第30話 由葉沙希 2

「なあ、こんなとこで何してんだ」


 地元でずっと一緒だった奴だ。口を聞いたことなどほとんどないが、顔くらいは知ってる。


「……誰?」


 自転車にまたがったまま、俺はサングラスをずらして顔をさらした。そいつが目をほそめて俺の顔を見る。


「……火馬ひまくん……だっけ?」

「お前は何してんだ? 親はどこだ?」


 駅前の木陰こかげのベンチで一人座っている。中学生が一人でいるくらいなんの不思議もないが、ここは地元からかなり離れた人通りもないさびれた駅だ。おまけに様子が変だ。


「なにか困ってんのか?」


 そういうとそいつは愛想あいそう笑いを浮かべ首を振った。木陰でよくわからないが、こころなしか顔色が悪いように見える。


「なんでもないの、平気」

「そうか」


 俺は自転車をいでその場を離れた。ひとブロック先のコンビニでお茶のパックを買う。1リットル100円のこうコスパな飲み物だ。ストローを二つもらって、ベンチに戻る。そいつは一人うなだれている。やはり様子が変だ。


「飲むか?」


 そう言うとびっくりした様子でそいつは顔を上げた。


「あ、ありがと……」


 ストローでちゅうちゅうと長いこと吸い続けている。よほどのどかわいてたのだろう。


「ん」


 俺は手を伸ばして、そいつから紙パックを奪い取った。そして自分用のストローを刺すとぐいぐいと飲み始めた。


「ふう……」


 そして再びそいつに紙パックを渡す。しばしためらっている。


「飲んどけよ。のど渇いてんだろ」


 俺がそう声をかけると、警戒心けいかいしんいた様子で微笑ほほえんだ。


「ありがと」


 というと勢いよく吸い上げ始めた。女のくせにいい勢いだ。紙パックから透けるお茶の水位すいいがたちまち下がっていく。


「おい待て待て」


 あわてて俺がそいつから紙パックを奪い取る。


「半分こだ」


 空に近い紙パックをあおり、残ったお茶を身体に流し込む。


「ほとんど残ってねえじゃねえか……」


 不満そうにそう言うと、そいつはうふふと笑って明るく言った。


「火馬くん、ありがとう。おいしかった」


 女子に正面からお礼を言われると流石さすがれる。


「で? お前は何してんだこんなところで」


 かくしにさっきの話をかえす。


「それはお互い様でしょ。火馬くんは何してるの?」

「俺のことじゃなくてお前のことだろ!」

「……なにムキになってるの?」


「俺は……サイクリングだ……」


 俺はムニャムニャ言って話をらした。そんな俺を見てくすりと笑う。女子が余裕たっぷりなのがムカつく。


「あのなあ……」

「火馬くん」

「なんだ」


 そいつが俺の目をしっかりと見て言った。


「私の名前知ってる?」


 きょを突かれた。実はうろ覚えだ。


「えー確か……ユバ……」


 当たりか? 俺がそういうと嬉しそうに笑う。


「火馬くん、私の名前、知ってたんだ。由葉沙希ゆばさきって言います。忘れないでね」


 木漏こもの中、れたように笑う沙希の笑顔がまぶしくて、うぶな俺は目をらした。

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