事をしている偽物なんですからね」

「そんな事はどうだっていいのよ。早く私を自由にしなさいよ」

「あなたって本当におバカさんなのかしら。あなたみたいな力だけはあるような凶暴な女を自由にするわけないじゃない。私は自分の事はちゃんとわかっているわ。あなたに力でかなうことは無いとわかっているし、わかっているからこそこの状況を自らの手で変えるわけがないじゃない。でもね、あなたを自由にしてあげてもいいんだけど、一つだけ条件があるわ」

「その条件って何?」

「そうね、死んでくれたら自由にしてあげるわ!!」


 頭の悪い女は笑い方も下品だった。見た目も笑い方も何もかも下品なのだけれど、私の体は自分の意思とは別に動くことが出来なかった。体が自由に動くことが出来ればこんな女にいいようにやられないのにと思っているんだけど、私にはこの状況を打破する手段がないのだった。

 女は下品な顔でニヤニヤと嬉しそうにしているのだけれど、汚い手で私に触れると嬉しそうにゆっくりと首を絞めてきた。


「自分より圧倒的に力が弱い相手に首を絞められているのに抵抗できないって、どんな感じなのかしら?」

「今すぐこれを解け。早くしろ」

「そんなことするわけないじゃない。そんな事をしたら私が殺されちゃうでしょ。本当に学習しないのね。って、ちょっと待って、あそこにいるいい男は誰なのかしら?」


 この女が誰かを見付けたようなのだけれど、私にはそれが誰なのかわからなかった。女の見ている方に振り向くことが出来ないのだから仕方ないだろう。誰がいるのかと思っていたのだけれど、そこにいるのはまー君だった。

 あれ、体が動くようになっている。


「ちょっとちょっと、あんなにいい男がこんな邪な教会にいるのよ。こんなところにいたあのいい男の価値が下がっちゃうわよ。私達の拠点に連れて行かなくちゃ。どうしよう、目が合っちゃったかもしれない。それにしても、なんていい男なのかしら」


 この女がまー君に見惚れてしまうのは仕方ないと思うけど、この女がバカ面でまー君を見ているのがとても我慢出来なかった。さっきから体を動かせなかったイライラもあったのだけれど、思いっきり後頭部を殴りつけたのだ。

 私の右手には何の感触も残っていなかったのだけれど、この女の首から上も何も残っていなかった。


「あれ、その人はこの教会に来たお客さんじゃないの?」

「よくわからないけど、私を殺そうとしたんだよ」

「それは良くないな。でも、みさきが無事みたいで良かったよ」

「それがね。魔法ってやつで動けなくなってたんだよね。まー君は魔法って知ってる?」

「うーん、全然知らないけど、この教会のシスターなら何か知っているかもしれないから聞いてみようか?」


 この女が何者なのかわからないけれど、私達の敵だと思うんだよね。敵じゃなかったとしても、襲ってきたんだから殺しても問題ないでしょ。

 でも、他の人の死体は近所の人たちが処理してくれているんだけど、この女の死体だけは誰も近付こうとしないみたいね。頭が悪そうで、それがうつるのを心配しているからなのかな?


 まー君と一緒にシスターを探しに行ったんだけど、私達の声を聞いたシスターは恐る恐ると言った感じで私達に話しかけてきた。


「ねえ、あの女は何もしないで帰ったのかしら?」

「帰ってはいないけど」

「この教会は聖なるものを退けるから大丈夫だと思うんだけど、中に入ってきたりはしていないわよね?」

「入口の所に立っているけど、中には入ってこれないと思うよ」

「あんまり長居してもらうのも悪いから帰ってもらえるように説得してもらえないかしら?」

「それは無理だと思うよ。だって、あの女の人はみさきが殺してくれたからね」

「そんなわけないでしょ。あの女は聖なる女神の一人なのよ。この世界でも三本の指に入るくらいの魔法使いなのよ。あなたがいくら強くたって、魔法に耐性を持たない私達一般人が叶う相手じゃないのよ。どうやって倒したって言うのよ?」

「えっと、あの女がまー君に見とれているすきに後ろから思いっきり殴っただけだけど」

「あの聖なる女神が見惚れるって、あんたは何者なのよ。聖なる女神を殴り殺すあんたも意味不明だわ」

「そんな事は今は良いんだけど、女神の事と魔法の事を僕たちに教えてもらってもいいかな?」

「そうね、私も詳しくは知らないんだけど、知っていることは全部教えるわ」


 私は正直に言って魔法とか女神とかに興味は無かったのだけれど、さっきみたいな状況になったらマズいなと思って仕方なく聞くことにした。

 この世界の事を色々教えてもらう授業は二週間ほど続くことになるのだけれど、その中に私が知りたいことはそんなになかったような気がしてならなかった。

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