第27話 悲しき街角

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」


 ナンジャがマッサージチェアで遊んでる。


 俺は児玉こだま八上やがみ草野くさの片山かたやまに囲まれてパンフレットをめくっていた。パネルがどうとかHDRがどうとかエンジンがどうとか、俺そっちのけで店員に質問をしまくっている。部活に入ってない男子生徒のほとんど、そして女子もポツポツ混じっている。一体なんなんだこれは。


 沙希さきが遠い目で、馬鹿でかいテレビを見つめていた。西洋の城が臨場感りんじょうかんたっぷりに迫ってくる。やけに映像が綺麗だな、このテレビは、ひーふーみーよー……。値段が七桁だった。手が届くはずがない。ソニーのフラッグシップやんけ。


「これはさすがに無理だ」


 俺はひとりごとのようにつぶやく。


「わかってるわよ」


 沙希がマッサージコーナーに視線を投げる。ナンジャを見て微笑ほほえむ。


「ナンジャちゃん、かわいいね」

「女子は可愛いものが好きだな」

「おにいちゃんも鼻が高いでしょ?」

「ああ? とんでもないクソガキだぜ。テレビの顛末てんまつを教えたろう」

「でもあんな美少女連れて、おにいちゃん、まんざらでもないって様子だよ」

「美少女? やめてくれ、可愛いのは認めるが、あいつはまだ幼女だ」

「手足もすらっとしてるし、もう少女って感じするけど」

「は? 中身も見てくれもガキだぜ?」

「そうかなあ……年齢的には少女に当てはまると思うんだけど」


 沙希が天井を見上げた。


「定義など知らん。年齢も知らん。俺には俺のイメージがある」

「火馬くんにとって、少女と幼女の違いってなんなの?」


「ブラジャーの有無だ」


 沙希が微妙な顔をした。少々生々なまなましい話をしたようだ。かすかな軽蔑けいべつとキモチワルイという表情が見逃みのがせない。俺はそっと沙希のそばを離れた。


「おいナンジャ」

「なんじゃ」


「お前、ずいぶん余裕だな」


「なんかたくさんのテレビを見てたらどうでも良くなってきたのじゃ」

「よくねえだろ」

「よく考えたらなんであんなアホたちのためにわらわが骨を折らねばならんのか、目的を見失ってしまったんじゃ」


 おーおー、それはテレビをカチ割る前に気づいて欲しかったものだな。子供のうつの早さに俺はゲンナリだ。どのみちナンジャがどうであろうが、リビングのテレビは必要だ。買い物は続行ぞっこうだよ。


「ところでこれはお前の仕業しわざなのか?」


 家電量販店のフロアを埋めるうちの高校の制服姿を見回して言った。


「知らんのじゃ」


 まあそうだろうな。クラスの様子が変なのは、ナンジャが学校に来る前からのことだ。俺は腕を組んだ。つまり、沙希と俺の関係に過敏かびんになっている連中がデートを監視かんしに来ただけ、というわけなのか。そんな野暮天やぼてんそろいだっけ、うちのクラスって。


「まあでも、目的の一つは果たせ。沙希はお前と仲良くなりたいんだってよ」

「前に言ったろう。あやつ……」


 とナンジャは沙希をあごで指す。


「あやつにはわらわの催眠術が効かぬ。だから学校でも捕まってしもうた」


 まあな、ナンジャと沙希が一緒だったのでそれは予想がついていた。


「さっきからずーっと試しておるんじゃがな……やはりまったく効かん。おかげで肩がこってしもうた、あ、あ、あ、あ、あ、あ、」


 ナンジャがマッサージしているのはそういうことか。移り気も関心の対象がゲームから沙希に移ったからなのだろう。


「催眠術に頼らなくても、お前が甘えたら周囲は大概、言うことを聞く。そんな厄介やっかいなものに頼らず、普通に人間関係をきずけばいいだろ」


「別れが辛くなるんじゃ」


 ガチな返しに息をんだ。まあ俺はナンジャの旅に責任は持てん。ついていくわけにもいかない。なら、ナンジャの流儀りゅうぎ出口でぐちはさ筋合すじあいはないだろう。なんかナンジャも色々あったんだな。


「可憐なわらわとの別れが辛くなった奴が地の果てまで追いかけてくるかもしれん。面倒のは最初からんでおくに限るのじゃ」


 あーあーそうですかっと。しんみりとした気分が吹き飛んだぜ。心情を吐露してくれたかと思って、少し感動したのに。

 だが、そんなナンジャの手を握って沙希の前に連れてゆく。


「あいつらこうぜ。これじゃデートにならん」


 沙希がぼんやりとこっちを見て微笑む。だが表情は今朝までのよそよそしさが戻りつつあった。


「テレビはどうするんじゃ!」


「第三候補こうほまで決めておいた。ナンジャ、俺がテレビをホイホイ買うほどの金を持ってると思うか? 生活費しか持ち合わせてねえ。こっから先はおふくろと相談だよ」

「そ、その相談はいつ行われるんじゃ」

「さあねえ。おふくろがいつ帰ってくるかわからんから」


「なら、おぬしが学校におるあいだ、わらわはどうやって時間をつぶせばいいんじゃ!」


「……お前、ゲームのことはどうでもいいとかさっき……」

「それはそれなのじゃ!」

「お前が悪いんだろ」


「ムグーッ!」


 悪い口をてのひらふさいでやった。もちろんアイアンクローでだ。ジタバタ暴れるナンジャ。手を伸ばしてしまえば、ナンジャの手足は俺に届かない。


「やめてあげて」


 沙希が俺の手をつかむと、ナンジャを引き離す。かばうように肩に手を乗せて、俺をにらむ。

 ほらな、大概たいがいはお前の味方に着くんだよ。だからそう人を遠ざけるな、ナンジャ、と俺は目で語りかける。ナンジャが手を持ち開けて沙希の手に重ねる。反射的にやったのだろうが、そういう仕草は子供らしい。沙希も嬉しそうだ。


 だが、ナンジャは肩から手を引き剥がした。沙希の表情が曇る。


「ナンジャちゃん、おねえちゃんのこと嫌い?」


「関心がないんじゃ」

「おい、ナンジャ」


「おぬしと馴れあう気も仲良くする気もないんじゃ」


「そっか……」


 沙希が顔を伏せた。悲しそうな表情に胸が痛い。


「ごめんね、ナンジャちゃん、おねえちゃん、わがまま言って」

「お、おい沙希……」


 俺は怒りに全身が燃えたが、これはナンジャの問題だ。さっきも思った通り、俺が口をはさ筋合すじあいはない。歯を食いしばり、ぐっと耐える。


「あたし、ここで帰るね。じゃあナンジャちゃん、街であったら挨拶あいさつくらい許してね」


 暗い影を顔に落とし、それでも微笑んで手を振る沙希。


「……ナンジャ、あのな」


「これもあやつのためなのじゃ。凡俗ぼんぞくはわらわに未練みれんを残すべきではない。わらわはさいつののようにただひとあゆむ。逃れられぬ宿命。孤独じゃ」


「んー…………」


 俺は言うに言われぬ葛藤かっとうを抱え、背後からぱんっとナンジャの両肩を叩く。


「痛いんじゃ! なにするんじゃ!」

「まあいい……今日はご苦労さん。パーっと遊んで帰るか」


 俺はこのモヤモヤした感情をどこかで発散はっさんしたい。ゲーセンでもカラオケでもいい。とにかく気が晴れればどこでもいい。


「カンジャさーん!」


「げげ!」

「げげってなんですかー! シツレーっすよカンジャさん!」

「ここここんばんは」

「キグーが多いっすねー。やっぱうちら導かれてるっつーか」

「うんめーっしょ!」


 ナルミキマコにバッタリ出くわしてしまった。いつも通りテンション高い二人。ペコリと頭を下げるナルだけが行儀ぎょうぎ良い。


「どこいくんすかー?」

「にーちゃんと遊びにいくんじゃー」

「お、おいナンジ……」


 止めようとしたが手遅れだった。ミキマコが深刻そうに眉をしかめて天をあおぐ。


「うちらもそんな気分だったんすよー!」

ぜんは急げっす! 今日はうちがかつぐっすよー!」


 うおおおおお、とマコがナンジャを肩車した。おおお……おお? とちょっとよろける。ギャハハと笑うナンジャ。俺は助けを求めるようにナルに視線を投げる。ちょっと困ったような顔をするが、ナルは突然俺の腕にしがみついて引っ張りだした。


「お、おい……」

「いきましょ、カンジャさん」


 女子中学生に腕を組まれて悪い気はしないが、そうそういい気分など長続きしない。帰ったはずの沙希と本屋の前で出会い頭に出くわしてしまったのだ。


「あーっ!」


「ほらナル! この人カンジャさんの正妻の!」

「これは修羅場しゅらばっすよー!」


愛人あいじん一号ナル!」


 マコがナルに両手を捧げる。


「愛人候補ミキ!」


 ミキが両手の親指で自分を指す。


「愛人二号マコ!」


 ナンジャを担いだまま、マコが四股しこを踏む。


「負けられない女の戦いがここに!」


 雲龍うんりゅうかたを決めた。お見事。


 ミキマコのあおりなんだが、こいつらがどんなつもりでやってんのかまったく理解ができない。本気なのか冗談なのか。どちらにせよタチが悪いにもほどがある。

 ナンジャが嬉しそうにマコに肩車されて、ナルが俺の腕にしがみついて、わかぎわの沙希との状況を思うと、考える限り最悪の状況だ。


 またこのパターンか。


 俺と沙希はこういうめぐり合わせなのだ。星周ほしまわりが悪いのだ。ナルがぎゅっと俺にしがみついてくると、沙希は光のないひとみ微笑ほほえんだ。

「楽しそうだね、火馬ひまくん」

「いや、これはその」


「うちらこれからカンジャさんと楽しくカラオケっす!」


「ナンジャちゃんと仲良くデュエットっす!」


「彼女さんもどーっすか! ついでですまんすけど!」


 ふーっと息を吐いて、ミキマコに首を振って答える沙希。


「お誘いありがとう。ナルさん、ミキさん、マコさん、火馬くんと仲良くね。そしてナンジャちゃんまたね」


 沙希はひらひらと手を振ると言ってしまった。するーっと無視され俺は息をくことも忘れったままだ。

 ミキがぽんぽんと俺の肩をたたく。


「おにーさん、これはいただけないっすわー」

「ハッキリしないカンジャさんが悪いっすね完全」

「フニャフニャっすよ、フニャフニャ」

「いったい誰が本命なんす?」

「ハーレムやってる場合じゃないすよ!」

「男らしく彼女さんかナルかあたしかハッキリさせて欲しいっす!」


 おめーら言われる筋合いはないんだが、俺は反論する気力すらなかった。ぐいぐいと胸を押し当てながら引きずるナルに、なんの抵抗もできない。


 何もかも俺が悪いんだよ。もうそれでええわい……。

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