第7話 魔界の住人と僕ら

「あんたたちは魔法を使えるようになるかわからないけど、魔法に対する耐性を付けとかないと大変よね。魔法耐性が全く無い状態じゃあいつらの拠点に乗り込んだってやられちゃうだけだもんね」

「僕らは拠点に乗り込んだりはしないよ。向こうからくる分には相手をしてあげてもいいんだけど、こっちから乗り込んでいく理由もないでしょ」

「何言ってんのよ。あんたたちはもうすでに宣戦布告しているようなもんなのよ。戦力が整っているならまだしも、あんたたちって私達しか味方がいないじゃない。そんな状況であいつらと戦う事なんて無理よ。無駄に死人が出るだけだわ」

「そうだろうね。みさきの話を聞いただけでも、魔法がどんなに厄介なモノかってのはわかるんだけどさ、それがあるからってわけじゃないけれど、僕たちはわざわざあいつらの相手をしてあげる理由だって無いんじゃないかな。どっちかって言うと、シスターたちがあいつらを目の敵にしてるってだけなんじゃないの?」

「ホント、あんたって痛いところを突くわね。そうなのよ。私達が信じる神はあいつらとは別の神なのよ。あいつらは自分たちの信じる神以外は邪悪な存在って思っているのよね。あいつらの共通認識として、同じ神を信じている者は種族が違ったとしても仲間だと認めているし、それ以外の神を信じている者は全て敵なのよ。信仰の自由ってのはあいつらにとっては、神を信じるか信じないかの自由なのよ。信じないっていうのはそれほど珍しい価値観ではなんだけど、私達みたいに全く別の神を信じているのは問題視しているのよね。私達の言い分なんて全くお構いなしで、自分たちの都合だけを押し付けてくるそんな神なんて信じたくないのよ。でも、あいつらってほとんどの大国を味方につけているし、それに伴って世界各地に点在する大富豪も支援者に名を連ねているのよ。それに、人間だけじゃない異形の怪物や魔物、天使なんかで構成されている軍隊も持っているのよ。あんたの彼女と戦った女はその中でもとりわけヤバいやつだったのよ。人間なのに神に近い存在で天使や魔物を超える魔力を持っている恐ろしい女神の一人だったのよ。女神ってのは自分たちでそう言っているんじゃなくて、外野である私達や支援者が勝手に言っているのよ。神に近い存在の女だから女神ってね。でも、あいつらにとっての神はたった一人しか存在していないらしいし、神の名をかたるものは全て詐欺師と思えって感じだから、女神って呼ばれるのは好きじゃないみたいよ。だから、あの人たちは色女って自分たちの事を呼んでるわね。なんでも、それぞれに決まった色の魔力が備わっているのに由来するらしいんだけど、そんな事はどうでもいいのよ。あの女みたいに強いのがまだまだ何人も控えているのよ。そんな奴らを敵に回してこのまま無事に暮らしていけると思っているの?」

「いや、そんなこと言われてもさ、僕たちはシスターたちと違ってあいつらと敵対するつもりはないし、勝手に向こうから襲ってきただけなんだよね。だから、僕たちは故意に戦闘を始めたんじゃないってわかってくれたらどうにかなるでしょ」

「どうにもなんないわよ。あんたたちが二人で女神を殺したのは紛れもない事実なのよ。その事はもう世界中に知れ渡っていると思うし、どうやったって逃げられないわよ。もう、腹をくくって、男らしく決断しちゃいなさいよ。それに、私達と一緒にルシファー様の復活を待ちましょうよ」

「今、ルシファーって言った?」

「言ったけど、それがどうかしたの?」

「いや、ルシファーってみさきが強くなるきっかけを作ったやつと同じ名前なんだけど」

「どこにでもいる名前じゃないし、あなたたちの世界にいるルシファーと私達の信じているルシファー様が同じ存在なのかはわからないけど、同じ名前の存在を認識しているもの通し仲良くやっていきましょうよ」

「僕にはあんまり関係ない話なんだけどね。みさきだって、あんまりいい思い出が無いんじゃないかな」

「それってどういうことよ」

「僕もみさきから聞いた話なんで間違っているかもしれないけど、僕たちがこの世界に来る前にみさきの家族がミカエルって天使に殺されたらしいんだけど、その後にミカエルがみさきをルシファーに会わせてからみさきが急に強くなったって言っていたよ。どういう理屈なのか知らなけど、僕と再会した時には素手で家を解体できるくらいには強くなってたからね」

「その強さの尺度は意味が分からないけど、みさきちゃんがルシファー様とかかわりがあるなんて聞いてないわよ。それだったら話が早いわ、この教会の地下室が拷問部屋になっているのは私の趣味じゃないってのは理解してると思うけど、あの装置を使って生贄として死体を捧げることによってルシファー様に繋がることが出来るのよ。ここ数年は上手くルシファー様に繋がることは無かったけど、配下の魔王とか魔神に繋がることは出来るのよね。もっとも、そのためには強い魔力を持っていたものの死体が必要なのよ。あの女神は十分にその要件を満たしてくれると思うけど、試してみる気はあるかしら?」

「試したところで何かが変わるのかな?」

「ええ、この世界で魔法を使うために必要な事がいくつかあるんだけど、それをまとめてすっ飛ばして魔法を使えるようになる可能性があるのよ」

「それって、どういう事なのかな?」

「魔法って本来は私達人間には扱えない代物なのよ。でもね、長い時間をかけて魔法を研究し、それぞれに合った方法で訓練を行った先にやっと魔法が使えるようになるのよ。なんでかはわからないけれど、その習得にかかる時間は男性よりも女性の方が圧倒的に短いのよね。どうして男性より女性の方が魔法に向いているのかわからなけど、若い男性の魔法使いって見た事ないのよね。肉体を作り変えて若くあろうとしている人達もいるんだけど、それは毎回失敗しているみたいで面白いわね」

「じゃあ、僕よりもみさきのために呼び出すって感じなのかな?」

「そうね。でも、あんたの場合ってこの世界の住人じゃないし、もしかしたらあなたも魔法が使えるようになるかもしれないわね」

「そうなったらみさきの負担も減るかもしれないね。じゃあ、みさきが起きたらさっそく試してみようか」


 みさきはよく寝る子なのだが、ここ数日の闘いでいつの間にか疲労が蓄積していたのか、いつもよりも二時間ほど長く寝ていたようだった。僕はまだ寝ぼけているみさきの手をひいて地下に行くと、さっき聞いていた儀式を始めることにした。

 これから何が起こるのかみさきは全く理解していないようだったけれど、僕の手を握ったまま嬉しそうにニコニコとしているのだった。


「これからルシファーの仲間を呼び出すんだけど、みさきはちゃんと見ててね」

「ルシファーって私が殺した人でしょ?」

「そうかもしれないけど、もしかしたら別のルシファーの可能性もあるみたいだよ」

「そうなんだ。でも、私はルシファーを殺したことで強くなれたんだし、別にいっか」


 数多くある拷問器具の一つに女の死体を置くと、シスターから聞いていた方法でルシファーを呼び出すことにしたのだ。

 この部屋にクーラーは設置されていないのだけれど、徐々に室温が下がっているのを文字通り肌で感じていた。いつの間にか吐く息も白くなっていた。


「こんな腐った世界に私を呼び出したのは君達かな?」


 そう尋ねてきた男はとても偉そうな態度でふんぞり返って椅子に座っていた。

 どこから持ってきたのかわからない椅子ではあったけれど、この部屋とのミスマッチ間だけは凄かった。


「よし、せっかく呼んでもらえたのだし、君たちの代わりにこの世界を滅ぼしてきてあげよう。大丈夫、三日もあればある程度の文明は破壊できるだろうしね。それに、この世界は神の加護が恐ろしく弱いね。私達がいた魔界の方が神の影響が強そうなのは謎だけどね。じゃあ、私はいったん失礼させていただくよ」


 そうって僕の横を通り抜けていった男が階段を上ろうとしたときに、僕は思わず叫んでしまっていた。

「みさき、あいつを止めてくれ」


 僕の言葉を聞いたみさきは脳で処理するよりも先に行動に移っていた。男は階段に足をかける前に振り返ると、みさきの右こぶしをそのまま左手で受け止めていた。みさきの右攻撃を回転しながら威力を殺して受けるという技術を見せてきた男は、みさきの攻撃を弱めることに成功したらしく、左上半身が首から上を残して消滅していた。

 みさきの攻撃はガードするだけではなく受け流すことも危険なようだ。もし攻撃されたとしたら、その攻撃を避けつつも決して当たりませんようにと願うことしか出来ないのかもしれない。

 上半身の左側のほとんどを失った男は死んでいないらしく、攻撃されたことを心底嬉しそうにしていた。こいつも変態なのかなと思っていると、みさきに破壊された体が徐々に再生していたのだった。

 この再生能力をみさきが手に入れることが出来ればもっと楽になりそうだなと思っていた。でも、みさきはそう言った能力を引き継ぐことが出来たりはしないようだった。

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