第3話 シスターと僕たち

 僕はみさきが死んでしまっていたと思っていたのだけれど、それは僕をこの世界に呼び出すための嘘だったようだ。その事をみさきに教えてみたところ、みさきは僕が悲しんでいたことを嬉しいと言ってくれた。そこまで思っていてくれて嬉しいとのことだった。


 僕たちがこの世界でやるべきことはルシファーを復活させて新しい神と戦う事らしいのだけれど、地球がほぼ滅んでしまった今はそんな事に手を貸す義理も無いのではないかと思ってしまった。みさきはみさきで、僕と一緒に過ごせるのならどこでもいいと言ってくれているので、この世界で暮らしていくこともやぶさかではないらしい。

 僕がサクラさんにとらえられていた家はみさきが壁を壊してしまったので住むことも出来ないので、寝る場所くらいは確保しておいた方がいいと判断した僕たちは、近くにあるという街へと向かうことにした。

 徒歩でもすぐに着くとの言葉を信じていたのだけれど、二日間歩き続けてもそれらしい街は見えてこなかった。道を間違えてしまったのかと思って襲ってきた魔物に聞いてみたのだけれど、今歩いている街道をそのまま進めば街につくと教えてもらう事が出来た。僕をその街まで連れていってくれると提案してくれたのだけれど、みさきはこの場に置いていくとのことだったのでそれは丁重にお断りしておいた。

 それから更に二日間歩いていると、遠くにうっすらと建物が見えてきた。みさきにそれを伝えると、みさきは嬉しそうにしてその街へと走っていった。みさきの走るスピードはとても速く、僕の脚はその速さについていくことが出来ずにいて、いつの間にかこいのぼりのような態勢で宙に浮いていたのだった。


「やっと街についたね。こんなに遠いとは思わなかったし、今度あの人たちに会った時には文句でも行ってみようかな。でも、まー君と一緒に過ごせて私は嬉しいよ」


 無事に街についたのは良い事なのだけれど、僕はみさきに抱きかかえられているのが少し恥ずかしくなってしまった。手を握られたまま高速移動をしていたので、僕は自分の意思で止まることも出来ず、結果的にミサキの胸の中に包まれて止まることになったのだった。

 僕はみさきと手を繋いで街を散策することにしたのだけれど、やたらとこの街の人に話しかけられてしまった。僕に話しかけてくるのが全員女性だったこともあるのだろうが、その馴れ馴れしい態度に少しだけみさきがイライラしているのがわかったので僕はみさきの手をひいて人混みの少ない方へと歩いて行った。

 どこまでも追いかけられたらどうしようかと思っていたのだけれど、ある程度離れてしまえば元の場所に戻る習性があるようだ。それぞれに活動をしていい範囲が決まっているように、最初の位置から一定の距離があくと元の場所に戻っていった。そんな感じなのでどこまでも追いかけてくることは無かったのだった。


「ねえ、この街の女ってみんな見境なくまー君に盛ってくるんだけど、この世界でもまー君ってモテてしまうのかな?」

「たぶん、サクラさんにもらった能力のせいなんじゃないかな。異性にモテルとかそういう能力を与えられたんだよね」

「何それ、それって最低じゃん。まー君は私だけのモノなのにそんなの必要ないでしょ。あそこに戻って抗議してやるわ。いや、撤回させてやる。それが無理なら殺してやろうかしら」

「まあまあ、そんなに怒らなくてもいいんだよ。どんなに他人にモテたって僕にはみさきしか見えてないから気にすることないって」

「本当?」

「ああ、本当さ。僕がみさき以外の女に興味がないって知っているだろ?」

「うん、それは知っているけど、知らない世界だからちょっと不安になっちゃうかも」


 僕は不安になっているみさきを抱きしめて頭を優しくなでてあげた。とても嬉しそうにしてるみさきを見ていると、僕もなんだく嬉しくなってしまった。


「おいおい、俺たちの縄張りでイチャイチャしてんじゃねえぞ。ここを通りたかったら通行料を払ってもらおうじゃねえか。それと、俺らを不快にさせた迷惑料も頂こうか」


 そんな感じで僕たちに話しかけてきたのはいかにもゴロツキですと言った風貌の男たちであった。下品に舌を出して近づいてくる様子は知能指数の低さを簡単に表現してくれていた。僕は正直に言うと、関わるのが面倒だと思っていたのだけれど、相手が要求してきた金銭の持ち合わせが全くなかった。というか、この世界の通貨の事を何も知らないのだ。言葉を使えるようにしてくれたのは良いのだけれど、この世界の一般常識とかも一緒に教えてもらえればよかったなと、今更になって後悔してしまっていた。


「そう言われてもお金なんてないんですよ。僕たちはこの世界に来たばっかりですし、何も知らないんで勘弁してください」

「何言ってんだよ。金が無いならその女を置いて行けよ。見たところまだガキのようだけど、ガキにはガキなりの需要ってもんがあるからな。抵抗するならしてもいいんだぜ、お前みたいな男一人で俺たち十人を相手に出来るもんならな!!」


 ゴロツキがそう言うと、僕らの背後からも数名の男がやってきた。どうみても僕たちの味方にはなってくれないだろうなという感じの男たちに囲まれて絶体絶命のピンチを迎えてしまったのだけれど、悲しいことに今の僕にはこの状況を打破できるほどの力も知恵も備えていなかったのだ。

 僕はみさきを守るためはどうするのが一番なのか考えていたのだけれど、どうやっても僕の力ではここから抜け出すこともみさきを守り抜くことも出来そうになかった。

 じりじりと男たちが僕らとの間合いを詰めてきたその時、隣の建物からシスターが出てきた。どうみても僕より体の大きいシスターであったが、僕の近くに来るとその大きさは異常に思えるほどだった。肩幅も広く修道服もゆとりがなくなるくらい筋肉でパンパンに膨らんでいた。


「あらあら、なんだか今日も騒がしいと思っていたら、あんたたちまた私の教会の前でそんなことしてたのね。そんなことされてるから私の教会に誰も来てくれないじゃないのよ。それに、こんなに可愛らしい二人を襲おうとしているなんて許せないわ。私の神に代わってあんたたちを懲らしめてやるわね」

「またてめえか。俺らの縄張りに勝手に邪教の神殿を建てやがったと思ったら商売の邪魔までしやがって。この人数を見て怯まないのは立派な心掛けだが、まずは邪魔なてめえからやってやるよ」


 よくわからない展開になってしまったが、僕たちに向かってきていた男たちは全員シスターの方へと走って行って、そのままシスターを袋叩きにしてしまった。

 どのような反撃手段をとるのかと思ってみていると、ものの数秒でシスターはその場に倒れこんで動かなくなってしまった。意識はあるようなのだけれど、その表情は完全に戦意を喪失しているものだった。


「ねえ、あの人が注意をひいてくれている間にみさきだけでも逃げてくれ。僕でも少しなら足止めできると思うから、みさきはそのまま安全な場所を探してくるんだ」

「そんなことしなくても大丈夫だと思うよ。あの人たちの闘い方は見てわかったし、今ならちゃんと手加減できると思うからね」

「いや、手加減とかじゃなくて全力で逃げてくれよ。みさきが無事なら僕も大丈夫だからさ」

「ううん、まー君はそこで見ててね。私を守ろうとしてくれる気持ち嬉しいよ。でも、私の方がきっと強くなっているから大丈夫だからね」


 僕はそう言って男たちの方へと歩いていくみさきの姿を見ていることしか出来なかった。この世界に来て数日だけだが、その一日一日がとても楽しく充実していた事を思い出していた。その充実していた日々はみさきが隣にいたからなのだとハッキリと理解していたのだった。

 そんな大事なみさきが自分から野蛮な男たちに立ち向かっているのに、僕はこのまま黙ってみているわけにはいかない。頼りないかもしれないけれど、僕も出来ることを精一杯行うことにしよう。せめて、一人くらいは道連れにしてやろう。


 そう意気込んでみたのも無駄になるくらいにみさきは強かった。どうみてもみさきは軽く殴っているだけなのに、殴られた男たちは壁まで吹っ飛ばされていた。その様子を見て男たちは怯んでいるようだったのだけれど、ゴロツキにはゴロツキなりのプライドがあるらしく、誰一人逃げることなくみさきに挑んでいた。もちろん、全員返り討ちにあっていた。


「ごめん、まー君は怪我無かったかな?」

「大丈夫だけど、みさきはそんなに強かったの?」

「私はこっちに来る前に強くなったみたいだよ。なんでも、殺した相手の力をそのまま奪っちゃうみたいな能力があるんだって。それでね、ミカエル君から貰ったラッパを吹いたらルシファーさんとか魔物とかを一気に殺しちゃったみたいなんだ。だから、きっとすごく強くなってしまったんだと思うよ」

「そうだったんだ。だから、この街を見付けた時の走っていたスピードが異常に早かったんだね。その謎が解けてよかったよ」

「ねえ、強くなっちゃった彼女は嫌いかな?」

「そんな事ないよ。みさきが強くなるってことは、僕に何かあってもみさきは大丈夫な確率が高くなるってことだからね」

「そうだけどさ、まー君に何かあったら私は悲しいよ」

「大丈夫。僕はきっと何度でも生き返ることが出来ると思うからさ。根拠はないけれど、サクラさんたちの言ってたことが正しいとしたら、僕もルシファーみたいに生き返らせてもらえると思うからね」

「そうなんだ。でも、生き返れるとしても死ぬのはダメだよ」

「みさきを残して死にたくはないけど、みさきより後に死ぬのも嫌だな。そうだ、みさきは殺した相手の能力を奪うんだよね?」

「そう聞いているよ」

「じゃあさ、助けてくれたシスターは除いて、あいつらは殺しちゃった方がいいんじゃないかな?」

「どうして?」

「もしかしたら、殺した相手の知識とかも手に入るかもしれないじゃない?」

「それは無いと思うよ。ルシファーさんを殺した時も魔物を殺した時も私の記憶に変化は無かったからね」

「そっか、そんなに都合のいいものでもないんだね。でもさ、少しでも強くなるためにあいつらを殺しておいた方がいいんじゃないかな?」

「まー君がそう言うならそうしようかな」


 みさきが倒れている男たちに近付いていると、僕とみさきの間に倒れていたシスターが駆け寄ってきた。


「ちょっとまって。話は大体聞かせてもらったけど、こんな人目につきそうな場所はやめといたほうがいいわ。私の教会の地下に拷問室があるからそこまで運びましょ。そこなら好きに使っていいからね」

「教会の地下に拷問室があるんですか?」

「そう、私の趣味ね。と言っても、したこともされたことも無いんだけどさ。教会を作ってまだ日も浅いし。そうそう、バタバタしてて名乗るのを忘れていたわね。私の名前はシスターよ」

「シスターって名前なんですか?」

「まだシスターになりたてだから名前が無いのよ」

「シスターになる前の名前とかでもいいんですけど、教えてくださいよ」

「それは良いじゃない。シスターって呼んでよ」

「そう言うならそれでもいいですけど。僕は正樹であっちは彼女のみさきです」

「正樹ちゃんにみさきちゃんね。そうだ、泊まるとこが無いならうちの教会に泊っていいわよ。こいつらの処分だって時間がかかるだろうし、それまでは好きに使っていいわよ。もちろん、気に入ってくれたならそのまま使ってくれてもいいんだからね」


 このシスターは僕に惚れている感じではないのだけれど、やっぱり見た目通りに男なのだろうか?

 それとも、神に仕えるものには僕の能力は効かないという事なのだろうか?

 そんな事を考えながらも、僕たちは意識を失っているゴロツキ達を縛って地下へと運んでいった。

 何人か意識を取り戻して逃げてしまったけれど、それはそのままにしておくことにした。


 とりあえず、当面の寝場所は確保できたみたいなので良しとしよう。

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