第2話 異世界転生 佐藤みさきの場合
学校の帰り道、いつものようにまー君に送ってもらっているわけなのだけれど、今日はいつもよりも空が薄暗いような気がしていた。
一緒に東京まで観光に行きたいと言ってみたけれど、そんなに簡単に行けるわけもないんだよなとわかってはいる。それでも、まー君なら一緒に行ってくれるんじゃないかなって気になるんだよね。
あっという間に家までついてしまったんだけど、もっとゆっくりお話をしていたかったな。まー君の家に遊びに行くことも考えていたんだけど、毎日のように遊びに行くのも気が引けるし、お互いの時間も大切にしないとうまく行くものもうまく行かなくなってしまうんじゃないかな。お姉ちゃんがそう言ってたけど、お姉ちゃんって恋愛経験あんまり無さそうなんだよね。
それにしても、今日は家の中がとても静かなような気がしてる。いつもなら聞こえてくるテレビの音も聞こえないし、不自然に静まり返っているな。
お姉ちゃんはまだ帰ってきていないみたいなんだけど、駐車場には車があったからお父さんはいるみたいなんだよね。でも、お父さんの声も聞こえないってのはちょっと普通じゃない感じがするな。
とりあえず、制服から部屋着に着替えて下に降りていったんだけど、やっぱり物音ひとつしないっていうのはおかしな感じがするんだよね。いつもなら聞こえてくる生活音もしないし、何より、玄関の鍵が開いていたのに誰もいないってのはおかしい。
変だなって思っていると、家の奥の方から何かが倒れる音が聞こえてきた。とても大きい音だったからびっくりしたんだけど、それと同時に誰かいたんだって思うと安心感がこみあげてきたよ。きっとお父さんがお風呂掃除でもしていたんだろうなって思って覗いてみたら、そこには体をバラバラにちぎられたお父さんとお母さんに見えるものが落ちていた。それのすぐ横にお姉ちゃんもいたんだけど、意識が無いのか一点を見つめているだけだった。
「お姉ちゃん、これっていったい何?」
私が話しかけてみてもお姉ちゃんは無反応で、まるで私の声が聞こえていないようだった。一体何事だろうと思ってお姉ちゃんに近くで話しかけようと思って前に一歩近づいてみると、お姉ちゃんはそのまま前のめりに倒れてきた。お姉ちゃんは前のめりに倒れてきているんだけどお姉ちゃんの背中は壁にもたれたままだったんだよ。
お姉ちゃんは体のを前後に分断されていて、その前側が私の方に倒れてきたみたいだった。
人間って本当にびっくりした時って何も出来ないんだなってその時に気付いたんだけど、泣き叫ぶよりも先に私は倒れてきたお姉ちゃんの体を一つに戻そうとしていた。きっと冷静な判断なんて出来なくなっていたんだと思うけど、私が出来ることはそれしかなかったんだと思うんだ。
不思議なことに、お姉ちゃんの体は元通り簡単にくっついたんだけど、それとは別にお姉ちゃんが自分の意思で動くことは無かったんだよね。あと、お姉ちゃんの切り口から血は一滴も出ていなかったんだよ。
その後も、倒れてくるお姉ちゃんの体を何度も何度もくっつけていたんだけど、後ろから誰かに呼ばれるまでそれは続いていたんだ。
懐かしいその声は一瞬まー君じゃないかなって思ったんだけど、まー君じゃなくて見た事ない人だったんだよ。見た事ない人だったんだけど、見おぼえがあるような気がしていたな。でも、思い出せないって不思議な感じだったよ。
「みさきちゃん、久しぶりだね。君はきっと僕の事なんて覚えていないと思うけど、今日は君を迎えに来たんだよ。君の家の場所はわかっていたんだけど、君がどこにいるかわからなかったんで待たせてもらっていたんだよね。これは運が悪いと思ってもらうしかないんだけど、君を待っている間に僕を追ってきた奴らが君の家族を殺しちゃったんだ。でも、それは君と違って力を持てなかった君の家族が悪いんだよ。僕も他人を守れるくらい強いわけじゃないんで、君が戻ってくるまで持ちこたえることが出来なかったんだよね。その気になれば守れたのかもしれないけど、神の使いである僕が普通の人間なんかのために力を使うのも変な話でしょ。だからさ、君が帰ってくるまで僕は黙って見守ることにしたんだよ。君が玄関のドアを開けた時には奴らは始末したんだけど、君の家族を守るには少しだけ遅かったね。でも、僕は弱くなってしまった君の命だけは助けたんだから逆恨みとかしないでね。僕は君を守ることは出来たんだから文句を言うのは無しだよ」
「パパもママもお姉ちゃんも見殺しにしたってことなの?」
「見殺しとは酷いことを言うね。僕は君を天界に連れて帰るって指令を与えられただけで、君の家族まで守るって指令は受けてなかったんだよ。それだけの事だからさ。それに、君はこの世界が変わったことに気付いていたはずだよ。気付いていて何もしなかったのはみさきちゃん、君なんだよ」
「ねえ、パパもママもお姉ちゃんも苦しんでなかったかな?」
「人間の感情は見た目でわかるからそれには簡単に答えることが出来るけど、君の家族は苦痛を感じる前に死んだんじゃないかな」
「そう、死んじゃったのは悲しいけど、苦しまなかったのは良かったな。いや、良くないか」
「じゃあ、君の力と記憶を取り戻す儀式を行うね。とりあえず、ここを出て外に行こうか。話はそれからだよ」
私は宙に浮いている不思議な人の後について裏庭に行ったのだけれど、そこにはあるべきものがあるべき場所に何一つ存在していなかった。家の裏にあった優しい木村さんの家もその両隣の松本さんと伊藤さんの家も無くなっていた。
更地になっていたその場所に浮かぶ不思議な魔法陣のような文様。私はその中心に立たされて、手渡されたラッパを受け取った。
「さあ、君がそのラッパを吹くことによって嫌な事は全て終わり、楽しいことが始まるよ」
「楽しい事って?」
「それはね、君にとってとても嬉しい事だよ。みさきちゃんが望むような世界になるって事さ」
「嫌な事を忘れて楽しい事だけしていられるってことなの?」
「そうだよ、さあ、勇気を振り絞ってそのラッパを吹くんだ」
私は手渡されたラッパをまじまじと見つめていた。変なところがあったらいやだなという気持ちと同時に、汚かったらどうしようという思いがあったからだ。幸いなことに、ラッパは新品じゃないかと思えるくらい綺麗な状態だったのだが、一応吹き口だけは消毒ペーパーで拭いておくことにした。
ラッパを口に当てて思いっきり息を吹き込むと、今まで聞いたことのないような高音が一気に周囲に広がっていった。その衝撃でまだ無事だった家の窓ガラスや車のガラスが砕け散り、壁や塀には大きな亀裂が走っていた。
それと同時に、見たことも無いような異形の生物が空から無数に落ちてきたのだった。力を失って落ちてきた生物たちは、引力にひかれて地面に叩きつけられ、私のパパやママたちよりも無残な姿になっていた。
「凄いよみさきちゃん。たった一回でこれだけの効果が出るなんて信じられないよ。たった一回で世界中に広がっていた奴らが全て消えてしまったよ。でもね、ルシファー様がいる限り奴らは何度でもやってくるんだから、今度はルシファー様をここに呼ぶためにももう一度そのラッパを吹くんだ。みさきちゃんなら何度だって出来るよ」
私は何が何だかわからないままラッパを吹き続けた。息の続く限り何度でも何度でも何度でも何度でも、私はラッパを吹き続けた。
そして、疲れて辺りを見渡すと、そこには何もない荒野となっていた。
「みさきちゃん、ちょっとやりすぎちゃったね。ここまでやっちゃうと元に戻すのは大変かもよ。それに、ルシファー様もここに気付いたみたいだよ。みさきちゃんのすぐ後ろに立っているからね」
「え?」
私はその言葉を聞くと同時に振り返っていたんだけど、そこにはテレビで何度も見ていた空に浮かんでいた人がいた。
近くで見るとまー君とそんなに身長は変わらないように見えたけれど、その背中に生えている羽がとても綺麗に感じてしまった。
「みさきさん、久しぶりだね。新しい神は君の事を必要としているみたいなんだけど、俺はそれを阻止しに来たんだ」
「ごめんなさい。あなたたちが言っていることが一つも理解できません」
「ミカエルから聞いていると思うけど、君は新しい神に必要とされているんだよ。俺が殺した古い神とは違う新しい神なんだけど、そいつはどういうわけか君たちの力を必要としているみたいなんだよ。そこでだ、君と正樹は俺のためにその神の動向を探ってくれないかな?」
「あの、なんで私とまー君がそんな事をしないといけないんですか?」
「なんでって、君たち二人が俺とサクラを殺したんだからね。今はまだ完全に戻っていないけど、復活するまでは俺たちの代わりに行動してくれたっていいんじゃないかな。それにさ、断っちゃうと正樹を闇の世界に一生閉じ込めちゃうよ。そこに君はどんな手段を使っても行くことは出来ないんだけど、それでもいいのかな?」
「いいわけないでしょ。なんでそんな自分勝手なことに巻き込まれないといけないのよ。私が協力しなかったらまー君を閉じ込めるって、完全に脅迫じゃない。そんな事許さないんだからね」
「おいおい、お前は何か勘違いしているんじゃないか。力を失っている者同士とはいえ、今のお前と俺だったらどう考えたって俺の方が強いんだぞ。そんな貧弱な能力でどうやって俺に立ち向かうって言うんだよ」
確かに、私がどう頑張ったってこの人に勝てるわけはないだろう。でも、このまま黙って従うのもなんだか嫌だ。どうすることが一番いいのだろうと考えていると、私は自分で持っているラッパが使えるんじゃないかと思った。
私は従うようなふりをしてルシファーに近付くと、後ろからそっと抱きしめてあげた。ただ、抱きしめるだけではなく、ルシファーの体にラッパを当てながらだけど。
私はそのまま、ルシファーの背中に向かってラッパを吹き続けた。さっきよりも長く多く強く殺気を込めて吹き続けた。
ラッパを吹いている間はこの人たちは自由に動けないらしく、息継ぎをするときには逃げようとしていたみたいだけれど、それも無駄な抵抗だと思ったのか途中で動くことすらなくなっていた。
「なんてことをするんっスか。ルシファー様の復活は時間がかかるって言うのに、これじゃ計画が台無しっスよ。みさきさんは正樹君の事になると見境なさすぎるっスよ」
「どういうことなの?」
「簡単に言うとっスね、最近ルシファー様が死んだことで今まで空席だった神の座についた新しい神がいたんっスよ。ルシファー様が生きている間は神になった自分が殺されるんじゃないかって考えが神候補の中にあって、神の座はルシファー様が空席にしたっきりだったんすけど、ルシファー様が死んだことでいよいよ新しい神が誕生したんっスよね。でも、その新しい神ってなんでも自分で作らないと気が済まないタイプで、この世界も新しく一から作り直すって言いだしたんっスよ。さすがにそれは良くないと思って生き返る途中のルシファー様に相談したんすけど、それならみさきさん達に協力してもらおうってことになって迎えに来たんすよ。でも、自分も神の監視がついているんで下手のことは出来なかったっス。ご家族の事は申し訳ないと思うんっスけど、それはどうすることも出来なかっただけなんすよ。で、みさきさんがルシファー様をもう一度殺しちゃったのは失敗だったけど、自分についてた監視役の天使も一緒に殺してくれたんで、そこだけは助かったっス。これからはみさきさんの仲間として一緒に行動するっスよ。じゃあ、正樹君のとこに行くっスよ」
「ごめん、たびたび申し訳ないんだけど、意味が分からないんだよね」
「そうっすね。簡単に言うと、この世界を壊して創り直そうとしている神を止めて欲しいって事っすね」
「私がどうやってそんな事をするのよ?」
「その点は心配ないっス。みさきさんは生き返った時に能力を手に入れているっス。正樹君は能力を手に入れることに失敗したんっスけど、元々確率は低かったからそれは仕方ないっス。でも、今頃は正樹君も新しい能力を手に入れているはずっスよ」
「まー君がどこにいるか知っているの?」
「もちろん、自分についてくるといいっスよ」
私はミカエルの後に続いて行ったのだけれど、いつの間にか風景が変わり見たことも無い木が生えている小道に出ていた。
何となく湿っぽい空気が肌にまとわりつく不快な空気だった。
「もう少しで正樹君のとこにつくっス。だから、そんなに殺意を込めた目で見ないで欲しいっス」
「そんな目で見たつもりはないんだけど、それはごめんね」
「いやいや、自分の気のせいかもしれなかっただけっス。それに、みさきさんは尋常じゃないくらい強くなっているからそのせいかもしれないっスね」
「それってどういうこと?」
「みさきさんの能力である『殺した相手の力をそのまま奪い取る』が物凄い回数発動したからっスね。あっちの世界にいた魔物数千体とルシファー様の力をそのまま吸収した形になっているからっスね」
「ええ、それっていつまで効果が続くの?」
「これは特殊な能力だから死んでも継続するっスよ。だから、何度死んで生まれ変わっても平気っスよ」
「ちょっと、それって嬉しくないんだけど」
「ま、強くなるのは良い事っすよ。それに、あの砦の中に正樹君がいるっス。入口は反対側だったから急いで回るっスよ」
目の前の建物にまー君がいると思うと不思議と私の足取りは軽くなった。今すぐまー君に会いたいという気持ちが溢れだし、私は回り込むなんて面倒な事はしたくないと思ってしまった。
不思議な事に、なんとなくまー君の居場所がわかっていたので、私はそこに向かって一直線に壁を壊しながら進んでいった。正確に言うなら、壁をどかそうと思って手をあてただけで壁が勝手に壊れていっただけなんだけど。
そのまま壁を四つくらい壊していると、すぐ近くにまー君がいるのを感じ取っていた。私が感じているまー君の気配の近くに女の気配も感じていたのだけれど。
そんな事は気にしないで壁を壊すと、女に襲われそうなまー君が私の目の前にいた。
「まー君を誘惑するのやめてもらっていいかな。やめないんだったらお前も殺しちゃうけどいいのかな」
「ごめんごめん。冗談だから冗談。みさきちゃんがいるのに正樹君の事を誘惑したりしないからさ、それは本当だから殺そうとしないでね。お願いだからさ」
「冗談ならいいんだけど、あんまり行き過ぎた冗談は面白くないからね」
「良かった。みさきは死んじゃったのかと思ってたけど、生きててよかったよ」
「それにしても、私が思っていたよりもみさきちゃんが来るの早かったんだけど、ルシファーの説明ってそんなに早く終わったのかな?」
「ルシファーの説明って何言っているのかわからなかったから途中で出てきちゃったよ」
「そんなことしてルシファーは怒らなかったの?」
「何か怒ってたけど、まー君に会えるって聞いたから無視して出てきたよ。それでも追いかけてきたんだよね。ちょっとうざいなって思って、殺しちゃったんだけどさ」
まー君は私の姿を見て涙を流していた。
その口からは何度も「良かった」という言葉がこぼれていた。
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